高齢化で増加する大動脈瘤を検出できるバイオマーカーの発見
2020-04-17 国立循環器病研究センター
国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:小川久雄、略称:国循)の創薬オミックス解析センターの南野直人・元特任部長(現客員研究員)、血管外科の松田均部長、病理部の植田初江・元部長(現客員研究員)らの研究チームは、動脈硬化性大動脈瘤の2種の新しいバイオマーカー(注1)を世界で初めて発見し、発症診断に使用できることを示しました。本研究成果は、自然科学全体を対象とする総合科学専門誌「Scientific Reports」に令和2年4月14日付でオンライン掲載されました。
背景
大動脈瘤をはじめとする血管疾患は、人口の高齢化とともに増加しています。しかし、「サイレントキラー」と呼ばれるように、症状を自覚することなく進行し、気付いた時には重症となっていることがよくあります。大動脈瘤も破裂や解離が起こってから初めて気が付く場合が多く、死亡率も高い疾患です。
このため、他の疾患の診断目的でMRI検査、エコー検査などの画像診断を受けたときに、偶然に発見される場合が大半でした。また、これまでも大動脈瘤のバイオマーカーが報告されていますが、臨床検査として利用できるほど信頼度の高いものはありませんでした。
信頼度の高いバイオマーカーを用いて早期に大動脈瘤を発見できれば、拡大を抑制する薬品の服薬と画像診断で経過を観察し、危険度が高い場合は人工血管置換やステント導入により、破裂などを防止することが可能です。
研究手法と成果
この研究では、当センターで大動脈瘤の人工血管置換手術で切除された大動脈瘤壁の病理診断後の残余組織について、患者様の同意を得て、プロテオーム解析(注2)を行いました。大動脈瘤組織に含まれるタンパク質を網羅的に調べて比較し、疾患特異的に変動するタンパク質を発見しました。但し、従来のように瘤部と周辺部の単純な比較では有用なバイオマーカー候補は見いだせず、大動脈瘤の進行に伴い変動するタンパク質で各組織の進行度を評価する方法を開発し、その進行度評価に従ってタンパク質の発現量を比較することによって初めて見出すことができたものです。
胸部大動脈瘤の組織で変動するタンパク質の中より、血液中でも変動する2種のタンパク質、Niemann-Pick disease type C2 protein (NPC2) と insulin-like growth factor-binding protein 7 (IGFBP7)を見つけました。NPC2とIGFBP7は、動脈硬化性大動脈瘤の平滑筋細胞や泡沫細胞などで、産生が大きく亢進していました。
胸部大動脈瘤で手術を受けられた方と健康な方の血液濃度を比較すると、これら2種のタンパク質マーカーでは有意な増加が認められました。一方、既に報告があるthrombospondin 1 (THBS1)は有意な減少を示しました(図のA, B, C参照)。これらのデータについて統計解析を行うと、NPC2とIGFBP7では0.90と高い精度(1.0で完全に識別)で大動脈瘤の有無を識別できることが分かりました。さらに3つをまとめて評価すると、0.95と極めて高い精度で識別可能でした。これらバイオマーカーは、腹部大動脈瘤でも有用であることが示されました(図のDとE参照)。
今後の展望と課題
- 現在、NPC2、IGFBP7の測定は市販キットで行っているため、精度が高くありません。企業と協力して、高精度の測定法を開発していく予定です。
- 国循バイオバンクの試料を用いて、大動脈瘤、大動脈解離、動脈硬化性疾患、無関係な疾患の方や健康な方の血液濃度を測定し、バイオマーカーの性能と有用性を評価し、臨床検査として利用できることを証明して行きます。
- 本研究ではタンパク質だけではなく、RNAなどの生体分子の変動も網羅的に調べる多層オミックス解析という手法で研究を行いました。膨大なオミックス解析データの解析をさらに進めて、異なる視点より大動脈瘤の発症や進行を評価可能なバイオマーカーを見出し、より精度の高く有用な診断法を開発していきたいと考えています。その中で、大動脈の解離や破裂リスクなどを評価可能なバイオマーカーも探索する予定です。
発表論文情報
著者:Yagi H, Nishigori M, Murakami Y, Osaki T, Muto S, Iba Y, Minatoya K, Ikeda Y, Ishibashi-Ueda H, Morisaki T, Ogino H, Tanaka H, Sasaki H, Matsuda H, Minamino N.
題名:Discovery of novel biomarkers for atherosclerotic aortic aneurysm through proteomics-based assessment of disease progression
掲載誌:Scientific Reports 10:6429 (2020)
謝辞
本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
医薬基盤研究所「先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業、10-44」
国立循環器病研究センター「循環器病研究開発費、27-1-5、30-1-12」
<注釈>
(注1)バイオマーカー:
広義には生命現象の様々な状態や変動を表す指標となるもの、医学領域では病気の発症・悪化や治療効果、臓器や個体の機能などを正確に示し、指標とできる生体分子を示すことが多い。大動脈瘤においても、発症、進行、破裂リスクなどを示す様々なバイオマーカーが想定される。
(注2)プロテオーム解析:
「プロテオーム(proteome)」とはprotein(タンパク質)とome(総体)を組み合わせた造語で、標的とする細胞、組織や血液に含まれる全タンパク質のことを示す。プロテオーム解析は、標的とする細胞や組織(本研究では大動脈瘤組織)に発現、存在する全てのタンパク質を同定してカタログ化し、例えば疾患による量的変動などのデータを蓄積する研究手法を示す。標的に含まれる個々のタンパク質の存在量は大きく異なるが、現在のプロテオーム解析では最大5000種程度のタンパク質を同定して量的評価を行うことが可能である。
<図>
新しい大動脈瘤マーカーであるNiemann-Pick disease type C2 protein (NPC2)とinsulin-like growth factor-binding protein 7 (IGFBP7)、既知マーカーのthrombospondin 1 (THBS1)の大動脈瘤患者並びに健常者の血中濃度、及び発症診断における識別能力の評価
(A)NPC2、(B)IGFBP7、(C)THBS1の動脈硬化性胸部大動脈瘤(TAAA)、動脈硬化性腹部大動脈瘤(AAAA)及び健常者(HC)における血中濃度とその比較。
(D)動脈硬化性胸部大動脈瘤と(E)動脈硬化性腹部大動脈瘤におけるReceiver Operating Characteristic (ROC)解析の結果。実線NPC2、破線IGFBP7、点線THBS1、灰色実線3つのバイオマーカー併用の結果を示す。線が左上に近づくほど、大動脈瘤の有無の識別能力が高い。