体内リズムの発現に必要なDNAのスイッチを発見

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蛋白質をコードしないノンコーディング領域のDNA配列が活躍

2019-06-12 京都大学

土居雅夫 薬学研究科教授、嶋谷寛之 同博士課程学生、跡部祐太 同博士課程学生(研究当時)、岡村均 名誉教授(薬学研究科特任教授)らのグループは、体内リズムの発現のスイッチとなるDNA配列を発見しました。
生物の設計図であるゲノムには蛋白質をコードする領域とコードしない領域があり、後者をノンコーディング領域と呼びます。ノンコーディング領域のDNA配列は生物の発生や進化の過程で重要であることは示されていましたが、発生の段階を過ぎた成体において日常的な活動や生理機能の制御における役割は明らかにされていませんでした。
ノンコーディング領域のDNA配列に着目した本研究は、体内時計の形成原理の根幹にかかわる重要な知見を提供するとともに、蛋白質をコードしないDNA配列の成体における役割を日々の活動制御のレベルで明らかにした初めての成果です。
本研究成果は、2019年6月12日に、国際学術誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されました。

体内リズムの発現に必要なDNAのスイッチを発見

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1038/s41467-019-10532-2

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/241740

Masao Doi, Hiroyuki Shimatani, Yuta Atobe, Iori Murai, Hida Hayashi, Yukari Takahashi, Jean-Michel Fustin, Yoshiaki Yamaguchi, Hiroshi Kiyonari, Nobuya Koike, Kazuhiro Yagita, Choogon Lee, Manabu Abe, Kenji Sakimura & Hitoshi Okamura (2019). Non-coding cis-element of Period2 is essential for maintaining organismal circadian behaviour and body temperature rhythmicity. Nature Communications, 10:2563.

朝日新聞(6月13日 3面)、京都新聞(6月13日 24面)および日刊工業新聞(6月13日 29面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

体内リズムの発現に必要なDNAのスイッチを発見
―蛋白質をコードしないノンコーディング領域の DNA 配列が活躍―

概要
京都大学大学院薬学研究科 土居雅夫 教授、嶋谷寛之 同博士課程学生、跡部祐太 同博士課程修了生、岡村 均 同特任教授 京都大学名誉教授)のグループは、体内リズムの発現のスイッチとなる DNA 配列を発見しま した。この部位の配列が変わると、行動や体温の正常な日内リズムが維持されず、体内時計の時間がくるって しまうのです。
生物の設計図であるゲノムには蛋白質をコードする領域とコードしない領域があり、後者をノンコーディン グ領域と呼びます。ノンコーディング領域の DNA 配列は生物の発生や進化の過程で重要であることは示され ていましたが、発生の段階を過ぎた成体において日常的な活動や生理機能の制御における役割は明らかにされ ていませんでした。
ノンコーディング領域の DNA 配列に着目した今回の研究は、体内時計の形成原理の根幹にかかわる重要な 知見を提供するとともに、蛋白質をコードしない DNA 配列の成体における役割を日々の活動制御のレベルで 明らかにした初めての成果といえます。
本研究成果は、2019 年 6 月 12 日に国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載されま した。


図 1.
本研究の概要図

研究のポイント
これまで遺伝子と呼ばれておもに解析が行われていたのは実はゲノム配列のたった2%であり、残りは蛋白質をコードしないノンコーディング領域と呼ばれる DNA です。その働きは、発生や進化を決める上で重要 ですが、それが、我々の実際の活動や生理レベルの調節にどの程度の役割をもつかは全く不明でした。我々 はノンコーディング DNA のなかに、今回、体内リズムの発現のスイッチとなる DNA 配列を発見しました。 この部位の配列が変わると、行動や体温の正常な日内リズムが維持されず、体内時計の時間がくるってしま うことが分かったのです。

1.背景
生物の設計図であるゲノムには蛋白質をコードする領域とコードしない領域があり、後者をノンコーディン グ領域と呼びます。ノンコーディング領域の DNA 配列は生物の発生や進化の過程で重要であることは示され ていましたが、発生の段階を過ぎた成体において日常的な活動や生理機能の制御における役割は明らかにされ ていませんでした 図 1)。そのような中、本研究グループは、ノンコーディング領域の DNA 配列がもつ生理 学的役割を哺乳類の体内時計機構において調べました。
遺伝情報のほとんどは最終的に蛋白質へと変換されて発揮されるため、これまでに行われた多くの研究では 蛋白質をコードするコーディング領域の配列に着目した研究がなされてきました。これは体内時計の分野でも 同じです。24 時間周期のリズム発生機構においてノンコーディング領域の DNA 配列の役割はこれまで実験的 に確かめられたことがありませんでした。
ノンコーディング領域の DNA 配列に着目して行った今回の研究成果は、体内時計の成立の根幹にかかわる 重要な知見を提供するとともに、蛋白質をコードしない DNA 配列の成体における役割を日々の活動制御のレ ベルで明らかにした初めての成果だといえます。

2.研究手法・成果
人類を含む地球上のほぼ全ての生物は体内時計をもち、地球の自転にともなう環境の変化に応じて活動量や 体温などの生理機能を 24 時間周期でリズミックに変化させます。このリズムは、時計遺伝子の 5’上流ノンコ ーディング領域のシスエレメントが仲介する転写レベルのフィードバックループによって成立すると考えら れています (2017 年ノーベル生理学 ・医学賞 体内時計を生み出す遺伝子機構の発見)。しかしながら、この モデルの論理的根拠は時計遺伝子の蛋白質コーディング領域を欠落させた遺伝学的見地に基づいており、実際 にノンコーディング領域のシスエレメントを介したフィードバックループが生体のリズム形成に不可欠であ るかどうかは当該分野の大きな謎でした。シアノバクテリアにおいては転写を阻害しても時計蛋白質のリン酸 化が概日変動を示すことや (Science, 307, 251, 2005)、ヒトにおいても脱核し転写が行われない細胞である赤 血球が酸化還元反応において概日リズムを示すことが報告され、従来のモデルに合わない分子時計機構の存在 が議論され始めていたからです(Nature, 469, 498, 2011; Nature, 485, 459, 2012; Nature, 532, 375, 2016)。
このような中、私共は今回、時計遺伝子の発現を制御するノンコーディング領域の DNA 配列がマウス個体 の活動および体温の日内リズムの維持に必要であることを見出しました。具体的には、体内時計の振動形成の 中核機能を担う Period2 遺伝子の 5’上流プロモーター領域に存在するシスエレメント E’-box に点変異を導入 したマウスを piggyBac トランスポゾンを用いた特殊な DNA 改変技術を駆使して作出し (図 1)、体内時計機 構に関する次の研究成果を得ました。
(1) E’-box 点変異マウス m/m)の行動量と体温の日内変動を計測し、時計遺伝子のプロモ ーター領域のシスエレメントが成体の安定的な概日リズム形成に不可欠であることを明 らかにした (次ページ 図 2)。
(2) 体内時計の最高位中枢器官である視交叉上核のスライスカルチャーおよび末梢臓器のス ライスカルチャーにおける概日時計遺伝子発現リズムを計測し、組織自律的な概日リズ ム形成に時計遺伝子プロモーター領域のシスエレメントが不可欠であることを示した。
(3) 末梢組織から採取した初代培養細胞を用いて時計遺伝子の発現リズムを mRNA および蛋 白質レベルにおいて追跡し、細胞自律的な概日リズム形成に時計遺伝子プロモーター領 域のシスエレメントが必須であることを明らかにした( 次ページ 図 3)。

蛋白質をコードしないノンコーディング領域の DNA 配列を特異的に改変したという点が、従来の研究にはな い本研究の独自性といえます。 (3)の結果からも確認できるように、このマウスでは時計蛋白質自体は正常に 残された状態なのにリズムが消失してしまいます (図 3)。シスエレメントを介した転写制御が体内時計の発振 にはなくてはならないことがはっきりと示されたのです。


図 2. E’-box 変異による行動リズムの消失


図 3
. E’-box 変異による PER2 蛋白質発現リズムの消失

3.波及効果、今後の予定
今回我々はノンコーディング DNA が動物個体の適切な活動/体温の日内変動の維持に必須であることを示 しました。ノンコーディング DNA の重要性は、これまで進化発生生物学的な見地から、細胞の運命決定や形 態形成、個体発生、系統発生を対象とした研究において詳細に解明されてきました。しかし、ノンコーディ ング DNA が発生の段階を過ぎた成体において個体の動的な生理制御にどの程度の寄与を有するのかについて はこれまで確たる実験的証拠に欠けていました。本研究は、この問題に対し、独自に開発したノンコーディ ング DNA 点変異マウスを用いることにより、ノンコーディング DNA を介したダイナミックな制御がマウス 成体において活動/体温の日内リズムを生み出すことを実験的に初めて証明しました。従来の進化発生生物学 的な枠組みを超えたノンコーディング領域の生理的重要性を裏付ける重要な知見を提供することができたと いえます。
最近の大規模臨床試験によるゲノムワイド関連解析において、朝型 夜型に相関する一塩基多型(SNP)が見 出され、その多くがヒトのゲノム上のノンコーディング領域に位置することが示されています。我々の今回の 点変異マウスを用いた解析は、体内時計を制御するノンコーディング領域の役割を理解する上で最初の重要な 一歩になるかもしれません。

4.研究プロジェクトについて
今回の発見は、下記機関より資金的援助を受けて実施されました。
● JST 戦略的創造研究推進事業 CREST 生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出 JPMJCR14W3
● 文部科学省 科学研究費補助金【新学術領域研究】温度生物学 15H05933
● 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 (AMED) JP18gm5010002
●日本学術振興会(JSPS) 文部科学省科学研究費補助金基盤研究 17H01524, 18H04015

<論文タイトルと著者>
タイトル:Non-coding cis-element of Period2 is essential for maintaining organismal circadian behaviour and body temperature rhythmicity. Period2 のノンコーディングシスエレメントは成体の活動 と体温の概日リズムの維持に必須である.)
著 者:土居雅夫 1 *#, 嶋谷寛之 1 *, 跡部裕太 1 *, 村井伊織 1 , 林煕達 1 , 高橋ゆかり 1 , Fustin Jean-Michel1 , 山口賀章 1 , 清成寛 2 , 小池宜也 3 , 八木田和弘 3 , Lee Choogon4 , 阿部学 5 , 崎村建司 5 , 岡村均 1# 1京都大学大学院薬学研究科, 2理化学研究所, 3京都府立医科大学, 4フロリダ州立大学, 5新潟大学 *同等貢献著者, #責任著者
掲 載 誌:Nature Communications   DOI:10.1038/s41467-019-10532-2

細胞遺伝子工学
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