犬の膀胱癌の治療標的を発見!!~新たな免疫療法の臨床試験を開始~

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2021-10-22 東京大学

発表者
池田 凡子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 博士課程 4年)
加藤 大貴 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 特任研究員)
中川 貴之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
西村 亮平 (東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)
発表のポイント
  • 腫瘍免疫療法(注1)の新しい標的IDO(インドールアミン2,3ジオキシゲナーゼ)1(注2)と呼ばれる分子が、種々の犬の固形腫瘍組織において過剰発現していることを発見しました。
  • 半数の犬固形腫瘍種において、腫瘍組織内に浸潤している免疫細胞にIDO1の過剰発現を認め、さらに、いくつかの腫瘍種では腫瘍細胞においてもIDO1の過剰発現を認めました。
  • とくに、犬膀胱癌ではIDO1の過剰発現が顕著であり、治療標的として極めて有望であると期待されました。
発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻の西村亮平教授らの研究チームは、近年、新たな腫瘍免疫療法の標的分子として注目されているIDO1と呼ばれる分子が、犬の各種腫瘍組織において過剰発現していることを発見しました。犬の正常組織および各種腫瘍組織におけるIDO1発現の網羅的な検証を行った結果、正常組織においては、ほとんどIDO1の発現を認めず、腫瘍組織内に浸潤した免疫細胞や犬膀胱癌、扁平上皮癌などの腫瘍細胞において、過剰発現していることを発見しました。
PD-1/PD-L1やCTLA4などの細胞膜上に発現し免疫細胞に結合することで抗腫瘍免疫細胞を抑制する免疫チェックポイント分子が、一部の固形腫瘍で著効していますが、IDO1はアミノ酸代謝を狂わせることで周囲にいる抗腫瘍免疫細胞を兵糧攻めにするという新しい機序によって免疫抑制を担っている分子です。したがって、「免疫チェックポイント分子阻害抗体(注3)によるブレーキの解除」のみでは治らない患者さんにおいても、「IDO1阻害剤による燃料供給」を組み合わせることで、腫瘍を治癒できると期待されています。
犬の腫瘍に対しても、PD-1やPD-L1を阻害する免疫チェックポイント分子阻害抗体が開発され治療効果を示していますが、人の腫瘍患者同様に、効果を認める症例は一部に限られています。今回、発見した腫瘍免疫療法の新たな治療標的であるIDO1は、とくに犬膀胱癌において、有用な治療標的であると考えられ、その後の検証においてもIDO1阻害剤が犬膀胱癌に対して抗腫瘍効果を示すことが、担がんマウスモデルにおいて示されました(池田,西村ら, 第79回日本癌学会学術集会 口頭発表, 2020年)。これらの結果をもとに、西村教授らの研究チームは、犬膀胱癌症例に対する臨床試験を開始しました。

発表内容

図1 13種の犬固形腫瘍組織のIDO1発現を検証したところ、とくに犬膀胱癌組織において、腫瘍細胞および浸潤免疫細胞におけるIDO1の高発現を認めた。

図2 IDO1は腫瘍組織内のアミノ酸バランスを狂わせることで、抗腫瘍免疫を抑制する腫瘍免疫療法の新たな治療標的である。

表1 13種の犬固形腫瘍110検体の解析を行ったところ、半数程度の検体にて、腫瘍浸潤免疫細胞にIDO1の高発現を認めた。さらに、腫瘍細胞においては、犬膀胱癌の全例および扁平上皮癌、肛門嚢腺癌の約半数例にて、IDO1の高発現を認めた。

研究の背景
 国内ではおよそ1000万頭の愛玩犬が飼育されており、いまや15歳未満の子供の数に匹敵します。近年の愛玩犬の寿命の延長とともに、人間と同様に悪性腫瘍(がん)の罹患率も増加傾向にあり、現在、悪性腫瘍は愛玩犬の主な死亡原因となっています。そのような背景のもと高度な医療を提供できる動物病院も急速に増えており、愛玩犬においても、抗癌剤や放射線療法、外科手術など人間と同様の高度な医療を受けられるようになってきました。しかし、未だ根治することのできない犬の腫瘍性疾患は多数存在し、とくに固形腫瘍においては治療法が少なく腫瘍を発見後1年未満で亡くなってしまう愛玩犬が多いのが現状です。獣医領域においては、それら固形腫瘍に対する新たな治療法の開発が切望されています。
近年、人や犬の固形腫瘍患者においてPD-1/PD-L1やCTLA4といった免疫チェックポイント分子を阻害する抗体が、顕著な腫瘍縮小効果を示し、ノーベル賞を受賞するなど腫瘍免疫療法が注目されています。免疫チェックポイント阻害抗体が有効な症例では、根治も期待できる極めて強い治療効果が得られていますが、未だ有効な症例は2割前後と少なく、免疫チェックポイント分子に次ぐ腫瘍免疫療法の新たな治療標的の同定が望まれています。

研究の内容と意義
IDO1が犬の各種の固形腫瘍組織において過剰発現していることを発見しました。手術で摘出された検体などを中心に、犬の30臓器の正常組織および13種の固形腫瘍組織におけるIDO1発現の網羅的な検証を行いました。その結果、正常組織においては、リンパ組織などに存在する一部の免疫細胞のみで、IDO1の発現を認めました。腫瘍組織においては、半数程度の腫瘍検体において腫瘍浸潤免疫細胞にIDO1の高発現を認めました。さらに、腫瘍細胞においても、犬膀胱癌の全例および扁平上皮癌、肛門嚢腺癌の半数程度の症例にて、IDO1の過剰発現を認めました。IDO1の発現強度および陽性率を総合的に評価すると、13種の犬固形腫瘍のなかで、犬膀胱癌が最も強いIDO1発現を示し、IDO1阻害療法が有望な腫瘍種であることがわかりました。
犬膀胱癌は、転移率も高く外科的な治療による中央生存期間は1年弱、抗癌剤など内科的な治療を組み合わせた際の中央生存期間も1〜2年程度と、犬の固形腫瘍の中でも予後の悪い腫瘍種の一つです。東京大学大学院農学生命科学研究科では、近年、犬膀胱癌組織において、腫瘍を攻撃する抗腫瘍浸潤リンパ球が豊富に浸潤していることを発見し、腫瘍免疫療法の効果が期待される腫瘍種(いわゆる、Hot Tumor)の一つと考え、抗腫瘍免疫を増強しうる治療標的を探索してきました。今回、西村亮平教授らの研究グループの解析により、IDO1が犬膀胱癌の新たな治療標的であることが示されました。

結論と展望
 本研究では、犬の正常組織および固形腫瘍におけるIDO1の網羅的な解析を行った結果、犬膀胱癌において他の組織に比べて極めて顕著にIDO1を発現していることを明らかにし、IDO1が犬膀胱癌の有望な治療標的となることを示しました。この発見を受け、西村亮平教授らの研究グループでは、犬膀胱癌細胞株を移植した犬化マウスモデルにおける検証を進め、IDO1阻害剤により犬の抗腫瘍免疫細胞が活性化し、犬膀胱癌に対して抗腫瘍効果を示すことを明らかにしました(池田,西村ら, 第79回日本癌学会学術集会 口頭発表, 2020年)。現在、これらの知見をもとに、西村亮平教授らの研究グループは、「犬膀胱癌症例に対するIDO1阻害療法の安全性と有効性を検証するための臨床試験」を東京大学大学院農学生命科学研究科附属動物医療センターにおいて開始しました。

発表雑誌
雑誌名
The Journal of Veterinary Medical Science(オンライン版:10月22日)
論文タイトル
Detection of indoleamine 2,3-dioxygenase 1–expressing cells in canine normal and tumor tissues
著者
Namiko Ikeda, Daiki Kato*, Masaya Tsuboi, Ryohei Yoshitake, Shotaro Eto, Sho Yoshimoto, Masahiro Shinada, Satoshi Kamoto, Yuko Hashimoto, Yousuke Takahashi, James Chambers, Kazuyuki Uchida, Ryohei Nishimura, Takayuki Nakagawa (* Corresponding author)
DOI番号
doi.org/10.1292/jvms.21-0217
論文URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/advpub/0/advpub_21-0217/_article
問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医外科学研究室
附属動物医療センター センター長
教授 西村 亮平 (にしむら りょうへい)

用語解説

注1 腫瘍免疫療法
腫瘍に対する自己の免疫応答を利用した治療法であり、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した免疫チェックポイント分子阻害抗体療法が確立されて以来、外科手術、抗癌剤療法、放射線療法に次ぐ、第4の腫瘍の治療法となった。

注2 IDO(インドールアミン2,3ジオキシゲナーゼ)1
トリプトファンをキヌレニンに変換する酵素である。正常な生体においては、妊娠時に非自己である胎児に対する免疫反応を抑制する分子として、胎盤での発現が知られている。近年、人の腫瘍組織でIDO1が異所性に発現していることが発見され、抗腫瘍免疫を抑制する新たな治療標的として注目されている。抗腫瘍免疫の抑制機構については、図2を参照。

注3 免疫チェックポイント分子阻害抗体
PD-1/PD-L1やCTLA4など、腫瘍を攻撃する抗腫瘍T細胞を抑制する分子を阻害することで、抗腫瘍T細胞を活性化する腫瘍免疫療法薬の一つ。

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