目に見える光がなくても大丈夫!?遠赤色光で光合成を行えるシアノバクテリアの秘密を解明

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光化学系Iにおける、クロロフィルfの位置と機能の特定

2020.01.15 東京理科大学,岡山大学,筑波大学,理化学研究所,神戸大学

研究の要旨とポイント

  • 可視光よりもエネルギーの低い遠赤色光を吸収できる光合成色素クロロフィルfについて、光合成反応のうち光化学反応を司るクロロフィル-タンパク質複合体の中での正確な位置と、機能を特定しました。
  • クロロフィルfは原核生物の一種シアノバクテリアから発見され、遠赤色光下で培養されたシアノバクテリアでは、白色光下で培養されたものと比べてクロロフィルfが新たに発現し、増えることが知られていました。クロロフィルfは、多くの植物や藻類などが利用できない遠赤色光を吸収することができますが、具体的にどこに存在するのか、光化学反応の中でどのような機能を果たしているのかは分かっていませんでした。
  • 今回の研究により、クロロフィルfは光化学反応を直接駆動するのではなく、その機能をもつ別の色素にエネルギーを受け渡すことで、光化学反応を促進させる助けとなることが分かりました。

目に見える光がなくても大丈夫!?遠赤色光で光合成を行えるシアノバクテリアの秘密を解明

東京理科大学理学部第一部教養学科の鞆達也教授ら、4大学1機関による共同研究グループ*1は、クライオ電子顕微鏡を用いて、植物や藻類がもつ複数種類の光合成色素のうち、原始的な藻類であるシアノバクテリアなどに含まれる、可視光より波長が長くエネルギーが低い遠赤色光を吸収できる「クロロフィルf」を結合したタンパク質を高分解能で解析し、光合成におけるクロロフィルfの機能の解明に成功しました。
植物や藻類は、細胞内に光を吸収する光合成色素「クロロフィル(Chl)」をもっています。Chlは細胞内の光合成器官にあって、タンパク質とともに「光化学系(Photosystem, PS)」と呼ばれる膜タンパク質複合体を形成しています。
光合成の初期過程は、光合成色素が光を吸収するところから始まります。PSIIは光エネルギーを利用して、水から電子を奪い、酸素を作ります。電子は中間過程を経てPSIへ受け渡され、PSIは受け取った電子を用いて、NADP+などの電子伝達体を還元させ、化学エネルギーを生み出します(これを光化学反応といい、光合成の後半では、光化学反応で得られたエネルギーを使って二酸化炭素を還元し、糖を合成しています)。
一般的な緑色植物に多く含まれるChlaやChlbは可視光を吸収しますが、Chlfはさらに遠赤色光も吸収します。これによりChlfをもつシアノバクテリアは、十分な可視光が届かない場所でも、光化学反応を行えます(FaRLiP、遠赤色光光順化といいます)。しかし、光化学反応におけるChlfの詳細な役割については、これまで分かっていませんでした。

今回の解析では、Chlfが最初に発見されたシアノバクテリアの一種、Halomicronema hongdechloris(以下、シアノバクテリア)を使用しました。遠赤色光を照射して培養したシアノバクテリアでは、PSIに83個のChlaと7個のChlfが結合していましたが、ChlfはPSIの膜状構造の周辺部分に偏在しており、電子の伝達に関わる部分からは見つかりませんでした。Chlが吸収した光エネルギーは複数のChlの間で受け渡されますが、シアノバクテリアの場合、より低いエネルギーの光を吸収するChlfから、より高いエネルギーを必要とするChlaへとエネルギーが受け渡され、Chlaは受けたエネルギーを利用して電子の伝達を行っていました。このことは「エネルギーは高いところから低いところへ流れる」という一般的な常識とは違う、低いところから高いところへのエネルギー移動が行われたことを意味します。
また、遠赤色光下では、可視光での培養時と比べてシアノバクテリアのPSIの構造が変化しており、PSIの構造変化とChlfの出現には強い相関が見られました。このことから、Chlfの出現により、PSIの構造変化が誘導されることが示唆されました。

今回の成果について鞆教授は以下のようにコメントしています。「光エネルギーから化学エネルギーへの変換の仕組みを解き明かすことは、人類や地球全体への安定的なエネルギー供給を可能にすることに繋がります。地球に降り注ぐ太陽光エネルギーのうち、可視光は約半分で、残りの半分は遠赤色光を含む赤外光です。多くの植物は、光化学反応のエネルギー源として、可視光しか利用することができません。より低エネルギーの光の利用を可能にする機構が明らかとなったことで、光合成のエネルギー移動の高効率化についての知見を得られただけでなく、それを応用した人工光合成の開発にも役立つと期待しています」

*1 共同研究機関およびメンバーは以下の通りです。(敬称略)
東京理科大学 篠田稔行、鞆達也(責任著者)、
岡山大学 加藤公児、長尾遼、沈建仁(責任著者)、秋田総理(責任著者)
筑波大学 宮崎直幸(責任著者)
理化学研究所 鈴木健裕、堂前直
神戸大学 秋本誠志

【研究の背景】

シアノバクテリアは光合成色素をもつ原核生物の1グループで、およそ30億年前に地球上に登場し、光合成を行って地球大気の酸素濃度を大きく上昇させた生物の子孫と考えられています。2010年、シアノバクテリアの一種で今回の研究にも使用されたHalomicronema hongdechlorisから、可視光よりも波長が長くエネルギーの低い遠赤色光を吸収できる新しい光合成色素、Chlfが発見されました (Chen, M. et al. (2010))。
それまでの常識では、Chlは可視光の中でも主に赤色や青色の光をよく吸収するとされており、赤い光より波長の長い遠赤色光を利用した光合成は前例がありませんでした。その後の研究で、遠赤色光の照射によってシアノバクテリアの細胞内部のChlfが増加することが確認されましたが (Ho, MY. et al. (2016)) 、ChlfがPSI複合体のどこに存在し、どのように機能しているのかの詳細は明らかではありませんでした。

【研究の詳細】

研究グループはまず、白色光と遠赤色光の2つの環境下でシアノバクテリアを培養し、それぞれについてPSIの三量体(一種類の分子が3つ集まった複合体)を得ました。クライオ電子顕微鏡により、2.35Å、2.41Åの分解能で立体構造を解析したところ、遠赤色光下で得られたPSIでは、1構造あたり7つのChlfが結合していることが分かりました。全てのChlfはPSIコアの周辺部に存在し、その出現と相関して、PSIを構成するサブユニット4つ(PsaA、PsaB、PsaI、PsaL)が既存のサブユニットと置き換わっていることが確認されました。
白色光照射時と遠赤色光照射時では、これら4つのサブユニットの構造が異なることも分かりました。遠赤色光の照射時には、PsaAとPsaLに複数のループ領域が挿入されており、これがChlaの結合を阻害して、代わりにChlfの結合を促進させていると推定されました。
遠赤色光で得られたPSIの吸収スペクトルは、737nm、752nm、795nm(いずれも遠赤色光領域)に少なくとも3つのピークをもっていました。また、時間分解蛍光分析により、Chlfは光エネルギーを受けてから5~30ピコ秒(1ピコ秒は1秒の10-12倍)後というごく初期に、エネルギーの移動成分として機能することが明確に分かりました。このことは、この時間内でChlaとChlfのエネルギーが平衡化されていることを示唆します。
7つのChlfはPSIの電子伝達に直接関与はしない代わりに、PSIのコア部分にエネルギーを移動させ、光化学反応を促進させる機能をもっていました。この発見により、光合成のエネルギー移動の高効率化に関する知見を得ることができただけでなく、それを応用した人工光合成の開発などにより、人類、ひいては地球全体に対する、安定的なエネルギー供給の実現にも繋がると考えられています。

※ 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業) 、JST PRESTO JPMJPR16P1(秋田総理)、文部科学省・JSPS 科学研究費補助金 JP17K07442, JP19H04726(長尾遼)、JP17H06434(沈建仁)、17726220801, 17K07453, 18H05177(鞆達也)、JP19K22396(秋田総理)およびJSPSによる多国間国際研究協力事業(No. 19-54-50002)の支援により実施したものです。

【論文情報】

雑誌名:Nature Communications 2020年1月13日 オンライン掲載

論文タイトル:Structural basis for the adaptation and function of chlorophyll f in photosystem I

著者:Koji Kato, Toshiyuki Shinoda, Ryo Nagao, Seiji Akimoto, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, Min Chen, Suleyman I. Allakhverdiev, Jian-Ren Shen, Fusamichi Akita, Naoyuki Miyazaki, and Tatsuya Tomo

DOI:https://www.nature.com/articles/s41467-019-13898-5

【研究に関する問い合わせ先】

東京理科大学 理学部第一部教養学科 教授
鞆 達也(とも たつや)

国立大学法人岡山大学 異分野基礎科学研究所 教授
沈 建仁(しん けんじん)

国立大学法人岡山大学 異分野基礎科学研究所 准教授
秋田 総理(あきた ふさみち)

国立大学法人筑波大学 生存ダイナミクス研究センター 助教
宮崎 直幸(みやざき なおゆき)

【報道・広報に関する問い合わせ先】

国立大学法人岡山大学 総務・企画部 広報課

国立大学法人筑波大学 広報室

国立研究開発法人理化学研究所 広報室 報道担当

国立大学法人神戸大学 総務部広報課

お問い合わせ

東京理科大学 広報課

細胞遺伝子工学生物化学工学
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