サンゴの白化感受性には細菌も関係する? ~共生藻の細胞表面から光保護機能を持つ色素細菌を発見~

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2023-01-18 東京大学大気海洋研究所,琉球大学,大阪公立大学,科学技術振興機構

発表のポイント

◆サンゴや貝の共生藻(褐虫藻)の細胞表面から光保護機能を持つ色素細菌を発見し、この細菌の存在量を操作することで褐虫藻の強光ストレス耐性を向上することに成功しました。
◆褐虫藻を抗生物質処理した後も、褐虫藻の細胞表面には細菌が生残し、その多くがカロテノイドを合成する色素細菌であることを発見しました。
◆微生物を用いたプロバイオティクスという新しいサンゴ・褐虫藻の保護方法の基盤作りに貢献することが期待されます。

発表者

髙木 俊幸(東京大学大気海洋研究所 助教)
元根 啓佑(ワシントン大学 研究員・大阪公立大学大学院農学研究科 客員研究員)
山城 秀之(琉球大学熱帯生物圏研究センター 名誉教授)
三浦 夏子(大阪公立大学大学院農学研究科 助教)
井上 広滋(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表概要

東京大学の髙木俊幸助教、井上広滋教授、ワシントン大学の元根啓佑博士、琉球大学の山城秀之教授、大阪公立大学の三浦夏子助教らによる研究グループは、サンゴ共生藻である褐虫藻(かっちゅうそう)(注1)の細胞表面から光保護機能を持つ色素細菌を発見し、この細菌の存在量を操作することで褐虫藻の強光ストレス耐性を向上することに成功しました。

培養液中やサンゴ組織において、褐虫藻と共在する細菌を抗生物質により除去したところ、カロテノイド(注2)を合成する色素細菌が顕著に共生細菌として生残することを発見しました。色素細菌自身は抗生物質耐性能を持たず、褐虫藻の細胞表面に生息することで抗生物質の作用から逃れていることを発見しました。細胞表面に生息する細菌には色素細菌が多いという結果は、自然環境において色素細菌の存在が褐虫藻の生存に有利に働く可能性を示しています。

今回発見した光保護機能を持つ細菌をサンゴや褐虫藻を強光ストレスから守る「プロバイオティクス(注3)」として利用することで、将来的にはストレス耐性を持つサンゴ育種のための技術開発に繋がることが期待されます。

発表内容

サンゴ礁には全海洋生物種の約25%が生息し、そこでの生物の多様性は、陸上の熱帯雨林に匹敵すると言われています。我々はサンゴ礁から、様々な生態系サービスの恩恵を受けています。しかし、近年ではサンゴの体内から共生する褐虫藻が消失する白化現象が頻発し、1990年代以降で世界のサンゴ礁の約30%が消滅したと報告されています。このサンゴの白化は、高温ストレスや強光ストレスによって褐虫藻の光化学系(注4)が機能不全に陥ることが原因と考えられています。近年の研究により、サンゴに共在している細菌が白化を抑える可能性があると報告されており、このような細菌を「プロバイオティクス」としてサンゴの保護技術として応用を目指す研究が進んでいます。一方で、褐虫藻やその培養液中にも特有の細菌が存在していることが報告されていますが、その機能や局在はほとんど未解明です。本研究グループは、これまでにも褐虫藻に対する高温ストレスや強光ストレスを緩和するカロテノイドを合成する色素細菌を発見しています(Motone et al. mBio, 2020)。この先行研究において、サンゴから褐虫藻を分離培養する過程で、共在する細菌を抗生物質により除去すると、共生細菌叢の中でも色素細菌が顕著に生残することを見出しました。そこで本研究では、まず抗生物質処理の過程における褐虫藻-色素細菌の相互作用について詳しく調べました。

カナマイシン、アンピシリン、ストレプトマイシンという3種類の抗生物質を含む培地において、サンゴや貝から分離培養された褐虫藻を50日間処理しました。褐虫藻を回復培養した後、16S rRNA遺伝子アンプリコンシークエンス解析(注5)により抗生物質処理前後での細菌叢を比較しました(図1)。すべての褐虫藻において色素細菌が増加傾向にあり、特に貝由来のCladocopium属の褐虫藻NIES-4077株においては、オレンジ色の色素を合成するMaribacter属細菌が100%を占めていました。またアザミサンゴ由来のDurusdinium属の褐虫藻SGF株では、ピンクの色素を合成するRoseivirga属細菌が90%以上を占めていました。これらの結果は抗生物質処理を施すと、褐虫藻細菌叢の中でも色素細菌のみが生残する傾向にあることを示していました。

次に、褐虫藻-色素細菌の共生関係をより詳細に解明するために、抗生物質処理後に生残した色素細菌を分離培養しました。Cladocopium属褐虫藻から上述のMaribacter属細菌、Durusdinium属褐虫藻からはRoseivirga属細菌を単離することに成功したため、カナマイシン、アンピシリン、ストレプトマイシンをそれぞれ単独で含む培地で感受性試験(注6)をしました。抗生物質処理後においても、これらの色素細菌は生残したため、当初はいずれの細菌も抗生物質耐性能を持っていると予測して実験を開始しました。その結果、全ての色素細菌は、カナマイシン及びストレプトマイシンに対して耐性を示しました。一方で、予想に反してアンピシリンに対してはMaribacter属・Roseivirga属細菌ともに感受性を示し、培地上での細菌の生育は確認されませんでした(図2)。

では、なぜ抗生物質耐性を持たないにも関わらず、抗生物質処理後に色素細菌は生き残ることができたのでしょうか。そのメカニズムを明らかにするために、色素細菌が共生している場所を調べました。蛍光in situ hybridization法(注7)により褐虫藻における色素細菌の局在を調べたところ、全ての色素細菌は褐虫藻の細胞表面に局在しており、細胞表面以外では検出されませんでした(図3)。これらの結果は、色素細菌が褐虫藻の細胞表面に生息することで、抗生物質の作用から逃れて生残したことを示唆しています。

次に色素量がより多かったMaribacter属細菌に注目して研究を進めました。色素を分析したところ、Maribacter属細菌は、光保護や抗酸化機能を持つゼアキサンチンというカロテノイド色素の一種を合成することが明らかとなりました。そこで、褐虫藻の細胞表面に色素細菌が共生することで強光ストレスを軽減しているという仮説を立てました。この仮説を検証するために、褐虫藻の細菌叢を操作する実験を行いました。Maribacter属細菌の存在比率を100%まで上昇させて、生菌数を約8倍増加させた褐虫藻を作出し、強光条件における光合成能力(Fv/Fm)(注8)を比較しました(図4)。強光ストレス条件においてFv/Fmを14日間継続して測定したところ、細菌叢を操作した褐虫藻は有意に高い光合成能力を維持しました。これらの結果は、Maribacter属細菌が褐虫藻の強光ストレス耐性の向上に寄与していることを示しています。

抗生物質処理の過程においては、「褐虫藻は何らかの方法で細胞表面に生息する色素細菌を抗生物質から保護し、一方で細菌はカロテノイドを生産することで藻体を強光ストレスから保護する」という相利的な関係を持つことを発見しました。では、なぜ褐虫藻の細胞表面に生残する細菌は、色素細菌が多いのでしょうか? 色素細菌は宿主である褐虫藻を強光から保護する機能を備えていたことから、自然環境において色素細菌の存在が褐虫藻の生存に有利に働いた結果なのかもしれません。

本研究により、一部の色素細菌は褐虫藻の細胞表面に生息して、強固な共生関係を築いていることが明らかとなりました。本手法を応用することで、煩雑な操作を省いて、褐虫藻の細胞表面に存在する細菌のみを効率的に採取することも可能となります。本手法を用いて褐虫藻表面から保護効果を持つ色素細菌を分離培養し、サンゴや褐虫藻をストレスから守るプロバイオティクスとして利用して「環境ストレス耐性を持つサンゴ」を育てていくことで、サンゴ礁保全に貢献することが期待されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)ACT-X「環境とバイオテクノロジー」研究領域における「エコプロバイオティクスによる環境適応型サンゴの創出」(研究代表者:髙木 俊幸、JPMJAX20B9)及び日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究「細菌が褐虫藻と共生しROS産生を軽減するメカニズムの全容解明」(研究代表者:髙木 俊幸、21K14766)の支援により実施されました。

発表雑誌

雑誌名:「Microbiology Spectrum」(1月18日付)
論文タイトル:Mutualistic interactions between dinoflagellates and pigmented bacteria mitigate environmental stress
著者:Toshiyuki Takagi*, Kako Aoyama, Keisuke Motone, Shunsuke Aburaya, Hideyuki Yamashiro, Natsuko Miura, Koji Inoue
DOI番号:10.1128/spectrum.02464-22
アブストラクトURL:https://journals.asm.org/doi/10.1128/spectrum.02464-22

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
助教 髙木 俊幸(たかぎ としゆき)

用語解説
注1:褐虫藻
サンゴ・イソギンチャク・シャコガイなどに共生する植物プランクトン。渦鞭毛藻に分類される単細胞藻類であり、光合成産物を宿主に供給する。
注2:カロテノイド
動植物に広く存在する黄、橙、赤色などを示す天然色素成分。
注3:プロバイオティクス
生き物に有益な作用をもたらす微生物。生き物の体内・体外に存在する細菌を使って、病気の予防などに用いること。
注4:光化学系
光合成において、クロロフィルで吸収した光エネルギーを化学エネルギーに変換するための機構。
注5:16S rRNA遺伝子アンプリコンシークエンス解析
どのような細菌がどのような割合で細菌叢を構成しているかを明らかにする手法のこと。細菌の16S リボソーム遺伝子を増幅して、検体に含まれる細菌の種類を調べる。
注6:感受性試験
対象とする細菌がどのような抗生物質に対して感受性または耐性を示すかを調べる試験。感受性は抗生物質により細菌が死滅、もしくは生育阻害されること。耐性は抗生物質の影響を受けずに細菌が生育すること。
注7:蛍光in situ hybridization法
蛍光物質をつけたプローブ(標的遺伝子と相補的な塩基配列を有する合成遺伝子)を標的遺伝子(今回は色素細菌の遺伝子)と結合させ、蛍光顕微鏡下で可視化する手法。
注8:Fv/Fm
光合成能力の指標。吸収された光エネルギーのうち光化学反応に利用できる最大の割合(最大量子収率)を示す。
添付資料

図1 抗生物質処理前後での褐虫藻細菌叢の比較

Cladocopium属褐虫藻NIES-4077株及びCCMP2466株を用いて、抗生物質処理前後の細菌叢を比較した。Abxは抗生物質処理後の褐虫藻を示す。Durusdinium属褐虫藻SGF株は、サンゴ組織から抽出した褐虫藻に抗生物質処理を施して分離培養した。丸が大きいほど、その細菌の存在比率が高いことを示す。

図2 色素細菌の抗生物質感受性試験

アンピシリン(Amp)、カナマイシン(Kan)、ストレプトマイシン(Sm)を含む培地で抗生物質感受性試験を実施した。全ての色素細菌はカナマイシン及びストレプトマイシンに対して耐性を示し、培地上で生育した。一方でアンピシリンに対しては感受性を示し、色素細菌は生育しなかった。

図3 褐虫藻培養液中における色素細菌の局在解析

CF319プローブによって色素細菌を特異的に染色した。DAPI染色におけるSは褐虫藻細胞を示す。Cy3蛍光の赤色は、色素細菌が存在することを示している。全ての色素細菌は褐虫藻の細胞表面に局在しており、細胞表面以外では検出されなかった。スケールバーは10μmを示す。

4 強光ストレス条件下における褐虫藻の光合成能力の変化

Cladocopium属褐虫藻NIES-4077株及び抗生物質により細菌叢を操作したAbx-4077株を用いて強光ストレス実験を実施した。Abx-4077株は、Maribacter属細菌の存在比率を100%まで上昇させて、生菌数を約8倍増加させた。強光条件において、細菌叢を操作したAbx-4077株は有意に高い光合成能力を維持した。コントロールは非ストレス実験区。

生物化学工学
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