2024-10-29 国立遺伝学研究所
種の存続の鍵を握る遺伝的多様性を正確に把握するうえで、DNA情報のカタログともいえる全ゲノム配列の読み取りは大前提となります。DNA配列はまた、その生物種の生態・形態・行動の特徴を決める分子基盤についての情報も含んでいます。この両方の意味で、全ゲノム情報の読み取りは生物多様性の理解に不可欠ですが、これまでに手がつけられた種は未だほんのひと握りです。そこで、情報・システム研究機構データサイエンス共同利用基盤施設のキリルクリュコフ博士、兵庫県立大学・兵庫県立人と自然の博物館の中濱直之博士、国立遺伝学研究所の工樂樹洋博士は、日本に生息する野生生物のうち、希少とされる種に注目し、全ゲノム情報の集積状況を一覧できるデータベース Genome sequence data availability for the Japanese Red List を構築しました。
このデータベースは、「環境省レッドリスト2020」と「環境省版海洋生物レッドリスト」に基づいた希少種について、NCBIの全ゲノム配列情報の登録状況をカタログ化したもので、まとめられた情報は、ウェブブラウザ上の表として閲覧可能です。種や亜種の単位だけではなく、「哺乳類」・「昆虫」・「菌類」などといった分類単位ごとの集積状況も一目で確認することができます(図1)。世界各地から日々登録される新しい情報を反映するため、高頻度で表示内容を更新する機能も備えています。さらに、TSV形式でファイルをダウンロードすることにより、二次的なデータ解析にも利用できます。
図1:分類群ごとのゲノム情報整備状況
今回作成したデータベースのトップページの表示。右端の列が、日本に生息し希少とされる生物種のうちゲノム情報が整備された種の割合を示している。分類群ごとにばらついてはいるが、概してその割合は非常に低い。
ゲノム情報の読み取りには、長鎖DNAの抽出やDNA分子の核内3D構造の捕捉に適した試料の確保だけでなく、広範な利用に耐える配列情報を整備する技術力が必要です。数々の技術革新と最適化によってコストや計算にかかる時間が削減されたとはいえ、ゲノムの総塩基数に応じてときに数百万円の費用がかかるうえ、専門技術を有する人員の労力も要します。そういった制限のある中、着実に情報集積を進めることが重要で、海外には国の主導で土着の生物種の優先度を整理し、先制的にゲノム情報取得を進めているケースも少なくありません。本研究の成果は、こういった取り組みを日本で精力的に進めるにあたり、これまでに集積された情報の偏りを把握したうえで優先度を見極め、より先制的に情報を効率よく取得する道しるべになると期待されます。
Genome assembly catalog for species in the Japanese Red List: unlocking endangered biodiversity through genomic inventory
Kryukov, K., Nakahama, N., and Kuraku, S.
F1000Research (2024) 13, 583 DOI:10.12688/f1000research.149793.2