コウモリ類の進化史を解明

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2021-03-06 東京大学

発表者
野尻 太郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 博士課程2年)
福井  大 (東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林 助教)
遠藤 秀紀 (東京大学総合研究博物館 教授)
東山 大毅 (東京大学大学院医学系研究科 特任研究員)
小薮 大輔 (筑波大学プレシジョン・メディスン開発研究センター 准教授)
発表のポイント
  • コウモリの進化過程は長らく論争が続いてきましたが、「共通祖先が飛行能力の獲得→3つの大系統に分岐→2つの大系統が個別に超音波利用能力を獲得」という進化シナリオを突き止めました。
  • 世界各国のコウモリの稀少な胎児標本を大規模に3D解析することで、今回の発見に至りました。
  • コウモリは新型コロナウイルスを含むさまざまなウイルスの自然宿主とされます。生態や進化に関する研究を進めることは、防疫の観点からも極めて重要です。
発表概要

ハリウッド映画などの影響で獰猛で吸血のイメージもあるコウモリですが、吸血性のコウモリは実際は中南米に3種いるだけで、1400種以上とされる大半は、夜空を飛び回って虫を捕らえて生きています。コウモリは、光のない闇夜で効率的に虫を探索・捕獲するためにノドで生成した超音波を周囲に照射し、反射音を受信することで、虫までの距離や虫の形状を正確に把握する超音波利用能力(エコーロケーション)を進化させたことが知られています。しかし、これまでこの超音波利用能力がどのような過程で進化してきたのか、また飛行能力とどちらが先に進化したのか論争が続いてきました。
このたび東京大学の野尻太郎大学院生および福井大助教らは、筑波大学の小薮大輔准教授らとともに高解像X線マイクロCTを用いて、世界のさまざまな種のコウモリとその他代表的な哺乳類の胎児期の成長解析と進化解析をおこないました(図1)。その結果、コウモリの共通祖先はまず初めに飛行能力を獲得し、そのあと3つの系統にわかれ、のちに2つの系統が超音波利用能力を各々個別に獲得したという進化史の全貌が明らかになりました。
コウモリは新型コロナウイルスの感染源の一つである可能性が指摘されており、その生態や進化に関する研究を進めることで、ウイルスのさまざまな問題の解決への糸口がつかめてくると期待されます。
本研究成果は国際学術誌「Current Biology」に日本時間3月6日付(午前1時)で掲載されました。

発表内容

図1 さまざまなコウモリにおける聴覚器官の構造とその発生

図2 超音波利用能力の進化の謎に挑む

図3 コウモリのノドの骨の発達過程

図4 渦巻管の形成過程の比較

(図1~4イラスト:小笠原 恵)

地球上にはヒトを含む哺乳類が約6,000種生息していますが、このうち4分の1をコウモリが占めています。地味で普段あまり見かけることのないコウモリですが、実は地球上で大変繁栄している動物といえます。この大繁栄を可能にしたものが、飛行能力と超音波利用能力であると考えられています。夜空を飛ぶことで天敵に襲われる危険から逃れ、特殊な超音波利用能力を獲得したことで光のない暗闇でも周りの環境を正確に認識できるようになりました。多くのコウモリは、ノドで生成された超音波を周囲の物体に照射し、跳ね返ってきた音(エコー)を聞くことで、物体までの距離や物体の形状を把握する超音波利用能力(エコーロケーション)を備えています。哺乳類ではほかにイルカやクジラなどの鯨類にも同じ能力が備わっています。しかし、鯨類とコウモリは類縁関係がとても遠いので、それぞれ独自に超音波利用能力を進化させたと考えられています。こういった他人の空似のような進化のことを「収斂進化」といいます。
こんにち存在するコウモリは血縁関係から大きく3つのグループ(グループ1:オオコウモリ類、グループ2:キクガシラコウモリ類、グループ3:ヤンゴコウモリ類)にわけられます(図2~4)。このうち、グループ2とグループ3は超音波利用能力をもちますが、グループ1は超音波利用能力をもっていません。この超音波利用能力がどのように進化したのかは論争の的となってきました。二つの仮説が提唱されており、主流の学説となっている「全てのコウモリの共通祖先で一度進化して、グループ1でその能力が失われた」という単一起源説と、「コウモリが3つの系統に分かれたあと、系統の離れたグループ2とグループ3でそれぞれ個別に超音波利用能力が進化した」という二回起源説がありました。特に骨や化石を扱う研究者が主に前者の仮説を支持し、遺伝子を扱う研究者が主に後者の仮説を支持し、立場によって意見が対立してきました。
今回、東京大学、筑波大学、理化学研究所、ベトナム科学アカデミー、豪ニューサウスウェールズ大学、米カリフォルニア大学の国際共同研究チームは長年の論争を解決するため、超音波利用能力に関わる耳の渦巻き管とノドの成長に着目して、34種のコウモリとコウモリ以外のさまざまな哺乳類の胎児期の成長過程を分析しました。先端的な高解像マイクロCTを用いた解析の結果、超音波利用能力をもつグループ2とグループ3のノド(図3)と渦巻き管(図4)は、オトナになると見分けがつかなくなるほど見た目は酷似しているものの、胎児期における「形成の過程」が全く異なることが分かりました。一方で超音波利用能力をもたないグループ1の渦巻き管からノドにかけての器官群の形成の過程は、コウモリ以外の哺乳類と違いがありませんでした。これらの事実は、グループ2とグループ3の渦巻き管とノドは、オトナにおける見た目と機能は類似しているものの、進化の道筋が全く異なる「他人の空似」であることを意味します。このことから、超音波利用能力はコウモリの共通祖先で獲得されたのではなく、コウモリの共通祖先が3つの系統に分かれたあとに、グループ2とグループ3で超音波利用能力が個別に進化した収斂進化(注1)の事例に当てはまることが明らかとなりました。
また、コウモリ誕生の裏には未解決の謎がもう一つあります。飛ぶ能力をいつ獲得したのかという問題です。飛ぶ能力と超音波利用能力はコウモリで同時に進化したのか、それともどちらかの能力が先に進化したのか、これまで決着がついていませんでした。研究チームがコウモリの化石の再検討を行った結果、現在見つかっているなかで最古の化石コウモリは、恐らく超音波利用能力を備えていなかったと結論づけられました。つまり、コウモリはまず空を飛ぶ能力を獲得したあと、3つの系統にわかれ、虫を捕らえるための巧みな超音波利用能力はそのうち2つの系統でそれぞれ個別に進化したとの結論が得られ、これはコウモリの進化史についての理解を大きく前進させる成果です。
コウモリを研究する科学者は非常に少なく、その実態は未だ多くが謎に包まれています。一方で、コウモリは今なお世界各地で猛威をふるっている新型コロナウイルスの感染源の一つである可能性が指摘されているほか、狂犬病ウイルスやエボラウイルスといった人獣共通感染症の感染源でもあるとも指摘されています。さまざまな動物に重篤な症状を及ぼすこれらのウイルスにコウモリが感染しても、不思議なことにコウモリには重篤な症状がほとんど起きません。コウモリがなぜこれほどの強力な免疫系を獲得するに至ったか現段階ではまだわかっていませんが、飛行に必要な極めて高い代謝系を持っていることと関係しているという仮説もあります。コウモリの生態、ゲノム、生理、進化に関する基礎研究が進むことで、コウモリはどのような免疫系と代謝系によってさまざまなウイルスとうまく付き合っているのか、どこのコウモリがどのようなウイルスをもっているのか、どのようにすれば人間への感染を防ぐことができるのかなど、さまざまな問題の解決への糸口がつかめてくると期待されます。
本研究成果は、文部科学省 新学術領域研究「進化制約方向性」、日本学術振興会 国際交流事業 ドイツとの国際共同研究プログラム、科学研究費補助金事業 (18H02492, 18K19359, 18KK0207) の一環として得られました。本研究の高解像マイクロCT撮像解析に際しては、株式会社島津製作所の協力を得ました。

発表雑誌
雑誌名
Current Biology
論文タイトル
Embryonic evidence uncovers convergent origins of laryngeal echolocation in bats
著者
野尻太郎, Laura Wilson, Camilo López-Aguirre, Vuong Tan Tu, 倉谷滋, 伊藤海, 東山大毅, Nguyen Truong Son, 福井大, Alexa Sadier, Karen Sears, 遠藤秀紀, 上堀智司, 小薮大輔*(*研究リーダー)
DOI番号
10.1016/j.cub.2020.12.043
論文URL
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.12.043
問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
助教 福井 大(ふくい だい)(コウモリ学)

用語解説

注1 収斂進化
魚とイルカの流線形の体やコウモリと鳥の翼はそれぞれ個別に進化した他人の空似(収斂進化)だと考えられています。鳥の鼓膜と哺乳類の鼓膜は見た目と機能は似ているものの、その形成の仕方が全く異なり、個別に進化してきた収斂進化の産物であるということが著者の一人であるの倉谷滋博士(理化学研究所)らの研究によって知られていますが、本研究により聴取器官における収斂進化の一例がまたひとつ知られることとなりました。

生物化学工学
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