心不全患者の予後や治療応答性を高精度で予測する手法を開発

ad

心筋DNA損傷の心不全における臨床的重要性の解明

2019-09-26 東京大学,日本医療研究開発機構

発表者

小室 一成(東京大学医学部附属病院 循環器内科/東京大学大学院医学系研究科 教授)
油谷 浩幸(東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス分野 教授)
野村 征太郎(東京大学医学部附属病院 循環器内科/東京大学大学院医学系研究科 重症心不全治療開発講座 特任助教)
候 聡志(東京大学医学部附属病院 循環器内科/東京大学大学院医学系研究科 重症心不全治療開発講座 特任研究員)
藤田 寛奈(東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻 医学博士課程4年)

発表のポイント
  • 心不全は、がんと並んで世界中の人の命を脅かす病気ですが、治療前に薬の効果や病状の経過を予測することが極めて困難であり、有効な手法の確立が望まれています。
  • 治療に対して効果が見られない拡張型心筋症の心不全患者では、治療前に行った心臓組織の生検検体における心筋DNA損傷の程度が有意に強いことを明らかにしました。
  • 心不全の治療をする前に心筋DNA損傷の程度を定量評価することで、治療に対する効果や病状の経過を高精度で予測できることを明らかにしました。
発表概要

心不全(注1)は、さまざまな原因により心臓の機能が悪くなり、息切れやむくみが生じ、がんと並んで世界中の人の命を脅かす病気です。心不全の経過や治療に対する効果は非常に多様であり、治療薬が効いて心臓の機能が回復する患者がいる一方で、あらゆる治療を尽くしても心臓機能が回復せずに早い段階で心臓移植をしなければ命を救うことができない患者もいます。このような治療に対する効果や予後(病状の経過)を治療前に評価できれば、患者一人ひとりに合った適切な治療を施すことが可能になる(これを個別化医療・精密医療と言います)と考えられますが、現段階ではまだ簡便かつ正確に治療応答性(薬による効果)を予測することが難しいため、基本的に画一的な治療を施すしかありません。

東京大学医学部附属病院 循環器内科の小室一成教授、野村征太郎特任助教、候聡志特任研究員、同大大学院医学系研究科の藤田寛奈大学院生、同大先端科学技術研究センターの油谷浩幸教授らの研究グループは、これまでに、マウスを用いた心不全の病態解明研究を行い、心不全になると心臓にある心筋細胞の核の中のDNAにキズが生じ(DNA損傷と言います)、このDNA損傷の程度が心不全の病態の程度を規定している可能性を見出していました。

今回新たに、本研究グループは、ヒトの心筋細胞のDNA損傷の程度を解析する手法を開発し、58例の心不全患者(本研究では拡張型心筋症という原因不明の心筋障害により心不全となった患者を対象に解析)の心筋DNA損傷の程度を解析しました。すると、治療応答性や予後が悪い患者において、治療前の心筋DNA損傷の程度が有意に強いことがわかりました。さらに解析を進めたところ、治療前の心筋DNA損傷の程度によって、非常に高い精度で(感度(注2)・特異度(注3)ともに8割程度)治療応答性を予測できることを明らかにしました。これらの成果により、心不全患者の「治療応答性の事前予測」を可能にする手法を開発することができました(図)。本手法の開発は長らく待たれていたところであり、また、臨床現場において診断目的で採取する心筋生検組織の検体を用いる方法であることから、患者への追加となる侵襲が存在しないことも非常に大きな利点です。さらに、心不全の治療において、近年叫ばれている患者一人ひとりに合った「個別化医療・精密医療」を実践する上での基盤的技術となると考えられます。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「DNA損傷応答・核形態の機械学習による心不全の予後・治療応答予測モデルの構築」、ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業(先端ゲノム研究開発)「マルチオミックス連関による循環器疾患における次世代型精密医療の実現」等の支援により行われ、日本時間9月26日に米国の科学雑誌JACC:Basic to Translational Science(Article in Press)にて発表されました。

心不全患者の予後や治療応答性を高精度で予測する手法を開発
図 心不全患者の治療応答性を心筋DNA損傷の評価によって事前予測する手法の開発

薬物治療が導入される前の拡張型心筋症心不全患者から得られた心筋生検組織に対して、ポリ(ADP-リボース)やγ‐H2A.XといったDNA損傷に応じて作られる化学修飾(DNA損傷マーカー)を免疫染色し、定量評価しました。その結果と患者の臨床情報を統合して解析した結果、治療開始前の心臓組織に見られるDNA損傷マーカーの程度が治療応答性を予測することが分かりました。

発表内容
研究の背景

心不全とは、さまざまな原因により心臓の機能が悪くなり、息切れやむくみが生じ、がんと並んで世界中の人の命を脅かす病気です。罹患率は高齢になるほど高まることが知られており、超高齢化社会の日本では、心不全患者が増大する「心不全パンデミック」への備えが急務となっています。心不全の経過や治療に対する効果は非常に多様であり、治療薬が効いて心臓の機能が回復する患者がいる一方で、あらゆる治療を尽くしても心臓機能が回復せずに早い段階で心臓移植をしなければ命を救うことができない患者もいます。このような治療に対する効果や予後(病状の経過)を治療前に評価できれば、治療応答性(薬による効果)が良いと考えられる患者には薬による治療(内科的治療)を積極的に行う一方で、治療応答性が悪いと考えられる患者には早期に補助人工心臓の使用や心臓移植(外科的治療も含めて)を検討するなどして命を救うことができるようになることが期待されます。このように、個々の患者に適切な治療を施すことができる(個別化医療・精密医療)ことが心不全の臨床において待望されていますが、現段階ではまだ簡便かつ正確に治療応答性を予測することは困難であるため、基本的に画一的な治療を施すしかありません。これは医学的だけでなく医療経済的にも大きな問題となっています。

研究内容
①日常診療で得られる心筋生検検体によりDNA損傷応答の程度を評価する手法を開発

研究グループはこれまでに、マウスにおいて、心不全になると心臓にある心筋細胞の核の中にあるDNAにキズが生じること(DNA損傷)、そのキズが生じることによって核の中でp53というがん抑制遺伝子が活性化すること、そのp53の活性化が心筋細胞の不全化(心臓のポンプ作用を十分に果たせない心筋細胞になってしまうこと)を誘導することを明らかにし、このDNA損傷の程度がヒトにおいても心不全の病態を規定している可能性があることを見出していました(Nomura, Aburatani, Komuro, et al. Cardiomyocyte gene programs encoding morphological and functional signatures in cardiac hypertrophy and failure. Nat Commun. 2018)。また、DNA損傷を起こした細胞ではDNAを修復するために、ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ(PARP)というタンパク質がキズのついたDNAの領域を見つけ、その部分にポリ(ADP-リボース)という化学修飾が起こることが知られています。そこで研究グループは、この化学修飾を起こす性質(DNA損傷応答)に着目し「免疫染色(注4)」という手法により、ヒトの心臓組織において、ポリ(ADP-リボース)修飾されたDNAを含む細胞核(すなわちDNA損傷細胞核)を同定する技術を開発しました。

②心臓機能が改善しない患者では、治療前の損傷応答の程度が高いことを解明

続いて、2009年から2016年に東京大学医学部附属病院で拡張型心筋症(原因不明の心筋障害により心不全となる疾患)により心不全として入院した82例の患者から、すでに治療介入がなされた24例を除いた58例の患者を解析対象症例として、上記①で開発した手法により心臓の細胞におけるDNA損傷核の定量解析を行いました。すると、治療応答性および予後が悪い患者において、治療前の心臓の細胞におけるDNA損傷の程度が有意に強かったことがわかりました。またDNA損傷応答を生じた細胞の種類を解析したところ、ほぼ全ての細胞が心筋細胞であることがわかりました。またDNA損傷を起こした細胞ではポリ(ADP-リボース)という修飾以外にも、γ‐H2A.X(DNAが巻きついているヒストンに生じるリン酸化)という修飾が生じることが知られており、このγ‐H2A.Xを指標にしたDNA損傷応答解析においても、ポリ(ADP-リボース)と同様の結果が得られました。

③治療前に心筋損傷応答を評価することで、治療応答性を予測できることを解明

さらに解析を進めることで、ポリ(ADP-リボース)陽性のDNA損傷核の存在確率が5.7%以上の患者をDNA損傷強陽性症例、5.7%未満の患者を弱陽性症例と分類することで、高い精度(77.8%の感度・88.7%の特異度)で、前者を治療応答不良・後者を治療応答良好と予測することが可能であることを明らかにしました。

社会的意義

これらの結果により、本研究グループは、心不全患者の「治療応答性の事前予測」を可能にするという待望されてきた手法を開発しました。本手法は臨床現場において診断目的で採取する心筋生検組織の検体を用いる方法で、患者への追加となる侵襲が存在しないことも非常に大きな利点であり、また、近年叫ばれている個別化医療・精密医療を心不全臨床において実践する上での基盤的技術となると考えられます。

発表雑誌
雑誌名:
Journal of the American College of Cardiology(JACC):Basic to Translational Science(オンライン版:9月26日 Article in Press)
論文タイトル:
Quantification of DNA Damage in Heart Tissue as a Novel Prediction Tool for Therapeutic Prognosis of Patients with Dilated Cardiomyopathy
著者:
Toshiyuki Ko*, Kanna Fujita*, Seitaro Nomura*, Yukari Uemura, Shintaro Yamada, Takashige Tobita, Manami Katoh, Masahiro Satoh, Masamichi Ito, Yukako Domoto, Yumiko Hosoya, Eisuke Amiya, Masaru Hatano, Hiroyuki Morita, Masashi Fukayama, Hiroyuki Aburatani*, Issei Komuro*
用語解説
(注1)心不全:
心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、段々悪くなって生命を縮める病気です。心臓の機能が損なわれる原因はさまざまであり、個々の患者の病状に応じて手術治療やカテーテル治療などの侵襲的治療が行われることもある一方で、薬物治療についてはまだそれほど患者に応じた使い分けや治療効果の予測がなされていないのが現状です。
(注2)感度:
対象となる患者を確実に陽性として診断する割合のこと。つまり感度が高い検査は、対象となる患者をきちんと診断できる検査と言えます。
(注3)特異度:
対象以外の患者を確実に陰性として診断する割合のこと。つまり特異度が高い検査は、対象以外の患者をきちんと除外できる検査と言えます。
(注4)免疫染色:
抗体の特異性を利用して組織内の抗原(目的とする分子)を検出し、その局在を顕微鏡下で観察する手法。本研究ではポリ(ADP-リボース)・γ‐H2A.Xに対する抗体を用いました。
お問い合わせ先
研究内容に関するお問い合わせ先

東京大学医学部附属病院 循環器内科
教授 小室 一成(こむろ いっせい)

東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス分野
教授 油谷 浩幸(あぶらたに ひろゆき)

取材に関するお問い合わせ先

東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター
担当:渡部、小岩井

東京大学先端科学技術研究センター 広報・情報室
担当:村山

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
戦略推進部 難病研究課
循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業

基盤研究事業部 バイオバンク課。

医療・健康細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました