精神疾患に神経細胞のアンバランスな運命付けが関連~iPS細胞由来脳オルガノイドの研究から~

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2020-08-07 理化学研究所,日本医療研究開発機構

理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター精神疾患動態研究チームの澤田知世研究員(研究当時)、加藤忠史チームリーダーらの国際共同研究グループは、1人だけが精神疾患を発症した不一致な一卵性双生児[1]のペア(罹患双生児と健常双生児)のiPS細胞[2]由来脳オルガノイド[3]を用い、ヒト脳の発達過程における興奮性神経細胞[4]と抑制性神経細胞[5]の不均衡が精神疾患の発症に関連することを発見しました。

本研究成果は、統合失調症[6]や双極性障害(躁うつ病)[7]をはじめとする精神疾患の病態解明や予防法・治療法の開発に貢献すると期待できます。

精神疾患の発症に関わる分子・細胞レベルの詳しいメカニズムについては、患者それぞれが持つ遺伝的背景に多様性があること、生きている患者の疾患発症前の脳を直接分子・細胞レベルで調べる方法がないことから、まだ不明な点が多く残っています。

今回、国際共同研究グループは、統合失調感情障害双極型[8]または統合失調症に関して不一致な一卵性双生児3組から樹立したiPS細胞を用いて、脳オルガノイドや神経前駆細胞[9]を作製し、患者と健常者の脳発達期における違いを調べました。遺伝子発現解析および形態解析の結果、健常者と比べ、患者では、脳発達の初期段階において抑制性神経細胞(GABA作動性神経細胞[5])への分化が亢進していることを見いだしました。一卵性双生児を比較することにより、遺伝的多様性の影響を最小限に抑えた本研究で得られた結果は、神経細胞のアンバランスな運命付け[10]が精神疾患の発症に関連することを強く示唆しています。

本研究は、科学雑誌『Molecular Psychiatry』の掲載に先立ち、オンライン版(2020年8月7日付:日本時間2020年8月7日)に掲載されます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所
脳神経科学研究センター
精神疾患動態研究チーム
研究員(研究当時)澤田知世(さわだともよ)
(現 リーバー脳発達研究所/ジョンズ・ホプキンス大学 医学部)
テクニカルスタッフ(研究当時)藤森典子(ふじもりのりこ)
(現 理化学研究所脳神経科学研究センター 研究基盤開発部門)
チームリーダー 加藤忠史(かとうただふみ)
(現 順天堂大学医学部精神医学講座 主任教授)
シナプス可塑性・回路制御研究チーム
研究員 トーマス・チェイター(Thomas E. Chater)
チームリーダー 合田裕紀子(ごうだゆきこ)
生命機能科学研究センター
バイオインフォマティクス研究開発チーム
上級研究員 笹川洋平(ささがわようへい)
テクニカルスタッフ 芳村美佳(よしむらみか)
テクニカルスタッフ(研究当時) 田中かおり(たなかかおり)
チームリーダー 二階堂愛(にかいどういとし)
リーバー脳発達研究所/ジョンズ・ホプキンス大学 医学部
研究員 カイノン・ベンジャミン(Kynon J. M. Benjamin)
助教 アプア・パクウォラ(Apuã C. M. Paquola)
助教 ジェニファー・エルウィン(Jennifer A. Erwin)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究B「一卵性双生児不一致例のiPS細胞由来神経細胞を用いた双極性障害の分子病態解明(研究代表者:澤田知世)」、「一卵性双生児不一致例iPS細胞由来脳オルガノイドを用いた精神疾患の病態解明(研究代表者:澤田知世)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)「[1細胞]統合1細胞解析のための革新的技術基盤(研究統括:菅野純夫)」の研究課題「臓器・組織内未知細胞の命運・機能の1細胞オミクス同時計測(研究代表者:二階堂愛)」、JSTおよび日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS・分化細胞集団の不均質性を1細胞・全遺伝子解像度で高速に測定する技術の開発(研究代表者:二階堂愛)」、AMEDゲノム医療実現推進プラットフォーム事業「精神疾患のゲノム医療実現に向けた統合的研究(代表者:加藤忠史)」およびJSPS科学研究費補助金新学術領域「マルチスケール精神病態の構成的理解(領域代表者:林朗子)」の研究課題「双極性障害・統合失調症のトランスオミックス・モデリングによる構成的理解(研究代表者:加藤忠史)」などによる支援を受けて行われました。

背景

統合失調症や双極性障害(躁うつ病)をはじめとする精神疾患は、患者の生活の質を低下させるため、病態解明や新たな診断・治療法の開発が強く求められる脳の疾患です。大規模なゲノムワイド関連解析[11]や網羅的遺伝子発現解析[12]、患者の死後脳や患者由来iPS細胞から分化誘導した神経細胞を用いた研究を通して、疾患リスクの同定や病態解明が精力的に進められています。

しかし、疾患の発症に関わる分子・細胞レベルの詳細なメカニズムについては、まだ不明な点が多く残っています。その理由として、患者それぞれが持つ遺伝的背景に多様性があること、生きている患者の疾患発症前の脳を直接分子・細胞レベルで調べる方法がないことが挙げられます。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、遺伝的多様性の影響を最小限に抑えるために、1人だけが精神疾患を発症した一卵性双生児のペア(一卵性双生児不一致例)に注目しました。まず、双極性障害の重症型である統合失調感情障害双極型(幻聴・妄想などの精神病症状を呈する時期がある)を発症した一卵性双生児不一致のペア(罹患双生児と健常双生児)からiPS細胞を樹立し、脳オルガノイドを作製することにより培養皿上でヒト脳の発達過程を再現しました(図1)。

図1 iPS細胞から作製した脳オルガノイドiPS細胞から作製した脳オルガノイドは、内部にヒト脳に類似した層構造を持つ。層構造の中心にはPKClやb-Cateninを発現する基底膜があり、これを囲むように増殖能を持つ(Ki67やpHH3を発現する)神経前駆細胞(SOX2陽性細胞)が存在し、その外側に分裂を終えた神経細胞(DCX陽性細胞)が層を形成している。

次に、国際共同研究グループのメンバーである笹川洋平上級研究員や二階堂愛チームリーダーらが2018年に開発し、本年の国際的な性能比較研究において世界最高成績を収めた高出力型1細胞RNAシーケンス法Quartz-Seq2[13]、注1、2)を用いて、培養開始35日目の脳オルガノイドの網羅的1細胞遺伝子発現解析を行いました。

その結果、患者(罹患双生児)由来の脳オルガノイドでは、健常双生児と比較して、抑制性神経細胞(GABA作動性神経細胞)への分化亢進が認められ(図2)、その背景として、脳の発達段階において多岐にわたり重要な役割を担うシグナル伝達系(Wntシグナル経路[14])の機能低下が示唆されました。患者由来脳オルガノイドの分化誘導初期にWntシグナル経路を活性化させると、健常双生児との間で抑制性神経細胞への分化能に差は認められなくなりました(図2)。このことから、患者の脳発達過程では初期のWntシグナル経路の機能低下により、神経前駆細胞の運命付けが変化することが分かりました。

図2 罹患双生児iPS細胞由来脳オルガノイドにおけるGABA作動性神経細胞への分化亢進

A:高次元データを可視化する機械学習アルゴリズムであるt-SNE(t分布型確率的近傍埋め込み)を用いて、iPS細胞由来オルガノイドにおける細胞の分布を示した図(左)と脳オルガノイドの神経細胞中で各神経細胞種が占める割合を示したグラフ(右)。iPS細胞から作製した脳オルガノイドは、主に神経細胞と神経前駆細胞からなり、神経細胞はグルタミン作動性神経、GABA作動性神経、ドーパミン作動性神経から構成される。罹患双生児(患者)由来オルガノイドは、GABA作動性神経細胞の占める割合が健常双生児と比較して著しく大きい。(**p<0.01、***p<0.001、****p<0.0001)
B:脳オルガノイドの抗GABA抗体を用いた蛍光免疫染色像(左)とGABA抗体のシグナル強度を定量したグラフ(右)。罹患双生児(患者)由来のオルガノイドは、健常双生児と比較してGABAを発現している細胞が多かったが、オルガノイド分化誘導初期にLiCl処理によりWntシグナルを活性化すると、未処理の場合と比較して明らかにGABAシグナル強度が低下(GABAを発現している細胞が減少)し、健常双生児との間に差は認められなくなった。解析には罹患双生児、健常双生児それぞれ4クローンのiPS細胞を用いた。(*p<0.05、****p<0.0001、n.s.、統計学的有意差なし)

次に、同じ一卵性双生児不一致例由来iPS細胞から2次元培養法[15]を用いて、成熟神経細胞を分化誘導し、培養開始120日目の細胞を用いて、患者と健常双生児の比較を行いました。その結果、患者由来の成熟神経細胞では、GABA作動性神経細胞の割合および抑制性シナプス[16]密度の増加と、興奮性シナプス[17]密度の減少が観察されました(図3)。また、脳オルガノイド同様、神経分化誘導初期にWntシグナル経路を活性化させると、これらの異常は改善されました。このことから、脳発達初期段階に生じた細胞運命付けの異常が、患者由来成熟神経回路における興奮性・抑制性神経細胞バランスの不均衡を引き起こすことが分かりました(図3)。

図3 罹患双生児iPS細胞由来2次元培養神経細胞おけるGABA作動性神経細胞の増加

A:iPS細胞から2次元培養法を用いて分化誘導した成熟神経細胞の抗GABA抗体を用いた蛍光免疫染色像(左)とMAP2を発現する神経細胞中でGABAを発現している抑制性神経細胞の割合を示したグラフ(右)。罹患双生児(患者)由来の成熟神経細胞では健常双生児と比較してGABA陽性の抑制性神経細胞が多く観察された。分化誘導初期にLiCl処理によりWntシグナルを活性化すると、未処理の場合と比較して明らかにGABA陽性の抑制性神経細胞が減少し、健常双生児との間に差は認められなくなった。解析には罹患双生児、健常双生児それぞれ4クローンのiPS細胞を用いた。(****p<0.0001、†††p<0.001、n.s.、統計学的有意差なし)
B:iPS細胞から2次元培養法を用いて分化誘導した、成熟神経細胞における興奮性シナプスの蛍光免疫染色像(SYN1はシナプス前細胞が発現するタンパク質、Homer1は興奮性シナプス後細胞が特異的に発現するタンパク質、MAP2は神経軸索を示す)(上)とSYN1陽性/Homer1陽性興奮性シナプス密度を定量したグラフ(下)。罹患双生児(患者)由来の成熟神経細胞では、健常双生児と比較して興奮性シナプスの密度が低下しており、分化誘導初期にLiCl処理によるWntシグナル活性化を行っても効果はなかった。(***p<0.001、n.s.、統計学的有意差なし)
C:抑制性シナプスの蛍光免疫染色像(Gephyrinは抑制性シナプス後細胞が特異的に発現するタンパク質)(上)とSYN1陽性/Gephyrin陽性興奮性シナプス密度を定量したグラフ(下)。罹患双生児(患者)由来の成熟神経細胞では、健常双生児と比較して抑制性シナプス密度が著しく増加していた。分化誘導初期にWntシグナルを活性化すると、密度は明らかに減少し、健常双生児との間に差は認められなくなった。(****p<0.0001、††††p<0.0001、n.s.、統計学的有意差なし)

さらに、統合失調症に関して不一致な2組の一卵性双生児から樹立したiPS細胞を用い、先の1組と合わせて計3組の一卵性双生児由来神経前駆細胞(培養開始24日目)の遺伝子発現解析を行い、GABA作動性神経細胞への分化・運命付けに関わる遺伝子の発現レベルを調べました。その結果、患者由来の細胞では、これらの遺伝子発現が健常双生児と比較して有意に増加していることを見いだしました。

これらの所見から、統合失調症や双極性障害などの精神疾患の発症には、脳の発達過程において抑制性神経細胞への分化を促進する神経前駆細胞のアンバランスな運命付けが関与していることが示されました。

注1)Sasagawa Y, et al., Quartz-Seq2: a high-throughput single-cell RNA-sequencing method that effectively uses limited sequence reads. Genome Biol. 2018. doi: 10.1186/s13059-018-1407-3.
注2)Mereu E, et al.,  Benchmarking Single-Cell RNA Sequencing Protocols for Cell Atlas Projects. Nat Biotechnol. 2020. doi: 10.1038/s41587-020-0469-4.

今後の期待

本研究では、脳発達初期における抑制性神経細胞の過剰分化が、精神疾患の発症に関与することを見いだしました。

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