ヤツメウナギの頭部中胚葉から明らかになる脊椎動物頭部の起源と多様化

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2024-01-11 生理学研究所

概要

本学 尾内隆行助教、東京医科歯科大学 足立礼孝助教、藤田医科大学 浦久保秀俊准教授、兵庫医科大学 菅原文昭准教授、科学技術振興機構(JST)さきがけ専任研究員 荒巻敏寛研究員、生理学研究所 大野伸彦教授らの共同研究グループは、ヤツメウナギの頭部、とりわけ中胚葉の発生過程を詳細に観察し、他の動物群と比較した結果、脊椎動物頭部は初期進化の過程で驚くほど多様性に満ちていることを解明しました。
本研究成果は「脊椎動物の頭は、体幹部に見られる胚発生に椎骨や骨格筋の元となる体節のような分節中胚葉から進化した」という従来の学説1を否定し、これまで解釈が困難であった分節概念を再定義することで、頭部の進化について新しい理解を提案、二世紀にわたる頭部進化の研究史において転換期のさきがけとなることが期待されます。
本研究は、科学雑誌「iScience」オンライン版(11月13日付)に掲載されました2
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背景

脊椎動物は、その名の通り、背骨が頭蓋の後方から尻尾まで規則的に並ぶ動物群です。その頭部は、頭蓋、脳、特殊感覚器、頭部骨格筋などが複雑に連関し、このような構造物が、どのような進化の果てに成立したかは、古くは自然科学者でもあった詩人ゲーテの時代3から200年に渡り議論されてきました。
この問題の論争の核は、古くに分岐した脊椎動物(サメやエイなどの板鰓類、ヤツメウナギやヌタウナギの円口類)の胚発生過程において、椎骨の発生過程における原基である体節と呼ばれる傍軸中胚葉【注2】のブロック構造が、耳の原基である耳胞よりも前に存在するか否かでした。サメには頭腔と呼ばれるブロック構造がみられ、これが体幹の体節と同じものだと考えられてきました。しかし、本研究の第二著者 足立助教らによるサメ胚の観察から、板鰓類胚においては、体節と相同な形態はないことが主張されていました4。しかしながら、円口類(ヤツメウナギ、ヌタウナギ)における研究が不足していました。

研究手法と成果

共同研究グループは、円口類ヤツメウナギ胚の頭部中胚葉に、体節と相同な形態パターンが生じるかについて、体節の主要なパターンである「ロゼッタ」に着目し研究を開始しました。ロゼッタとは、花びらのような形を呈する細胞の集合を意味し、中心に空所が形成され、周囲を紡錘状の上皮性細胞が囲みます。レーザー顕微鏡を用いた解析では、ヤツメウナギ頭部中胚葉にロゼッタと思われるパターンが複数生じることがわかりました。しかし空所はあるものの、周囲を取り囲む細胞は不均一で、体節のロゼッタとは形態的に異なることから、これらロゼッタ様パターンが、体節と相同なのか結論が出ませんでした。
そこで、まずは分子レベルの研究として、頭部中胚葉に発現する遺伝子群の解析をホールマウント in situ ハイブリダイゼーション法(WISH)法【注3】を用いて行ったところ、体幹では体節形成に関わる遺伝子群が、頭部のロゼッタ様パターンには発現していないことがわかりました。次に研究グループは、より詳細な頭部中胚葉ロゼッタ様パターンの形態学的観察を進めることにしました。なぜならば、レーザー顕微鏡の解像度では、細胞の形状や、細胞間隙を正確に捉えることはできないため、体節との類似性の判定を行う上では、より優れた実験系が求められていたからです。共同研究者の大野教授らは、走査型電子顕微鏡を用いて、nmレベルの薄い連続切片を作成し、撮影した画像を三次元再構築する技術を開発していました。そこでこの技術をヤツメウナギ胚の観察に応用することにしました。その結果、レーザー顕微鏡でみられてなかった多くの空所が、頭部中胚葉のロゼッタ様パターンには生じることがわかり、体節とは形態的に異なることがわかりました。これらのことと他の脊椎動物胚(ヌタウナギ、サメなど)との比較から、ヤツメウナギの頭部中胚葉は、独自の細胞クラスターを持つことがわかりました(図1)。
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現生の脊索動物門は、頭索類ナメクジウオ、尾索類ホヤ、そして脊椎動物からなります。脊椎動物は円口類と顎口類からなり、今回の結果から、円口類や顎口類の頭部中胚葉は、多様な形態パターン示すことが示唆されました。では、頭部中胚葉の祖先的状態はどうなっていたのでしょうか?研究グループは、これまでナメクジウオと脊椎動物胚を用いた研究から、ナメクジウオの体節は、脊椎動物の頭部中胚葉と体節それぞれに発現する遺伝子群の遺伝子発現が分かれておらず、同所的に発現することを発見していました5。つまり脊椎動物胚では、二つの遺伝子群を分離することで頭部中胚葉が進化したということです。しかしながら、外群比較が不十分なため、頭部中胚葉が脊椎動物において進化したものなのか、もしくは新口動物【注4】の共通祖先において既に類似の中胚葉が進化していたかは、わかりませんでした。そこで外群として初期新口動物の研究に最も適している半索動物ギボシムシの胚と幼生を用い、中胚葉関連遺伝子群の発現比較を行いました。その結果、ギボシムシの中胚葉形成は、ナメクジウオのものに似ており、脊椎動物のみが特殊であることがわかりました(図2)。これらのことから、頭部中胚葉は、脊椎動物における新規形質であることが示唆されました。さらに、脊索動物門を代表する形態である体節は、ギボシムシの様な祖先的新口動物の原腸胚において、体節関連遺伝子が十分にネットワークを形成することで、体節という構造が進化したこともこの解析からは明らかになりました。
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最後に、体節の様な分節構造を頭部で探す上で、ロゼッタパターンがこれまで重要であると考えられてきました。しかし、ロゼッタパターンは、神経管や腎臓原基など、さまざまな器官形成過程において不均一な位置関係で生じます。つまりロゼッタパターンの有無は、分節と同じ意味で用いることができないのです。そこで研究グループは、ロゼッタを分節の主体から取り除き、新たに分節とは体節にみられる一列に軸上に並んだブロックであり、ブロックの間隙には、無細胞の裂け目があることと再定義することを提案しました (図2)。

今後の期待

脊椎動物は、その初期進化の過程で多様な頭部中胚葉を保持していたことがわかりました。今後、脊椎動物亜門の成立には、この様な多様性が重要であったのか、亜門以上の動物群の出現には、多様性を元とした動物群の拡散が基礎となるのかといった、大進化の様式を明らかにする研究を、ロゼッタパターンの進化的意義を探究しつつ進めていきます。

用語解説

【注1】頭部中胚葉:沿軸中胚葉脊椎動物の個体発生の一時期に現れる細胞集団で、体を支持するような組織、筋肉や骨、軟骨、真皮などを生み出す。
【注2】傍軸中胚葉: 頭と尻尾方向で胚の前後軸に沿って位置する細胞層であり、初期の胚の段階で軸中胚葉である脊索の外側に形成され、胚の発生において重要な役割を果たす。
【注3】ホールマウント in situ ハイブリダイゼーション法(WISH)法:遺伝子発現の研究において使用される実験手法の一つ。特定の遺伝子の発現パターンを調査するために利用される。
【注4】新口動物:生物の発生の過程において、原口が口となる生物を旧口動物、原口が肛門となる生物を新口動物という。

論文タイトル

Ultrastructure of the lamprey head mesoderm reveals evolution of the vertebrate head
「ヤツメウナギの頭部中胚葉の超微細構造が明らかにする脊椎動物の頭部の進化」

著者

Takayuki Onai, Noritaka Adachi, Hidetoshi Urakubo, Fumiaki Sugahara, Toshihiro Aramaki, Mami Matsumoto, Nobuhiko Ohno.
筆頭著者:尾内 隆行(福井大学医学部解剖学 助教)
責任著者:尾内 隆行(福井大学医学部解剖学 助教)

発表雑誌

「iScience」(アイサイエンス)2023年11月13日、電子ジャーナルに掲載
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S258900422302415X?via%3Dihub
DOI番号:10.1016/j.isci.2023.108338

問い合わせ先

(研究に関すること)
尾内 隆行(おない たかゆき)助教
国立大学法人福井大学 医学部解剖学
(取材に関すること)
塚本 直輝(つかもと なおき)
国立大学法人福井大学 広報センター

引用文献
  1. Koltzoff, N.K. (1902). Entwickelungsgeschichte des Kopfes von Petromyzon planeri; ein Beitrag zur Lehre über Metamerie des Wirbelthierkopfes. Bulletin de la Societe Imperiale des Naturalistes de Moscou 16, 259-589 + pl I-VII.
  2. Onai, T., Adachi, N., Urakubo, T., Sugahara, F., Aramaki, T., Matsumoto, M., and Ohno, N. (2023). Ultrastructure of the lamprey head mesoderm reveals evolution of the vertebrate head. iScience. https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.108338.
  3. Goethe, J.W. (1790). Das Schädelgrüt aus sechs Wirbelknochen aufgebaut. . zur naturwissenschaft überhaupt, besonders zur morphologie. II 2 (cited in Gaupp 1898).
  4. Adachi, N., and Kuratani, S. (2012). Development of head and trunk mesoderm in the dogfish, Scyliorhinus torazame: I. Embryology and morphology of the head cavities and related structures. Evol Dev 14, 234-256. 10.1111/j.1525-142X.2012.00542.x.
  5. Onai, T., Aramaki, T., Inomata, H., Hirai, T., and Kuratani, S. (2015). Ancestral mesodermal reorganization and evolution of the vertebrate head. Zoological letters 1, 29. 10.1186/s40851-015-0030-3.
リリース元
国立大学法人 福井大学
自然科学研究機構 生理学研究所
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生物化学工学
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