光捕集複合体フィコビリソームの単粒子構造解析

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藻類の太陽光エネルギーを吸収するタンパク質構造を解明

2021-06-10 理化学研究所,岡山大学,大阪市立大学,熊本大学

理化学研究所(理研)放射光科学研究センター利用技術開拓研究部門生体機構研究グループの川上恵典研究員、浜口祐研究員、米倉功治グループディレクター、理研環境資源科学研究センター技術基盤部門生命分子解析ユニットの鈴木健裕専任技師、堂前直ユニットリーダー、岡山大学異分野基礎科学研究所の長尾遼特任講師、沈建仁教授、大阪市立大学人工光合成研究センターの神谷信夫特別招へい教授、大阪市立大学大学院理学研究科細胞機能学研究室の田原悠平研究員、宮田真人教授、熊本大学産業ナノマテリアル研究所の小澄大輔准教授の共同研究グループは、電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析[1]によって、太陽光エネルギーを高効率に吸収する藻類由来の光捕集複合体「フィコビリソーム[2]」の全体構造を明らかにすることに成功しました。

本研究成果は、藻類の太陽光エネルギーを効率よく吸収する仕組みを明らかにしたもので、この知見を人工光合成研究[3]に取り入れることで高効率光エネルギー伝達システムの構築に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、温泉から採取された好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)[4]からフィコビリソームを単離し、染色剤で試料を染めた後に電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析を行うことで、T. vulcanusのフィコビリソームの全体構造とその構造様式を明らかにしました。

本研究は、科学雑誌『Biochimica et Biophysica Acta-Bioenergetics』(オンライン版(5月29日付)に掲載されました。

光捕集複合体フィコビリソームの単粒子構造解析

T. vulcanus フィコビリソームの全体構造

背景

シアノバクテリアや紅藻といった藻類は、光合成初期反応に関与する光捕集複合体「フィコビリソーム」を用いて太陽光エネルギーを高効率に吸収します。そして、光化学系タンパク質である光化学系Ⅰ[5]と光化学系Ⅱ[6]にそのエネルギーを伝達し、光エネルギーを生命活動に利用しています。

フィコビリソームは非常に巨大なタンパク質複合体であり、光を吸収する色素フィコシアノビリン[7]を持つフィコシアニン[8]、アロフィコシアニン[9]そしてその内部構造を安定化させるリンカータンパク質群によって構成されています。しかし、その構造は非常に不安定であるため、長らく生化学的・分光学解析は行われてきたものの、立体構造解析はほとんど行われてきませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、まず和歌山県湯の峰温泉で採取された好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)からフィコビリソームを単離し、電子顕微鏡用染色剤であるモリブデン溶液を用いて試料を染色しました。その後、電子顕微鏡測定によって得られたフィコビリソーム粒子像を単粒子構造解析することで、T. vulcanus フィコビリソームの全体構造を明らかにしました。

T. vulcanus フィコビリソームは、アロフィコシアニンがシリンダー状の複合体(A1、A2、B、C1、C2)となって中心部分を構築し、さらにその中心部分の周りにフィコシアニンが8本の筒状のロッド(Rb、Rb’、Rt、Rt’、Rs1、Rs1’、Rs2、Rs2′)からなるリング構造を形成していることが明らかになりました(図1a)。このロッド部分が光を集めるアンテナとしての役割を持ち、ロッドの数が多いほど光を吸収しやすくなります。つまり、T. vulcanus フィコビリソーム内では、8本のロッドが効率よく太陽光エネルギーを吸収し、アロフィコシアニンで構成されている中心部分へ伝達する役割を担っています。

フィコビリソーム内に存在するロッドの数は、他のシアノバクテリア種であるAnabaena sp. PCC 7120(Anabaena)[10]のものと同じでしたが、中心部位にあたるA1、A2を構成するアロフィコシアニン三量体がAnabaenaでは4層であったのに対して、T. vulcanus PBSでは3層であり、生物種によってフィコビリソームの構成様式が異なることが明らかになりました(図1b)。

T. vulcanus フィコビリソームの全体構造の図

図1 T. vulcanus フィコビリソームの全体構造

a)T. vulcanus フィコビリソームは、アロフィコシアニンで構成されるシリンダー部分(A1、A2、B、C1、C2)と、フィコシアニンで構成されるロッド部分(Rb、Rb’、Rt、Rt’、Rs1、Rs1’、Rs2、Rs2′)で構築されている。

b)(a)を90°回転したT. vulcanus フィコビリソーム構造。A1とA2は、3層のアロフィコシアニン三量体で構築されている。

今後の期待

本研究では、電子顕微鏡を用いた単粒子構造解析によって、T. vulcanus フィコビリソームの全体構造を明らかにしました。その構造内のロッドの本数は別の生物種であるAnabaena フィコビリソームと同じでしたが、中心部分を構成するアロフィコシアニンの数が異なり、生物種によってフィコビリソームの構成様式が異なることが分かりました。この違いは、各藻類が太陽光エネルギーを効率よく吸収・利用できるよう、生息する環境に応じてフィコビリソームの構造を最適化したことによるものと考えられます。

立体造解析によって生物の多様性を明らかにした本研究の知見を人工光合成研究に取り入れることで、高効率光エネルギー伝達システムの構築が進展するものと期待できます。

補足説明

1.単粒子構造解析
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子の画像から、その立体構造を決定する構造解析手法。目的試料の結晶を作製しなくても立体構造情報を得ることができる。2017年のノーベル化学賞受賞者の1人であるJoachim Frankらにより単粒子構造解析の基礎が作られた。

2.フィコビリソーム
多くの藻類が持ち、太陽の光を捕集する機能を持つタンパク質複合体。

3.人工光合成研究
植物や藻類が行う天然光合成とは異なり、光合成を人工的に行う技術を開発する研究。化石燃料や原子力の代替エネルギーの開発として注目されている。

4.Thermosynechococcus vulcanus(T. vulcanus)
生育至適温度が50~60°C程度の中度好熱性のシアノバクテリアの一種であり、温泉源に多く生息している。得られるタンパク質は耐熱性であるため、植物や藻類が行う天然光合成を調べるための生化学・分光学・構造解析に適している。

5.光化学系Ⅰ
植物や藻類の中に存在し、太陽光エネルギーを吸収して電子伝達を行い、二酸化炭素の還元に必要な還元力を形成する膜タンパク質複合体。クロロフィルやカロテノイドといった多数の色素を持ち、フィコビリソームから光エネルギーを受け取ることができる。

6.光化学系Ⅱ
植物や藻類の中に存在し、太陽光エネルギーを吸収して電子伝達を行うとともに、水を分解して酸素を発生させることができる膜タンパク質複合体。光化学系Ⅰと同様にクロロフィルやカロテノイドといった多数の色素をもち、フィコビリソームから光エネルギーを受け取ることができる。

7.フィコシアノビリン
青色の色素で、シアノバクテリアや紅藻、灰色藻といった多くの藻類が持つ。太陽光エネルギーを吸収・伝達することができる。

8.フィコシアニン
フィコビリソームを構成するタンパク質の一つで、光を吸収・伝達する色素フィコシアノビリンを持つ。三つのフィコシアノビリンでリング状の三量体を形成し、それが積み重なることでフィコビリソームのロッドを構築している。

9.アロフィコシアニン
フィコビリソームを構成するタンパク質の一つで、光を吸収・伝達する色素フィコシアノビリンを持つ。三つのアロフィコシアニンでリング状の三量体を形成し、それが積み重なってシリンダーを形成することで、フィコビリソームの中心部分を構築している。

10.Anabaena sp. PCC 7120(Anabaena)
糸状性のシアノバクテリアの一種で、光合成研究に利用されている生物の一つ。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C)「好熱性シアノバクテリア由来光合成超複合体の機能・構造解明(20K06528、研究代表者:川上恵典)」、同基盤研究(B)「フィコビリソーム-四量体光化学系超複合体の構造生物学的研究(20H02914、研究分担者:長尾遼)」、同新学術領域研究「光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光-物質変換系の創製(I4LEC)(20H05109、研究代表者:川上恵典)、同新学術領域研究「高分解能・時間分解構造解析による水分解反応の機構解明(17H06434、研究代表者:沈建仁、研究分担者:神谷信夫)、同新学術領域研究「新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化(課題番号:19H04726、研究代表者:長尾遼)などによる支援を受けて行われました。

原論文情報

Keisuke Kawakami, Ryo Nagao, Yuhei O. Tahara, Tasuku Hamaguchi, Takehiro Suzuki, Naoshi Dohmae, Daisuke Kosumi, Jian-Ren Shen, Makoto Miyata, Koji Yonekura, and Nobuo Kamiya, “Structural implications for a phycobilisome complex from the thermophilic cyanobacterium Thermosynechococcus vulcanus”, Biochimica et Biophysica Acta-Bioenergetics, 10.1016/j.bbabio.2021.148458

発表者

理化学研究所
放射光科学研究センター 利用技術開拓研究部門 生体機構研究グループ
研究員 川上 恵典(かわかみ けいすけ)
研究員 浜口 祐(はまぐち たすく)
グループディレクター 米倉 功治(よねくら こうじ)
環境資源科学研究センター
技術基盤部門 生命分子解析ユニット
専任技師 鈴木 健裕(すずき たけひろ)
ユニットリーダー 堂前 直(どうまえ なおし)

岡山大学 異分野基礎科学研究所
特任講師 長尾 遼(ながお りょう)
教授 沈 建仁(しん けんじん)

大阪市立大学
人工光合成研究センター
特別招へい教授 神谷 信夫(かみや のぶお)
大学院理学研究科 細胞機能学研究室
研究員 田原 悠平(たはら ゆうへい)
教授 宮田 真人(みやた まこと)

熊本大学 産業ナノマテリアル研究所
准教授 小澄 大輔(こすみ だいすけ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
岡山大学 総務・企画部 広報課
大阪市立大学 広報課
熊本大学 総務部 総務課 広報戦略室

生物化学工学
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