栄養に柔軟に適応し成長するシステムの解明~種間の適応能力の差を生む炭水化物応答機構~

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2019-09-04 京都大学,東京農業大学,日本医療研究開発機構

自然界の生物は、それぞれ適切な食べ物を摂取して生命活動を行っています。何を食べるか、つまり食性は、進化の過程で各生物が周囲の環境と相互作用しながら獲得してきた性質の一つです。この食性の幅の違いから、動物には様々な物を食べる広食性種と、特定の物のみを食べる狭食性種が存在します。私たちヒトを含む広食性種が、どのようにして多様な食物に適応しているかについては不明な点が多く残されています。

京都大学大学院生命科学研究科 服部佑佳子 助教、渡辺佳織 同研究員、上村匡 同教授、東京農業大学 内山博允 研究員、矢嶋俊介 同教授らの研究グループは、食性が異なるショウジョウバエの近縁5種に着目し、遺伝子発現及び代謝産物の網羅的解析によって、異なる栄養バランス(タンパク質と炭水化物の比率)への適応能力と生体応答を比較しました。その結果、広食性種は、餌の炭水化物の比率に応じて遺伝子発現や代謝を制御する機構の働きにより異なる栄養バランスに柔軟に適応できるのに対し、狭食性種ではこのような機構が機能せず、高炭水化物条件下で成長できないことを見出しました。今後、生物が獲得してきた様々な環境適応システムや種間・個体間の違いを理解する上で、このような比較解析が強力な手法となることが期待されます。

本成果は、2019年9月4日に米国の国際学術誌「Cell Reports」にオンライン掲載されます。

栄養に柔軟に適応し成長するシステムの解明~種間の適応能力の差を生む炭水化物応答機構~

図.広食性種キイロショウジョウバエの炭水化物応答機構は、狭食性種セイシェルショウジョウバエでは機能しておらず、栄養環境への適応能力に差が生じる。

背景

栄養は、生物の成長や生命の維持にとって不可欠です。進化の過程で、動物は周囲の多様な栄養環境と相互作用しながら、種ごとに異なる多様な食性を獲得してきました。この食性の幅の違いから、大きく分けて二種類の動物が存在します。様々な物を食べることのできる広食性種(generalist)と、特定の物だけを食べて生きる狭食性種(specialist)です。これまで、狭食性種が特定の食物を好んだり、食物に含まれる毒に耐性を持ったりする仕組みについては、研究が比較的進められてきました。一方で、ヒトを含めた広食性種がどのようにして様々な栄養環境に柔軟に応答し、適応を実現しているかについては不明な点が多く残されています。

分子生物学において普遍的な生命現象の研究に用いられてきたモデル生物であるキイロショウジョウバエは、自然界では全世界の人家近くに生息し、様々な発酵した果物や野菜を食べる広食性種です(図上段を参照)。実験室においても、様々な栄養条件下で柔軟に成長できることが先行研究から報告されています。一方で、その近縁種には限られた地域で特定の発酵した植物や果実だけを食べる狭食性種も存在します。例えば、セイシェルショウジョウバエはインド洋のセイシェル諸島にのみ生息し、ノニ(ヤエヤマアオキ)の果実だけを餌とする狭食性種であることが知られています(図上段を参照)。本研究では、このように自然界での食性が異なるショウジョウバエの近縁種間で、栄養に対する適応能力や生体応答の比較解析を行うことにより、広食性種が多様な栄養環境に適応できるメカニズムの解明を目指しました。

研究手法・成果

本研究グループは、キイロショウジョウバエを含む広食性2種と、自然界では特定の果実や花のみを食べる狭食性3種(図上段を参照)を用いて、異なる栄養環境に対する幼虫期の適応能力が種間でどのように異なるかを調べました。栄養環境の違いを捉える上で着目したのが、タンパク質 (Protein) と炭水化物 (Carbohydrate) の比率 (P:C ratio) で栄養バランスを変化させる方法です。これまでに、食餌中の P:C ratio の違いが、昆虫から哺乳類の寿命や生殖能力などに大きな影響を与えることが示されています。例えば、キイロショウジョウバエやマウスの寿命は、どちらも炭水化物の比率が高い食餌条件下で長くなることが報告されています。

そこで、同一カロリーで栄養バランスの異なる3種類の実験餌(炭水化物の比率が高い餌、炭水化物とタンパク質の比率が中間程度の餌、タンパク質の比率が高い餌)を作製し、各種の幼虫を孵化直後からこれらの餌で飼育して、幼虫の成長を比較しました。その結果、広食性種の幼虫はどの実験餌においても正常に成長できるのに対し、狭食性種はいずれも炭水化物の比率が高い餌では蛹にまで発生できないことを見出しました。特に、狭食性種のセイシェルショウジョウバエとカザリショウジョウバエは、餌中の炭水化物の比率が高くなるにつれて、蛹までの発生率が顕著に低下する傾向を示しました(参考図を参照)。そこで、種間の適応能力の違いとそれぞれの種の食性との関係を調べるために、これらの近縁5種の幼虫が自然界で食べている餌の栄養成分を比較しました。その結果、広食性のキイロショウジョウバエが野外で食べる餌には高炭水化物食(リンゴやバナナなど)から低炭水化物食(トマトやズッキーニなど)まで幅がある一方、狭食性種セイシェルショウジョウバエの餌であるノニの果実やカザリショウジョウバエの餌であるアサガオなどの花は、どちらも低炭水化物食であることがわかりました。

以上の結果から、自然界で低炭水化物食のみを食べる狭食性種では、食餌中の炭水化物の比率の増加に適切に応答するメカニズムが働いていないのではないかと考えました。そこで、広食性種のキイロショウジョウバエにおいて、摂取した炭水化物に応答して脂肪組織から分泌されるタンパク質・TGF-/Activinと、その下流で制御されるシグナル伝達経路に着目しました。キイロショウジョウバエにおける Activin ファミリーの一つであるDawdle遺伝子の変異体は、狭食性種のセイシェルショウジョウバエやカザリショウジョウバエと同様に、実験餌中の炭水化物比率の増加に伴い蛹までの発生率の低下を示しました。さらに、次世代シーケンサーを用いて遺伝子発現をゲノム規模で解析する RNA-seq 解析や、ガスクロマトグラフィー質量分析法を用いて多数の代謝産物量を一度に比較分析するメタボローム解析によって、遺伝子発現および代謝産物の網羅的比較を行いました。その結果、狭食性種セイシェルショウジョウバエでは、TGF-/Activin シグナル伝達経路を含む、摂取した炭水化物への応答を制御する仕組み(炭水化物応答制御機構)に異常がある可能性が示唆されました。広食性種の野生型は、炭水化物応答制御機構を介して、筋肉や腸、脂肪組織など、全身の各組織において 200以上もの様々な代謝酵素遺伝子の発現量を調節し、異なる餌条件下でも代謝の恒常性を維持できるのに対し、狭食性種セイシェルショウジョウバエと広食性種キイロショウジョウバエのDawdleの変異体ではこのような制御が働かず、高炭水化物条件下で代謝酵素遺伝子群の発現上昇と多数の代謝産物量の増加を示すことがわかりました(図下段を参照)。

本研究の結果から、遺伝的に近縁ながら自然界での食性が異なるショウジョウバエの種間で、栄養バランスの異なる餌に対する適応能力や、遺伝子発現量および代謝産物量の制御に違いがあることを見出しました。そして、これらの種間の違いは、TGF-/Activinシグナル伝達経路を含む炭水化物応答制御機構が広食性種では機能しているのに対して、自然界で低炭水化物食のみを食べる狭食性種では、進化の過程でこの機構が失われ機能していないために生じた可能性が強く示唆されました。

参考図


栄養バランスの異なる実験餌に対するショウジョウバエ近縁5種の適応能力の比較

(A)栄養バランス(炭水化物とタンパク質の比率)が異なる三種類の実験餌で育てた、広食性種のキイロショウジョウバエと狭食性種のセイシェルショウジョウバエ。広食性種キイロショウジョウバエは、どの餌条件でも蛹(緑色の丸)にまで発生できるが(左)、狭食性種セイシェルショウジョウバエは炭水化物の比率が高い餌(図中 “C diet”)で成長できない(右)。C diet: 炭水化物の比率が高い餌、M diet: 炭水化物とタンパク質の比率が中間程度の餌、P diet: タンパク質の比率が高い餌。
(B) ショウジョウバエの近縁5種について各実験餌における蛹までの発生率を定量化した結果。狭食性種のセイシェルショウジョウバエ(図中 “Dsec”)とカザリショウジョウバエ(図中“Dele”)は、餌の炭水化物比率が高くなるにつれて、発生率が低下する(赤矢印)。狭食性種のエレクタショウジョウバエ(図中 “Dere”)は、広食性種及び上記の狭食性二種とは異なり、炭水化物とタンパク質の比率が中間程度の餌 (M diet)で最も発生率が高く、炭水化物比率が高い餌(C diet)とタンパク質比率の高い餌(P diet)において発生率が低下した。青色の箱ひげ図は C diet を、緑色の箱ひげ図は M diet を、そして黄色の箱ひげ図は P diet を各種の幼虫に与えた結果を示す。Dmel: D. melanogaster(キイロショウジョウバエ)、Dsim: D. simulans(オナジショウジョウバエ)、Dsec: D. sechellia(セイシェルショウジョウバエ)、Dele: D. elegans(カザリショウジョウバエ)、Dere: D. erecta(エレクタショウジョウバエ)。

波及効果、今後の予定

本研究では、遺伝的に近縁ながら食性の異なる広食性種と狭食性種の間で、炭水化物応答制御機構の働きや異なる栄養バランスへの適応能力が違うことを明らかにしました。私たちヒトにおいても、肥満や糖尿病などの罹りやすさが人種や個体間で異なることが知られています。また、本研究で用いたショウジョウバエとヒトとの間では、組織やホルモンなどの制御因子の多くが共通しています。今後、本研究での成果や種間比較解析のアプローチを応用することで、個体間、そしてショウジョウバエ以外の生物種間においても、栄養やその他の環境因子に対する適応や生体応答の違いを生み出すメカニズムの研究が広く進むことが期待されます。

また、本研究では、食餌中の栄養バランスの違いが、成長段階にある幼虫期の個体に与える影響に注目し研究を進めてきました。一方で、成長期に摂取した栄養バランスの違いが、成虫にまで発生し加齢していく後期ライフステージにおいても、個体の健康状態に違いを生み出す可能性は十分に考えられます。今後は、本研究で得られた知見を基盤として、成熟した個体の寿命や運動機能、生殖能力などにも着目し、栄養環境の違いが動物の一生に与える影響を様々な角度から調べていく予定です。

一方で、現時点では、高炭水化物食に適応できない狭食性種が、炭水化物応答制御機構のどの段階に異常や変異を持つかについて明らかにできていません。その候補には、今回着目した TGF-/Activin シグナル伝達経路やその上流因子に加え、炭水化物応答制御機構として働く未同定の因子やシグナル伝達経路など、複数の可能性が考えられます。今後、キイロショウジョウバエ以外の近縁種においても、様々な遺伝子組み換え系統を利用することが可能となれば、高炭水化物食に適応できない狭食性種の原因究明と、広食性種の適応能力を支える遺伝子ネットワークの解明に近付くと期待しています。

研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」における研究開発課題「成長期の栄養履歴が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズム」(研究代表者:上村匡、課題番号:JP18gm1110001)、三菱財団自然科学研究助成(研究代表者:上村匡)、京都大学平成 28年度融合チーム研究プログラム (SPIRITS) 国際型(研究代表者:上村匡)、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究 A(研究代表者:上村匡、課題番号:15H02400)、挑戦的萌芽研究(研究代表者:上村匡、課題番号:15K14524)、若手研究 B(研究代表者:服部佑佳子、課題番号:15K18455、17K15039)、文部科学省新学術領域研究「脳構築の時計と場」(研究代表者:上村匡、課題番号:17H05766)、日本学術振興会特別研究員奨励費(研究代表者:渡辺佳織、課題番号:16J10660)、内藤記念科学振興財団内藤記念女性研究者研究助成金(研究代表者:服部佑佳子)、公益財団法人日本科学協会笹川科学研究助成(研究代表者:服部佑佳子)、文部科学省新学術領域研究「ゲノム科学の総合的推進に向けた大規模ゲノム情報生産 高度情報解析支援」(課題番号:221S0002)、東京農業大学生物資源ゲノム解析センター生物資源ゲノム解析拠点事業の支援を受けて行われました。

論文タイトルと著者
タイトル:
Interspecies Comparative Analyses Reveal Distinct Carbohydrate-Responsive Systems among Drosophila Species.
(種間比較解析により明らかにされたショウジョウバエ近縁種群における炭⽔化物応答制御機構の違い)
著者:
Kaori Watanabe, Yasutetsu Kanaoka, Shoko Mizutani, Hironobu Uchiyama, Shunsuke Yajima, Masayoshi Watada, Tadashi Uemura, and Yukako Hattori
掲載誌:
Cell reports
DOI:
未定
お問い合わせ先
研究に関するお問合せ

服部 佑佳子(はっとり ゆかこ)
所属・職位 京都大学大学院生命科学研究科 助教

上村 匡(うえむら ただし)
所属・職位 京都大学大学院生命科学研究科 教授

報道に関するお問合せ

京都大学 総務部 広報課 国際広報室

AMEDの事業に関するお問合せ

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課

生物化学工学
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