2020-09-08 東京大学
発表のポイント
- 光活性化型 Cre(PA-Cre)(注1)システムを安定して発現するマウス(PA-Creノックインマウス)を作製、系統化しました。
- PA-Creノックインマウスは、青色光を照射しないときはCre依存的遺伝子組み換えがほとんど生じない一方、青色光を全身または部分的に照射することで、全身性または臓器特異的にCre依存性遺伝子組み換えを誘導することに成功しました。
- 本マウスを用いることで、簡単かつ非侵襲的な光照射方法で、遺伝子を「時間的」「空間的」に制御することができるため、遺伝子の生体内における機能解明や新しいヒト疾患モデルの開発などへの応用が期待されます。
発表概要
遺伝子の機能を調べる代表的なツールとして、DNA組み換え酵素であるCreリコンビナーゼ(注2)が知られていますが、生体内で用いるためにはCreが働くタイミングを簡単かつ精密にコントロールする必要があります。今回、東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の吉見一人講師、真下知士教授らは、東京大学大学院総合文化研究科の佐藤守俊教授との共同研究により、光によって活性を制御できるCre(PA-Cre)を安定して発現するマウス(PA-Creノックインマウス)を作製、系統化しました。
この新しいPA-Creノックインマウスは、通常飼育ではCreはほとんど働かない一方で、青色LED光を全身に1時間照射するだけで、様々な臓器で効率よく遺伝子組み換えを起こせることがわかりました。またスポットライトを用いて部分的に光照射をすることで、臓器特異的に組み換えを起こすことに成功しました。さらにワイヤレスLEDを用いて長時間青色光を当てる方法を開発し、これまで組み換え効率の低かった脳でも高効率に組み換えを誘導することに成功しました。
このPA-Creノックインマウスは、狙った遺伝子を時期および組織特異的にノックアウト(コンディショナルノックアウト)できる新しいマウス系統になります。また非侵襲的かつ効率的にCreの働きを操作できることから、様々な遺伝子の生体機能を解明するための有用なモデルリソースになることが期待されます。
本研究成果は、国際医科学ジャーナル「Laboratory Investigation」(9月5日オンライン版)に掲載されました。
発表内容
遺伝子の生理機能を調べるためには、狙った場所やタイミングで遺伝子を操作してその影響を調べる必要があります。遺伝子操作の最も代表的なツールであるDNA組み換え酵素Creリコンビナーゼは、loxP配列で挟まれた領域を組み換えによって取り除くことから、狙った遺伝子配列をloxP配列で挟むことでゲノム上から除去(ノックアウト)できます。これまで生体内でCreを制御する方法として、特定の組織だけにCreを発現させる、タモキシフェンなどの薬剤によって発現を制御するなどが主流でした。しかし特異性や効率、侵襲性などに問題がありました。
近年、光によってCreの活性を操作する技術「PA-Cre」システムが確立され、生体外からの非侵襲的な光照射によって効率よく遺伝子組み換えを操作することが可能になりました。一方でこのシステムを哺乳類で利用する際には、主にアデノ随伴ウイルスの注入やプラスミドの静脈注射などで導入されるため、使用できる組織や範囲が限られています。そのため、全身の臓器でPA-Creシステムを利用できる汎用性の高いモデル動物や、効率的な光照射プロトコルが求められていました。
今回、東京大学医科学研究所先進動物ゲノム研究分野の吉見一人講師、真下知士教授らは、PA-Creシステムの開発者である同総合文化研究科広域科学専攻の佐藤守俊教授との共同研究により、マウスゲノムのRosa26領域(注3)に、PA-Creシステムを導入したノックイン(注4)マウスを作製、系統化しました(図1)。そしてこの系統は、全身の様々な臓器において安定的にPA-Creシステムを発現することも確認しました。
この新しいPA-Creノックインマウスについて、PA-Creシステムがどの程度働くかを評価したところ、青色光を全身に1時間照射するだけで、様々な臓器で効率よく遺伝子組み換えを誘導できることがわかりました(図1)。
一方、光を当てない通常飼育をした場合ではCre依存的遺伝子組み換えはほとんど起こらず、Creの活性が抑えられていることがわかりました。
図1: PA-Creノックインマウスの概要と評価方法
次に、複数の非侵襲的な操作で「時空間的」に組み換えを制御できるかどうかを検討しました。青色スポットライトを用いて光照射を行ったところ、光照射を行った部分のみで組み換えが起きており、外からの部分的な光照射によって組織特異的に組み換えを誘導することに成功しました(図2A)。さらに小型の青色ワイヤレスLEDを皮下に埋め込む方法を開発し、約1週間もの間、光照射をし続けることで、これまで組み換え効率が悪かった脳でも効率よく組み換えを誘導することに成功しました(図2B)。
図2 : 本研究で確立した光照射方法
今回開発したPA-Creノックインマウスは、狙った遺伝子を時期および組織特異的にノックアウト(コンディショナルノックアウト)できる新しいマウス系統になります。同時に、非侵襲的かつ効率的にCreの働きを操作する光照射プロトコルも確立しました。
このマウスと今回利用した光照射装置を用いることで、様々な臓器について誰でも簡単にCreの活性を操作することができることから、様々な遺伝子の生体機能を解明するための有用なモデルになることが期待されます。本系統については、ベンチャー企業である株式会社ミーバイオから提供される予定です。
また、マウスと同様にPA-Creノックインラットでも開発を行っており、更なる有用なバイオリソースの作出を目指しております。
本研究への支援
本研究成果は、科学技術振興機構大学発新産業創出プログラム(JST-START)、日本学術振興会科学研究費基金(19K16025)、科学研究費補助金(18H03974)の支援のもと、行われました。
発表雑誌
雑誌名:「Laboratory Investigation」(2020年9月5日オンライン)
論文タイトル:Photoactivatable Cre knock-in mice for spatiotemporal control of genetic engineering in vivo
著者:Photoactivatable Cre knock-in mice for spatiotemporal control of genetic engineering in vivo
DOI 番号:https://doi.org/10.1038/s41374-020-00482-5
URL: https://www.nature.com/articles/s41374-020-00482-5
問い合わせ先
〈研究内容について〉
東京大学医科学研究所 附属実験動物研究施設 先進動物ゲノム研究分野
同医科学研究所 附属システム疾患モデル研究センター ゲノム編集研究分野(兼)
教授 真下 知士(ましも ともじ)
東京大学大学院総合文化研究科 広域科学専攻
教授 佐藤 守俊(さとう もりとし)
〈報道について〉
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
用語解説
(注1)PA-Cre
光照射でDNA組換え反応をコントロールできる光活性化型Cre。二分割して一時的に活性を失わせたCreにMagnetと呼ばれるアカパンカビ由来の光スイッチタンパク質を連結したもので、光照射によってMagnetが結合するとともに分割されたCreも結合し、再び活性化される。
(注2)Creリコンビナーゼ
loxPと呼ばれる34塩基のDNA配列に対して働くDNA組み換え酵素。狙った遺伝子配列の前後にloxP 配列を設計することで、Creの働きによって挟んだ DNA 配列をゲノム上から取り除くことができる。↑
(注3)Rosa26領域
マウスゲノムに存在するセーフハーバー領域の一つ。この領域に導入された遺伝子は安定的に発現をする。その一方、この領域にどのようなDNA配列を導入しても、他の遺伝子などへの影響はほとんどないとされている。
(注4)ノックイン
狙ったDNA配列の場所に、特定の配列を導入したり置き換える技術。外来遺伝子の導入や、標的遺伝子の標識化、病気に関連した配列への変換など、様々な目的に利用されており、新しい疾患モデルの作成や遺伝子治療に向けて必要不可欠な技術である。↑