1細胞レベルの網羅的遺伝子発現解析により、 iPS細胞由来骨格筋前駆細胞から高い筋再生能力を持つ細胞群を同定

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2022-04-25 京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. ヒトiPS細胞由来骨格筋前駆細胞群注1)は4種類の細胞群の混在である
  2. CD36とFGFR4は、その細胞群を大きく2つに分ける目印として有用である
  3. FGFR4陽性細胞群はCD36陽性細胞群と比較して高い筋再生能力を持つ

1. 要旨

Nalbandian Minas 元特定研究員(CiRA臨床応用研究部門、現スタンフォード大学研究員)、山本拓也 准教授(CiRA未来生命科学開拓部門)、櫻井英俊 准教授(CiRA臨床応用研究部門)らの研究グループは、ヒトiPS細胞から分化誘導した骨格筋前駆細胞には4種の細胞群が混在することを明らかにし、さらに、そのうちの筋再生能力の高い細胞群を同定しました。
本研究グループはこれまで、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)注2)のような骨格筋疾患の治療法として、iPS細胞由来骨格筋前駆細胞の移植治療法を開発してきました。しかし、iPS細胞から誘導された骨格筋前駆細胞は均一な細胞集団であるのか否かは不明でした。そこで本研究では1細胞レベルでの網羅的遺伝子発現解析を行い、骨格筋前駆細胞が静止期幹細胞(Non-cycling)、増殖期幹細胞(Cycling)、筋分化細胞(Committed)、筋細胞(Myocytes)の4種の細胞群から成り立っていることを明らかにしました。それらの亜集団を分離するマーカとしてFGFR4とCD36が有用であることを発見し、FGFR4陽性細胞群が高い筋再生能力を持つことを明らかにしました。
この研究成果は2022年4月22日に「Life Science Alliance」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

DMDは、筋肉にあるジストロフィンというタンパク質が欠損することによって発症する進行性の重篤な筋疾患で、根本的な治療法は開発されていません。ジストロフィンを骨格筋に再生する方法として、細胞移植治療が期待されています。
櫻井准教授らの研究グループはこれまでに、筋再生能の高い骨格筋幹細胞注3)を分化させる方法を開発しています(CiRAニュース 2020年7月3日)。また骨格筋幹細胞を純化するマーカとしてCDH13およびFGFR4が有用であることを報告しています(CiRAニュース 2021年4月2日)。しかしながらiPS細胞から分化誘導された骨格筋幹細胞を含む骨格筋前駆細胞は均一な集団であるのか、不均一な集団であるのか、不均一であるならばどの亜集団が最も筋再生能力が高いのか、という点は不明でした。そこで本研究では、1細胞レベルでの網羅的遺伝子発現解析を行い、iPS細胞から分化誘導された全ての細胞の性質を解析しました。

3. 研究結果

1)ヒトiPS細胞由来骨格筋前駆細胞は4種類の亜集団を持つ
iPS細胞から分化誘導を実施して80日目の細胞を用いて、1細胞レベルでの網羅的遺伝子発現解析を実施しました。大きく分類して骨格筋前駆細胞群、間葉系間質細胞群注4)、神経細胞群の3種類が存在し、その中の骨格筋前駆細胞群は遺伝子発現パターンによりさらに4種類の亜集団に分類出来ることが分かりました。4種類の亜集団は、その遺伝子発現の特性から、静止期幹細胞(Non-cycling、赤で表記)、増殖期幹細胞(Cycling、緑で表記)、筋分化細胞注5)(Committed、紫で表記)、筋細胞注6)(Myocytes、水色で表記)と名付けました(図1)。

図1. 遺伝子発現パターンで分類した骨格筋前駆細胞群の模式図。1つの点が1個の細胞を示す。 4種類の亜集団に分かれている。横軸は、特徴量を最も反映できる遺伝子群の発現量、縦軸は
それ以外の遺伝子の発現量の相対値を表す。

2)疑似時間解析による筋分化運命決定軌道の解明
遺伝子発現パターンが近い細胞を関連付けさせることによって、分化状態に対応させた細胞の並べ替えを行い、疑似時間解析を行いました。 その結果、静止期幹細胞(Non-cycling)群と増殖期幹細胞(Cycling)群は互いに行ったりきたりする関係性が示され、そのどちらからも分岐点を通って筋分化細胞(Committed)へと分化し、最終的に筋細胞(Myocytes)へと分化する様子が運命決定軌道として同定されました。(図2)

図2. A 疑似時間軸解析の結果を示す。矢印は細胞分化の方向を意味する。 B 疑似時間軸上の
どこに4種類の亜集団が存在するかを示した図。

3)亜集団を大きく2つに大別できるマーカとしてFGFR4およびCD36を同定
4種類の亜集団それぞれに特異的に発現している遺伝子を解析したところ、以前に骨格筋幹細胞マーカとして報告したFGFR4は、やはり静止期と増殖期両方の幹細胞に強く発現しており、これらの骨格筋幹細胞を分離するマーカとしての妥当性が証明されました。また筋分化細胞および筋細胞のマーカとして新規にCD36を同定した(図3A)。フローサイトメトリー注7)でそれぞれのタンパク発現を解析すると、これら2つのマーカは重なることなく、独立した集団として同定されました(図3B)。

図3. A. 図1と同じ解析プロット上で見たCD36とFGFR4の発現パターン。青色が濃いほど発現量が高いことを意味する。B. 抗FGFR4抗体と抗CD36抗体で同時に蛍光免疫染色した細胞のフローサイトメトリー解析。FGFR4陽性細胞(赤)とCD36陽性細胞(青)はそれぞれの単独陽性細胞のみが存在し、二重陽性細胞は存在しないことが分かる。

4)FGFR4陽性の骨格筋幹細胞群は高い筋再生能力を持つ
次に図3で同定されたFGFR4陽性細胞群とCD36陽性細胞群をそれぞれ5万個ずつ筋ジストロフィーモデルマウスに移植し、筋再生能力を評価しました。移植後4週で組織学的解析を行ったところ、FGFR4陽性細胞移植群では1切片に35本程度のヒトスペクトリン注8)陽性再生筋線維を認めたのに対し、CD36陽性細胞移植群では4本程度の再生筋線維しか認めませんでした(図4A、緑の筋線維、図4Bに定量結果を示す)。また純化後に培養したところ、FGFR4陽性細胞群の方が高い増殖力を持つことも明らかとなりました(図4C、D)。この結果から、骨格筋前駆細胞群の中でも再生能力・増殖能力の異なる細胞集団が存在し、FGFR4陽性細胞として同定される静止期幹細胞群および増殖期幹細胞群が高い筋再生能力を持つことが明らかとなりました。

図4. A. 細胞移植4週後の筋組織標本の免疫染色解析。移植された細胞(赤)が筋ジストロフィーモデルマウスの筋線維に融合して、ヒトスペクトリン(緑)を発現する再生筋線維が認められる。スケールバーは 50 µm。 B. Aの1切片当たりのスペクトリン陽性再生筋線維数の定量結果。
C. 播種後5日間で、細胞が何倍に増えたかを示す定量結果。CD36陽性細胞はほとんど増殖していないのに対し、FGFR4陽性細胞は3倍以上に増殖している。D. 播種後3日間での細胞の顕微鏡像。スケールバーは 50 µm。

4. 本研究の意義と今後の展望

これまでに報告してきたiPS細胞からの骨格筋前駆細胞誘導法について、本研究によって誘導された前駆細胞の詳しい組成が明らかになりました。その中でもFGFR4陽性細胞群は増殖力と筋再生能力をもつ細胞移植治療に適した細胞群であることが、あらためて確認出来ました。本研究成果は、骨格筋に関する細胞移植医療の実現に貢献すると期待されます。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Single-cell RNAseq reveals heterogeneity in hiPSC-MuPCs and E2F as a key regulator of proliferation

  2. ジャーナル名
    Life Science Alliance
  3. 著者
    Minas Nalbandian1,*, Mingming Zhao1, Hiroki Kato1,2, Tatsuya Jonouchi1, May Nakajima-Koyama1, Takuya Yamamoto1 and Hidetoshi Sakurai1*
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)
    2. 旭化成株式会社

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

  1. 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
    再生医療実現拠点ネットワークプログラム「iPS細胞研究中核拠点」

7. 用語説明

注1)骨格筋前駆細胞
骨格筋に分化できる細胞全体の総称。その中に骨格筋幹細胞が含まれている。

注2) デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)
筋ジストロフィーとは骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患の総称であり、デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、ジストロフィンと呼ばれるタンパク質が全くもしくはほとんどないために起こる。ジストロフィンは筋細胞が壊れにくくする役割を持つタンパク質で、ジストロフィンが少ないと筋細胞が壊れ、炎症、線維化が起こり、筋力の低下による運動障害、呼吸筋障害、心筋障害などが引き起こされる。ほとんどの患者さんは20歳前後で死亡する。

注3) 骨格筋幹細胞
骨格筋系の細胞へと分化することができる幹細胞。

注4) 間葉系間質細胞(MSC: Mesenchymal stromal cells)
骨・脂肪・軟骨などへと分化する能力をもつ幹細胞の一種。体内にもともと存在している。

注5)筋分化細胞
骨格筋幹細胞から筋分化が開始された細胞。この状態でとどまることはできず、引き続いて筋細胞へと分化する一方通行の細胞である。

注6)筋細胞
筋肉の性質を獲得した細胞。In vitroでは筋管を形成し、In vivoでは筋線維を形成する細胞。

注7) フローサイトメトリー解析
流動細胞計測法。レーザー光を用いて光散乱や蛍光測定を行うことにより、水流の中を通過する単一細胞の大きさ、DNA量など、細胞の生物学的特徴を解析することができる。

注8) スペクトリン
筋組織に特徴的なタンパク質。今回の実験では、ヒト細胞のスペクトリンを発現している筋線維が多いほど、移植した細胞が筋線維に分化し生着していることを示す。

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