オス性行動のモチベーションを調節する脳内のしくみ

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同じニューロンに存在する2つの神経ペプチドによる行動調節

2022-01-14 東京大学

馬谷 千恵(生物科学専攻 助教)
岡 良隆(生物科学専攻 名誉教授)

発表のポイント

  • 脳内の同じニューロン(注1) が作る2つの神経ペプチド(注2) GnRH3とNPFF(注3) が両方ともオスの性行動のモチベーションを調節することを明らかにしました。
  • 不明であったNPFFの行動における機能を発見すると共に、両神経ペプチドがバランスよく脳内で作用することで性行動がうまく制御される脳内のしくみを明らかにしました。
  • 複数の神経ペプチドを作るニューロンによって行動のモチベーションが調節されるしくみを明らかにしたことで、動物行動を司る脳内のしくみの理解が進むことが期待されます。

発表概要

一般に動物は、雌雄が体の内外からのさまざまな情報を用いて、互いを異性として認め、繁殖期に性行動を行うことで、生殖により子孫を残します。しかし、脳がさまざまな情報を受けてから動物が性行動を示すまでの脳内のしくみについては、多くが不明でした。

東京大学大学院理学系研究科の研究グループは、脳のニューロンのうち、さまざまな感覚入力を受けることが報告されている終神経GnRHニューロンに着目し、これらが作る2つの神経ペプチドGnRH3とNPFFの遺伝子を操作して機能喪失させたメダカを作出し、メダカの性行動を詳しく解析しました。すると、一方のペプチドだけを機能喪失させたオスメダカでは、最終的には性行動ができるものの、複数のパートよりなる性行動の多くが、野生型と比べて遅れて生じるようになりました。一方、両ペプチドの機能喪失オスメダカでは、単独機能喪失メダカで観察されたような性行動の遅れが目立たなくなりました。

これらの結果から、同じニューロンの作る複数の神経ペプチドがバランスよく脳内に作用することで、オスの性行動が適切に制御されていると考えられました。この研究成果は、動物行動のモチベーションを状況に応じて臨機応変に調節する脳内のしくみの理解につながると期待されます。

発表内容

一般に動物は、オスとメスが嗅覚・視覚・聴覚・体性感覚などの多様な感覚情報を用いて、互いを異性として認め、体内のホルモン情報等を用いて、繁殖期の適切なタイミングに求愛行動などを行うことにより、子孫を残します。しかしながら、脳がさまざまな感覚情報を受容・統合したのちに性行動を示すようになる脳内のしくみについては、不明な点が多く残されています。行動の調節は主に脳において行われており、情報を統合して適切な行動を示すようになる過程には、ペプチドニューロン(注2)が鍵になっていると考えられています。

本研究ではペプチドニューロンのなかでも、終神経(TN-)生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)ニューロンとよばれるペプチドニューロンに着目しました。このニューロンは、ほとんど全ての脊椎動物で進化的に保存されていて、感覚情報を処理する複数の脳領域から神経入力を受けることが示唆されています。また、性行動に関わる脳領域を含め、脳の広範囲に神経突起を伸ばしています。さらに、このニューロンでは、名称の由来となったGnRH3だけでなく、NPFF(注3) という神経ペプチドも産生・放出していることが報告されています。一方で、これら神経ペプチドは発見から50年以上経つにもかかわらず、性行動に関わるのかどうかについては、よくわかっていませんでした。そこで、定型的な性行動パターンを示すメダカを用いて、このニューロンが作る2つの神経ペプチドGnRH3・NPFFの遺伝子操作によりペプチド機能を喪失させたメダカを作出し、その性行動を詳しく定量的に解析しました。具体的には、オスメス1匹ずつを前日から透明な仕切りを用いて分けておき、次の日の朝に仕切りを外してから25分間の性行動を解析しました。

その結果、GnRH3もしくはNPFFのみの機能を喪失させたオスメダカでは、最終的には性行動ができるものの、複数のパートよりなる性行動の多くが野生型と比べて遅れて生じることが明らかとなりました(図1)。一方、GnRH3とNPFFの両方を機能喪失させたオスメダカでは、単独機能喪失のメダカで観察されたような性行動の遅れが目立たなくなることが明らかになりました(図1)。

図1:TN-GnRHニューロンで発現する神経ペプチドを機能喪失させたメダカ個体において放卵が生じるまでの時間
a. メダカの放卵行動。メスとオスのメダカを同水槽に入れると、定型的な性行動を示し、最終的にメスが放卵、オスが放精することで受精が起こります。b. 神経ペプチドNPFFを機能喪失させたメダカと野生型の異性のペアーでは放卵時間が遅いペアーが多くなりました。短時間に放卵行動を示したペアーの割合が多いほど、モチベーションが高いと考えられます。c. 神経ペプチドGnRH3を機能喪失させたオスメダカと野生型のメスのペアーでは放卵時間に遅れが生じましたが、NPFFとGnRH3の両方を機能喪失させたメダカと野生型の異性のペアーでは、放卵時間の遅れが目立たなくなりました。(*や***は野生型同士のペアーと比較したときに統計学的に有意に遅れがみられたことを示しています。)


さらに、これらの神経ペプチドが結合する受容体が脳のどの領域に発現しているかを解析したところ、これまで性行動を調節すると言われてきたVv, Vs, POAという脳領域を含む脳の広範囲に発現していることが明らかとなりました。また、特に行動の遅れが観察されたNPFF機能喪失オスメダカと、野生型オスメダカのそれぞれを無処理のメスとペアーにして行動させ、神経活動の指標となる初期応答遺伝子の発現する脳部位を解析しました。すると、POAという脳領域における初期応答遺伝子の発現が、野生型に比べて、NPFFの機能を喪失させたオスメダカで低いことが明らかとなりました。

以上の結果から、TN-GnRHニューロンに発現する神経ペプチドGnRH3もしくはNPFFがないと、最終的に性行動はできるものの、行動の開始が遅れることがわかり、これらのペプチドの喪失が「性行動のモチベーションの低下」を生むことが示唆されました。また、両方のペプチドを機能喪失させたメダカでは、片方のみ機能喪失させたメダカで観察された行動の遅れが目立たなくなりました。こうした結果から、GnRH3とNPFFのそれぞれがTN-GnRHニューロンから放出され、性行動に関わる脳領域にバランスよく作用することにより、オスの性行動のモチベーションが適切に制御されている可能性が考えられます(図2)。さらに、本研究は、特に行動における役割が不明であったNPFFが、動物の性行動のモチベーション調節を行う機能をもつことを初めて明らかにしました。このように、同じニューロンが作る複数の神経ペプチドによって動物行動のモチベーションが調節されることがわかりました。

図2:GnRHとNPFFを介した、オスの性行動のモチベーションを調節する機構の作業仮説
GnRH3とNPFFの受容体は感覚情報を処理する脳領域と性行動を制御する脳領域に発現していることが明らかとなりました。そのため、GnRH3とNPFFそれぞれが、感覚情報の統合に関わり、最終的に性行動を制御する脳領域をバランスよく調節することで、オスの性行動のモチベーションを上げることが考えられます。(実線は強い作用、点線は弱い作用を示しています。)


本研究成果は、動物の行動のモチベーションを、状況に応じて臨機応変に調節する脳内の一般的なしくみの理解につながることが期待されます。

本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(17K15157, 20H03071, 24570067, 18H04881, 18K19323, 26221104)などの支援を受けて実施されました。

発表雑誌
雑誌名
Endocrinology論文タイトル
Co-existing neuropeptide FF and gonadotropin-releasing hormone 3 coordinately modulate male sexual behavior著者
Chie Umatani*, Nagisa Yoshida, Eri Yamamoto, Yasuhisa Akazome, Yasutaka Mori, Shinji Kanda, Kataaki Okubo, Yoshitaka Oka*DOI番号
10.1210/endocr/bqab261

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用語解説

注1 ニューロン
神経細胞と同義。多くの神経突起をもち、そこから神経ペプチドを始めとするさまざまな化学物質を放出し、ニューロン同士で信号のやりとりを行うことで、感覚や運動などの脳のはたらきが生じる。

注2 神経ペプチド・ペプチドニューロン
ペプチドは、複数のアミノ酸よりなる分子で、ホルモンや脳内生理活性物質としてはたらく。特にニューロンで産生・放出されるペプチドを神経ペプチドという。ペプチドニューロンは、それらを作り放出するニューロンのこと。

注3 GnRH3 とNPFF
それぞれ、生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン3とニューロペプチドFFと呼ばれる神経ペプチドの略称。共に脊椎動物で進化的に保存されている神経ペプチド。メダカのTN-GnRHニューロンでは、脊椎動物でGnRH1~3の3種類あるとされるGnRHのうち、GnRH3が作られている。

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