遺伝子発現のカギはDNAのねじれ方~ヌクレオソームの全原子の挙動を計算、DNAの性質を明らかに~

ad

2021-02-09 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • DNA1)にねじれの力をかけることで、ヌクレオソーム2)の構造が大きく変化する様子を大規模なシミュレーション計算により捉えることに成功した。この力の向きによって、遺伝子発現のON/ OFFスイッチが変わる可能性が高いことを明らかにした。
  • こうした構造の変化は、DNAが右巻きのらせんの形をしているという、本質的な構造に起因することがわかった。
  • 複雑な遺伝子発現のメカニズムが「DNAのらせん構造」と「ねじれの力の向き」といった単純な仕組みによっても調整されている可能性が考えられ生命現象の基礎に深く関わる結果を示した。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫。以下「量研」という。)量子生命科学領域 生体分子シミュレーショングループの石田恒上席研究員と河野秀俊グループリーダーは、DNAにねじれの力を加えると遺伝子発現が変わる可能性と、それがDNAの本質的な構造である「右巻きのらせん」が考えられることを、スーパーコンピュータによるシミュレーションで明らかにしました。

生命活動に欠かせないタンパク質は、生物の遺伝情報に基づいて作られます。この遺伝情報を担うのが「二重らせん」の形で広く知られるDNAで、すべての生物が共通して持つものです。DNAは、「ヒストン3)」と呼ばれるタンパク質にDNAが巻き付いた「ヌクレオソーム」と呼ばれる構造で存在しています。ヌクレオソームはDNAを安定に細胞核内に収納すると同時に、DNAをヒストンから解離したりヌクレオソーム同士の集合状態を変えたりすることで、遺伝子発現のON/OFFスイッチを調節していることが知られています。

さまざまな組織に分化した細胞は、基本的には同じ遺伝情報を持っていますが、そのON/OFFの状態がそれぞれ異なります。このON/OFFの状態を変えるためにさまざまなタンパク質などの分子が結合して、ヌクレオソームの構造を変えることがわかっています。しかし、タンパク質が結合することでどのように力がかかりその物性状態を変えるかは、原子レベルではよくわかっていませんでした。DNAは周りの分子との相互作用で、引っ張られたり、ねじられたり、さまざまな力を受けています。今回、研究チームはこの力のうち、ねじれの力とその向きに着目しました。DNAがねじれの力を受けた時にどのような変化が起こるか、スーパーコンピュータを用いた大規模なシミュレーション計算によって詳細な解析を行いました。

その結果、ねじれの力とその向き(右巻き、左巻き)によって、ヌクレオソームの構造が大きく変化する様子を捉えることに成功しました。この変化は、DNAが本来持つ右巻きの二重らせん構造によるものであること、また、ねじれの力がかかる向きが、遺伝子発現のON/OFFスイッチの入りやすさに積極的に関与している可能性が高いことを明らかにしました。これは、生命の基本原理である遺伝子発現のメカニズムが、実は「DNAが持つ右巻きのらせん構造」と「ねじれの力がかかる向き」の単純な仕組みによっても調整されている可能性が考えられ、生物学において興味深い結果を示しています。この成果は、米国科学アカデミー発行の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に令和3年2月9日(火)AM 5:00(日本時間)に掲載されます。

本研究は、文部科学省 ポスト「京」重点課題1 生体分子システムの機能制御による革新的創薬基盤の構築) (Project ID: hp180191 and hp190171)、スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(全原子・粗視化分子動力学による細胞内分子動態の解明 (hp200135)、HPCIシステム利用研究課題(Project ID: hp180027, hp190007 and hp200029)、新学術領域クロマチン潜在能等(18K06173、JP18H05534)の支援を受けて実施されました。

研究開発の背景と目的

ヒトなどすべての生物の設計図は、DNAに書き込まれています。DNAは2本のヌクレオチド鎖からなり、それが右巻きにねじれた二重らせん構造をしています。

ヒトの場合、全長約2メートルにもなるDNAは、糸巻きの芯のようなヒストンと呼ばれるタンパク質に約2回巻きついた構造体(ヌクレオソーム)(図1左)をしています。これがわずか直径数マイクロメートルの細胞の核の中に、コンパクトに収納されています。通常、DNAがしっかりとヒストンに巻き付いている時は、遺伝子情報を読み取ることができません。DNAから相補的なRNA(リボ核酸)をコピーするRNAポリメラーゼ4)分子がDNAから遺伝情報を読み取るには、まずDNAがヒストンから剥がされる必要があります(図1右)。図1のように、細胞核の中では、ヌクレオソームはダイナミックな構造変化を起こしていると考えられています。

細胞核の中におけるDNAのふるまい

図1:細胞核の中におけるDNAのふるまい

一つのヒストン(黄色)にDNA(青)が約2回巻き付いたものをヌクレオソームと呼ぶ。ヌクレオソームの構造変化が遺伝子発現を調節する。


ヌクレオソームがダイナミックに構造変化を引き起こす要因として、ヌクレオソームの電気的な性質が変わることや、ヌクレオソームに結合するタンパク質との直接的な相互作用などが実験により詳しく調べられています。また、DNAは通常右巻きの二重らせん構造をしていますが、細胞内では二重らせんがさらに巻かれたり、逆にほどかれたりしていることがわかっています。例えば、RNAポリメラーゼがDNAの遺伝情報を読み取る際に進行方向にねじれ(ポリメラーゼの先にねじれが溜まる)が発生します(図2)。一分子測定5)では、ポリメラーゼが裸のDNAに対して左巻きのねじれの力をDNAにかけながら遺伝情報を読みだしていることが観測されています。しかし、このねじれの力がヌクレオソームの構造安定性、つまり、ヒストンからDNAが剥がれることにどう関わっているかは、よくわかっていませんでした。そこで私たちは、ねじれの力が遺伝情報の読み取りにどのようにして関わっているのか、そのメカニズムをシミュレーションによって原子レベルで明らかにすることに挑みました。

RNAポリメラーゼがDNA遺伝情報を読み取る際のDNAのねじれ状態

図2:RNAポリメラーゼがDNA遺伝情報を読み取る際のDNAのねじれ状態

RNAポリメラーゼが遺伝情報(DNA塩基配列)を読み込む時には、DNAの二重らせん構造をほどく必要がある。その際にRNAポリメラーゼの前後において、DNAのきついねじれとゆるいねじれが生じるが、それがDNAの解離を促進するのか妨げるのかはよく分かっていなかった。

研究の手法と成果

本研究では、スーパーコンピュータ6)を利用してヌクレオソームを計算機内で構築し、ねじれの力を加えたときにDNAがヒストンから離れる様子の再現を試みました(図3)。

スーパーコンピュータを用いて構築したヌクレオソームとねじれの力

図3:スーパーコンピュータを用いて構築したヌクレオソームとねじれの力

ヌクレオソーム内のすべての原子の動きを正確に計算するためには、周りの大量の水分子とイオンとの相互作用も計算する必要がある(左上図、空間充填モデル)。DNAに左巻きのねじれの力(赤色の矢印)、または、右巻きのねじれの力(緑色の矢印)を加え(左下図)、ヌクレオソームを含む全ての分子の時々刻々の動きを観測した。

ヌクレオソーム内のDNA(右図)は二重らせんの巻きがきつくなると、直線的になり曲がらない。逆に巻きがゆるくなると、グニャグニャになる。図をわかりやすくするため、ヌクレオソームのひと巻き分のDNAのみを表示した。


細胞内の出来事を再現するためには、ヌクレオソームを構成する原子だけでなく、大量の水分子やイオンとの相互作用も考える必要があります。量子化学計算7)に基づいた原子モデルを用いて、すべての原子間に働く力を計算し、時々刻々の分子の動きを追跡しました。このようなDNAやヌクレオソームの姿を全原子にわたって追跡できるのは、現在のところ、シミュレーションによる方法しかありません。RNAポリメラーゼのように左巻きのねじれの力を加えたもの、逆に右巻きのねじれの力を加えたもの、ねじれの力を加えないもの、の3つの異なる条件下でのヌクレオソームの挙動をスーパーコンピュータで計算しました。計算の結果、左巻きのねじれの力を加えると、DNAはヒストンからはずれやすくなり、逆に右巻きのねじれの力を加えると、DNAはヒストンからはずれにくくなることがわかりました(図4)。

左巻きのねじれの力をDNAに加えると、DNAが固くまっすぐになりたがるため

図4:左巻きのねじれの力をDNAに加えると、DNAが固くまっすぐになりたがるために、DNAはヒストンから離れやすくなる。反対に、右巻きのねじれの力をDNAに加えると、DNAはやわらかく曲がりやすくなるために、DNAはヒストンから離れにくくなる。なお、実際にはDNAはヒストンの周りを約2回巻き付いているが、簡単に説明するため、DNAの一部を省いて図示している。


計算実験的に、左巻きのねじれの力を受けた時、DNAは固くまっすぐになりたがり、ヒストンに巻きつきにくくなることがわかりました。一方、右巻きのねじれの力を受けたDNAは柔らかく曲がりやすくなり、ねじれの力もヒストンから離れようとする力もDNAに吸収されてしまうため、DNAはヒストンから離れにくくなることがわかりました。

また、今回明らかにしたDNAにかかるねじれの力によるヌクレオソームの構造変化は、「DNAは右巻きのらせん」というDNAの本質的な構造に起因すると考えられます。DNAをヒモに例えて考えると、らせん状にねじれたヒモを同じ向きにさらにねじればキュッと締まり、逆にねじれば緩みます。そのようなありふれた仕組みで、ミクロの世界で起こっているDNAの遺伝情報の読み書き、つまり遺伝子発現のON/OFFがコントロールされている可能性が高いことが考えられます。このことは生命の根本原理に関わる、とても興味深い結果を示したと言えます。RNAポリメラーゼの他にも、ねじれの力を使ってヌクレオソームの構造を変えるタンパク質が見つかりつつあります。一般に、ねじれの力は、力が作用する場所から遠いところまで迅速に伝わっていくという特徴があります(ヒモを思い浮かべてください)。従って、あるところで生じたねじれの力は、広い範囲のDNAの収納状態(クロマチン構造8))に影響を与えると考えられます。DNAが損傷した時のように、修復のため迅速な応答が必要な時には、ねじれの力が関与しているかもしれません。

DNAは生命体のすべてに普遍的に存在します。本研究は、ねじれの力とその向きに対して、DNAが硬くまっすぐになったり、やわらかく曲がりやすくなったりするという固有の性質を明らかにしました。これは、二重らせん構造を規定しているねじれ角という基本的な物理量が、直接的な形で転写や組換え等のDNAの機能への関与が示唆されます。

このDNAの固有の性質は、DNAが単に遺伝情報を保持している時のみならず、その情報を利用する際にも、積極的な役割を果たしていると考えられます。

今後の展開

今回の成果は、詳細な全原子モデルにもとづいて、ヌクレオソームの力学応答を、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションにより追跡することで得られました。このことは、個々の細胞における力学的環境によって遺伝子発現が変化する可能性を示したと同時に、遺伝子発現のON/OFFは「DNAが持つ右巻きのらせん構造」と「ねじれの力の向き」による、至って単純な仕組みによっても調整されていると考えられ、生物学において興味深い結果をもたらしました。

今後は、モデルを進化させ、遺伝子発現を調節する転写因子やRNAポリメラーゼ分子を実際に計算に取り込んで、より複雑な系でのシミュレーションを行い、ゲノム9)にかかるねじれやトポイソメラーゼ10)の動的分布とゲノムマッピング11)によるDNA機能分布との関連や、ヌクレオソーム間の相対配置(クロマチン構造)との関係から、DNAの物性と機能の関係から生命の根本的な現象を解明していきたいと考えています。

用語解説

1)DNA(デオキシリボ核酸)
4種のデオキシリボヌクレオチドで形成される右巻きの二重鎖状高分子。4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)の並び方(配列)が遺伝情報を決める。

2)ヌクレオソーム
正の電荷をもつ糸巻きの芯のようなヒストンたんぱく質に、負の電荷をもつDNAが約2周巻き付いた複合体。

3)ヒストン
ヌクレオソームを構成するたんぱく質。ヌクレオソームは、4種類のヒストンをそれぞれ2つずつ持つ、合計8個のヒストンで構成されている。

4)RNAポリメラーゼ
複数のタンパク質から構成され、DNA塩基配列を読み取ってmRNA(メッセンジャーRNA)を合成する酵素。

5)一分子測定
生体分子の機能を一分子レベルで、かつ実時間で計測する技術。生体分子一個を可視化する技術と、個々の分子の位置をナノメートルの精度で測定する技術からなる。

6)スーパーコンピュータ
科学技術計算用途で大規模な計算を高速に計算する能力をもつコンピューター。本研究では京都大学のCray XC40と日本原子力研究開発機構のSGI ICE-Xを用いた。

7)量子化学計算
量子力学の諸原理を用いて、分子に関する構造や電荷分布などの知見を得るための計算

8)クロマチン構造
ヌクレオソームが数珠つなぎに集まった構造で、この構造の違いが遺伝子発現の違いを生み出していると考えられている

9)ゲノム
ゲノム(genome)とは遺伝子(gene)と染色体(chromosome)を合わせた語で、ある生物が持つ遺伝情報全体のこと。

10)トポイソメラーゼ
ヒモ状のDNAが絡まらないように、一時的にDNAの鎖を切ってねじれを解消させるタンパク質。

11)ゲノムマッピング
ゲノム上のどの部分のDNAが化学修飾を受けているか、また、どのようなタンパク質が結合しているかなどさまざまな情報をDNA配列に関連付ける解析方法。

論文掲載情報

掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

論文タイトル:Torsional stress can regulate the unwrapping of two outer half superhelical turns of nucleosomal DNA

筆者:H. Ishida and H. Kono

ad

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました