浮遊植生の反射スペクトルは海洋惑星の生命探査に利用できるか?

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2025-02-26 アストロバイオロジーセンター,基礎生物学研究所

近年の天文観測の進展により宇宙には地球と同じように水を湛えた惑星が多数存在することが明らかとなり、そうした惑星における生命探査がまもなく始まろうとしています。このたび、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンター/基礎生物学研究所および総合研究大学院大学の研究チーム(村上葵博士課程学生、小松勇特任研究員、滝澤謙二特任准教授)は、水面上に葉を広げる「浮遊植生」の反射スペクトルが、水の豊富な惑星における生命探査の有力な指標となる可能性について、培養実験と衛星観測を通じて検証しました。特にその周期的な変動を観測することの重要性を明らかにしました。
本研究成果は、2025年2月24日に学術誌「Astrobiology」に掲載されました。
浮遊植生の反射スペクトルは海洋惑星の生命探査に利用できるか?

浮遊植生の季節変動に伴う水面反射率の周期的変化を示したイメージ図。海洋惑星の生命探査における新たな指標として期待される。

【研究の背景】
天文観測により現在までに6,000個近い太陽系外惑星が発見されており、惑星表面に液体の水が存在することが期待される生命居住可能(ハビタブル)な惑星も多数報告されています。宇宙生命探査は今世紀における最も重要な科学プロジェクトの一つであり、ハビタブル惑星の直接撮像観測の準備が進められています。
地球と類似した環境の惑星では陸上植物が示す特徴的な反射スペクトル(レッドエッジ)を生命の指標(バイオシグネチャー)として検出することが期待されていますが、地球よりも水が豊富で地表のほとんどが海洋で覆われた惑星では地球と同じような陸上植生の発達は期待できません。生命の誕生に不可欠な水が豊富にある海洋惑星における生命探査の可能性を広げるため、本研究では水面上に浮遊する植物による反射スペクトルの特徴とその検出可能性を検証しました。
【研究の成果】
本研究では浮遊植物の反射スペクトルを実験室での個葉の測定から衛星リモートセンシングによる湖沼植生の測定まで異なるスケールで調査し、その特徴を明らかにしました。
浮水葉の形態は種によって大きく異なるものの、一般的な傾向として、陸上植物と同等以上のレッドエッジを示しました。浮力を高めるための空気を多く含む葉肉組織や撥水性を高めるための表皮構造によりレッドエッジが強調されると考えられます。葉を水に浮かべた状態での反射率測定では、濡れることにより若干反射率が低下しますが、水中に沈む水草に比べて顕著なレッドエッジが確認できます(図1)。
fig1.jpg図1.生育場所が異なる植物を上から観測した場合の反射率の比較。水中の水草(左:Egeria densa)は水の影響を強く受けるため、陸上の植物(右:Arabidopsis thaliana)に比べて反射率が小さい。水上の浮遊植物(中央:Salvinia molesta)は陸上植物に近い反射率を示し、顕著なレッドエッジ(グラフの矢印)が確認できる。


しかしながら、実際の自然環境下での大規模な観測では、群落密度が低く水面に重ならずに葉を広げる浮遊植生のレッドエッジは、密度の高い陸上植生に比べて低下します。衛星リモートセンシング(Sentinel-2; ESA)による反射率画像から、正規化植生指数(NDVI)を指標としてレッドエッジの大きさを比較した場合、湖沼の浮遊植生は周囲の森林植生より低い値を示しました。温帯域にある日本では発達した浮遊植生は夏季にのみ存在し、冬季に消失するため、通年で平均化した場合、NDVIは更に小さく検出困難になります。一方で、NDVIの最小値と最大値の変動幅は浮遊植生の方が森林植生より顕著でした。そこで、NDVIの周期変動に着目して日本全国148か所の湖沼を対象とした大規模な解析を行ったところ、冬季と夏季でマイナスからプラスに変化する浮遊植生に特徴的な季節変動パターンが確認されました(図2)。浮遊植物は水に濡れることにより反射率が低下するものの、水自体の反射率がより低く安定しているために、植生の増減が高感度に検出できたと考えられます。
浮遊植生によるNDVIの季節変動は、単純にNDVIの最大値を指標として比較する場合よりも大気と雲による減衰を受けにくいことから、将来の太陽系外生命探査においても有効な手法となり得ることが示唆されました。
fig2.jpg図2. 浮遊植生の季節変動に伴う正規化植生指数(NDVI)の年周変化。春から夏にかけて浮遊植物の繁茂によりNDVIが増大し、秋から冬にかけて減少する。浮遊植生が消失する冬季にNDVIはマイナスの値をとる。

【今後の展望】
水面に浮遊する植物のような光合成生物の進化が地球以外の惑星においても普遍的であれば、植物の反射スペクトルを手掛かりとする生命探査の候補惑星を地球のように大陸を形成する惑星に限定せずに、より水が豊富な海洋惑星に拡大することができます。多様な惑星環境に適応して進化する生物の形態を予測するためには、生命の誕生・進化プロセスを惑星環境との共進化の中で解明していくことが重要です。

【用語解説】
太陽系外惑星:太陽系の外に存在する惑星。将来の望遠鏡によって、植生など地表の反射特性を同定することが期待されている。
浮遊植物:湖沼に生育する水生植物のうち葉を水面に浮かべる植物の一般的な総称。ここでは自由浮遊植物に加え、葉を水面に浮かべる浮葉植物と茎葉を水上に伸ばす抽水植物の一部を含む。
レッドエッジ:赤色光と近赤外線の境界(700nm)で反射率が増大する植物に特有のスペクトル特性。
正規化植生指数(NDVI):赤色光反射率(Red)と近赤外線反射率(NIR)を用いて次式から計算される;NDVI=(NIR-Red)/(NIR+Red)。リモートセンシングにおいて植生の分布や生育状況を評価するために使われる。

【発表雑誌】
雑誌名 掲載日:Astrobiology 2025年2月24日掲載

【論文タイトル】
Remote Detection of Red-Edge Spectral Characteristics in Floating Aquatic Vegetation

【著者】村上葵、小松勇、滝澤謙二
DOI: https://doi.org/10.1089/ast.2024.0127

【研究サポート】
本研究は科学研究費補助金(学術変革領域研究「光合成ユビキティ」(24H02109))のサポートを受けて行われました。

【本研究に関するお問い合わせ先】
アストロバイオロジーセンター 宇宙生命探査プロジェクト室
基礎生物学研究所 分野横断研究ユニット
特任准教授 滝澤謙二

【報道担当】
アストロバイオロジーセンター
基礎生物学研究所広報室

生物環境工学
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