2019-11-22 京都産業大学,東京大学大学院理学系研究科,東京学芸大学,理化学研究所,東京農工大学
【本件のポイント】
- 植物は動物と比べると高い再生能力をもっており、一部の植物はクローンを再生することで個体数を増やす「栄養繁殖」によって繁殖する。栄養繁殖の性質はソメイヨシノの挿し木等の園芸手法として古くから応用されてきたが、そのメカニズムはほとんど明らかになっていなかった。
- 研究グループは、葉の断面からクローンを再生するRorippa aquaticaという植物を用いて研究を行い、植物の成長を制御する3つの植物ホルモンのはたらきによりクローンが再生することを明らかにした。
- この研究成果は、植物がもつ高い再生能力を支えるメカニズムの解明の他、種子で繁殖しにくい植物の増殖方法の開発に繋がることが期待される。
- この研究成果は、2019年11月22日に国際学術誌「Plant and Cell Physiology」に掲載された。
研究体制
京都産業大学、東京大学大学院理学系研究科、東京学芸大学、理化学研究所、東京農工大学の研究グループの共同研究
背景
多くの植物は受粉をして種子を作る有性生殖によって繁殖しますが、一部の植物は受粉をしない無性生殖によって繁殖します。無性生殖の中でも、葉や根、そして茎からクローンを再生するものは「栄養繁殖」と呼ばれます。栄養繁殖の性質は挿し木や葉挿し(図1)のように農業や園芸に古くから用いられてきましたが、そのメカニズムはほとんど明らかになっていませんでした。
成果
R. aquaticaはアブラナ科イヌガラシ属に属する植物で、北米の湖畔に生育し、陸上でも水中でも生育できる水陸両生を示します。R. aquaticaは花を咲かせることはできますが、何らかの原因で種子をつけることができません。その代わり、水流などの影響で葉がちぎれると、葉の断面から「栄養分体」と呼ばれるクローンを再生します(図1B、1C、および1D)。この時、切断された葉(葉片)の基部断面(元々の葉の根元に近い方)からのみクローンが再生します(図1B)。栄養繁殖を行う植物の多くは再生までに1〜2ヶ月程度の期間を要しますが、R. aquaticaは2週間程度という比較的短期間で再生します。研究グループは、比較的短期間で再生するR. aquaticaは観察や実験を行いやすいと考え、R. aquaticaを栄養繁殖のメカニズムを解明するためのモデルとして用いることにました。
研究グループはR. aquaticaの葉の断面からクローンが再生する過程を観察し、クローンは葉脈の断面にみられる維管束の細胞が分裂して再生することを明らかにしました。さらに、クローンの再生に重要な因子を特定するため、トランスクリプトーム解析(RNA–seq解析:次世代シークエンサを利用して網羅的に発現している(働いている)遺伝子を調べる方法)を行いました。これにより、葉が切断されたことによる傷害への応答の際にはたらく遺伝子は葉片の先端部側と基部側の両方で起こる一方で、根、茎、葉といった器官の形成に関与することが知られている遺伝子群は基部側のみで活性化することを明らかにしました。
また、葉が切断された直後に、植物ホルモンの一種であるオーキシンへの応答が、クローンが再生する部位で上昇することを発見しました。加えて、ちぎれた葉の先端部断面(元々の葉の根元から遠い方)でオーキシンが合成され、先端部側から基部側に向かってオーキシンが輸送されて蓄積することで新規の器官形成が開始し、最終的にクローンが再生することを明らかにしました(図2)。このクローンの再生について、茎と葉の再生と根の再生に分けて考えると、茎と葉の再生は植物ホルモンの一種であるサイトカイニンによって誘導され、根の再生には同じく植物ホルモンの一種であるジベレリンが必要であることを明らかにしました。 オーキシンは植物の生育に非常に重要な植物ホルモンであり、サイトカイニンは葉の再生に深く関与することが知られていましたが、本研究により、それらの重要性がさらに実証されました。また、ジベレリンはこれまで葉の成長にはたらくことが知られていましたが、本研究により、R. aquaticaにおいては根の再生へも関与することが初めて確認されました。これらの結果は、植物の生殖や成長のメカニズムに新しい知見を提供するだけでなく、これまで知られていなかった植物ホルモンのさらなるはたらきを提案するものです。
今後の展開
本研究では、植物の生殖方法の一種である栄養生殖のメカニズムの一連の流れを明らかにしました(図2)。植物は動物と比べて再生能力が高い種が多いですが、R. aquaticaのように葉の断片から完全に新しい個体(根と茎と葉)を再生できる植物は限られています。研究グループは、今回行ったトランスクリプトーム解析の結果をさらに解析して、個体の再生に重要な遺伝子を探索することで、栄養繁殖のメカニズムをより詳しく理解することができると考えています。
本研究により明らかとなった栄養繁殖についての知見を応用すれば、栽培作物など重要な植物に高い再性能を付与できる可能性があります。また、長期的に見れば優良な性質を持つ個体の大量培養、F1雑種系統の維持、絶滅危惧種の繁殖などにも応用可能であり、農業や園芸などの農学分野や保全生態学の分野で役に立つことが期待されます。
参考図
図1 栄養繁殖を行うRorippa aquatica
(A)植物の栄養繁殖の性質を活用した農業や園芸での繁殖手法。(B) R. aquatica (C)クローンを再生しているR. aquaticaの葉片。根元に近い側である基部側(写真下側)の断面からのみクローンが再生する。(D) Cの葉片から切り離したクローン。根と葉が揃っており、1個体として生育できる。スケールバーはそれぞれ(B)が5 cm、(C)と(D)が1 cmを示す。Amano et al.(2019)の図を改変。
図2 今回の論文で明らかにしたRorippa aquaticaの栄養繁殖のメカニズム
葉がちぎれたことによる傷害への応答は葉片の先端部側と基部側の両方で起こるが、根や葉といった器官を再生・形成するための遺伝子群は基部側のみで活性化される。基部側におけるこれらの遺伝子の活性化は、葉片の先端部側から基部側に向けて輸送されて蓄積したオーキシンによって引き起こされる。オーキシンとジベレリンは根を、サイトカイニンは茎と葉を再生する際にはたらく。
論文タイトル
英: Molecular basis for natural vegetative propagation via regeneration in North American lake cress, Rorippa aquatica (Brassicaceae)
日:アブラナ科の水陸両生植物Rorippa aquaticaの葉の断面からの再生による栄養繁殖の分子メカニズムの解明
著者
天野瑠美1、中山北斗2、桃井理沙1、小俣恵美1、郡司玄3、竹林裕美子4、小嶋美紀子4、池松朱夏1,6、池内桃子4、岩瀬哲4、坂本智昭1、笠原博幸5、榊原均4、Ferjani Ali3、木村成介1,6
1京都産業大学、2東京大学、3東京学芸大学、4理化学研究所環境資源科学研究センター(CSRS)、5東京農工大学、6京都産業大学生態進化発生生物学研究センター
お問い合わせ先
研究に関すること
木村 成介 教授(キムラ セイスケ)
京都産業大学生命科学部産業生命科学科
広報に関すること
京都産業大学 広報部