2019-10-16 東京農工大学
国立大学法人東京農工大学大学院農学府生物制御科学専攻 大野瞳(大学院修士課程修了生)と連合農学研究科 坂本卓磨(大学院生博士課程)、農学研究院生物生産科学部門 天竺桂弘子准教授と岩渕喜久男名誉教授、ライフサイエンス統合データベースセンターによる研究グループは、寄生蜂のキンウワバトビコバチが、同じ宿主をめぐって競争関係にある他種の寄生蜂が同時に寄生すると、攻撃専門の兵隊幼虫が増加する分子メカニズムの一端を解明しました。キンウワバトビコバチの胚(幼虫になる前の発生段階の個体)は、競争者が宿主に注入する毒素に反応して遺伝子の発現を調節し、兵隊幼虫となる比率を高めていたのです。本成果は、社会性昆虫に分類される寄生蜂が、競争者の存在に反応して役割の異なる幼虫の比率を変えることで、より効率的に子孫を残すという戦略の解明に繋がると期待されます。
本研究成果は、Developmental Biology(9月19日付)に掲載されました。
URL:https://doi.org/10.1016/j.ydbio.2019.09.005
写真1. キンウワバトビコバチ
現状 :キンウワバトビコバチ Copidosoma floridanum 注1)はイチジクキンウワバ Chrysodeixis eriosoma をはじめとするチョウ目ヤガ科キンウワバ亜科を寄主とする卵-幼虫寄生蜂です(写真1)。キンウワバトビコバチは、多胚生殖という発生様式を持ち、1卵から2000頭の同一遺伝子を持つ個体(1卵性2000生児)が発生します。キンウワバトビコバチの幼虫は、最終的に成虫となる繁殖幼虫と、攻撃専門の不妊の兵隊幼虫がおり、これらがカースト注2)を構成しています(図1)。繁殖幼虫は、寄主が終齢幼虫期に達すると寄主を殺して蛹化、羽化します。兵隊幼虫は繁殖幼虫よりも早い時期から現れますが、蛹化せず幼虫のまま寄主体内で死亡します。この兵隊幼虫には同一寄主内部に寄生する競争者を攻撃して排除する役割があります(写真2)。同一寄主内部に競争者がいた場合に、兵隊幼虫の数が増加することが知られていましたが、その分子メカニズムはよく分かっていませんでした。
図1.キンウワバトビコバチのライフサイクル
写真2. 攻撃する兵隊幼虫
研究体制 :本研究は東京農工大学および、ライフサイエンス統合データベースセンターで実施されました。
研究成果 :本研究チームは、生殖細胞の発生運命を決定する因子として知られるvasa遺伝子に注目しました。多胚を構成する胚細胞のうち、vasa遺伝子が発現している胚細胞が繁殖幼虫に、vasa遺伝子が発現していない胚細胞が兵隊幼虫に発生することが知られています。寄生蜂は宿主の体内に卵を産み付ける際に“ベノム”と呼ばれる寄主の免疫機能を麻酔して弱める毒素を卵と同時に注入します。これにより寄生蜂は自身の卵を寄主の免疫系による攻撃から保護しています。キンウワバトビコバチの競争者であるギンケハラボソコマユバチ(写真3)のベノムを、キンウワバトビコバチの初期の胚(2細胞期から桑実胚期の間)に処理すると、アポトーシス注3)に関与する遺伝子の発現が上昇し、その後vasa遺伝子の発現が低下しました。このことから、本来繁殖幼虫になる予定の胚細胞が減少し、兵隊幼虫が増加した可能性が示唆されました(図2)。
写真3ギンケハラボソコマユバチ
今後の展開 :社会性昆虫では社会性の維持のために他者を排除し、血縁者を助けることが知られています。キンウワバトビコバチは、競争者の内部寄生の有無を競争者が同一寄主に注入する“ベノム”で判断し、カースト構成の投資比を攻撃性の高い兵隊幼虫に転換し、効率的に子孫を残すと考えられます。本研究チームが発見した兵隊幼虫の増加の分子メカニズムは、昆虫の環境適応戦略の仕組みの解明の一端に役立つことが期待されます。
掲載論文 :Ohno H, Sakamoto T, Okochi R, Nishiko M, Sasaki S, Bono H, Tabunoki H, Iwabuchi K. “Apoptosis-mediated vasa down-regulation controls developmental transformation in Japanese Copidosoma floridanum female soldiers.” Developmental Biology 2019
注1)キンウワバトビコバチは社会性昆虫であり、特定の蛾に寄生する寄生蜂として知られる。
注2)社会性昆虫のコロニー内は役割が異なる昆虫で構成される。
注3)アポトーシスは細胞死の種類を指し、細胞を積極的な死(自殺)に導く現象。
図2兵隊幼虫が増加する分子メカニズム
◆研究に関する問い合わせ◆
東京農工大学大学院農学研究院
生物生産科学部門 准教授
天竺桂 弘子(たぶのき ひろこ)