レンコン構造が細胞治療の鍵!?ヒトiPS細胞由来膵島移植による糖尿病マウスの血糖値正常化と移植片の回収に成功

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2021-04-02 東京大学

○発表者:

竹内 昌治(東京大学 生産技術研究所 教授/大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 教授)
小沢 文智(東京大学 生産技術研究所 特任研究員)

○発表のポイント:

◆直径6ミリメートルのレンコン状構造のハイドロゲルにヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化した移植片を開発しました。
◆作製した移植片を糖尿病モデルマウスに移植したところ、半年以上の長期にわたり血糖値が正常化しました。また、一年以上の移植後に移植片を癒着なく回収することに成功しました。
◆移植片の構造やハイドロゲルの最適化により、ヒトへの臨床応用が期待されます。

○発表概要:

東京大学 生産技術研究所/大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻の竹内 昌治 教授と小沢 文智 特任研究員らの研究グループは、直径6ミリメートルのハイドロゲル(注1)にヒトiPS細胞由来膵島(注2)をカプセル化したレンコン状構造の移植片を開発しました。
研究グループはこれまで、直径1ミリメートルのハイドロゲルは、マイクロスケールのハイドロゲルと比べて異物反応(注3)が抑制される傾向にあることを示してきました。しかし、ハイドロゲル内にヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化した場合は、細胞種や種差の影響によりホストから受ける異物反応が強くなってしまうため、移植片の改良が必要でした。
そこで本研究では、直径6ミリメートルのハイドロゲルにヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化したレンコン状構造の移植片を作製しました(図1)。直径が大きくなると細胞に対する酸素や栄養供給の問題から細胞の生存率を保つことが難しいが、ハイドロゲルのエッジから1ミリメートル以内ではヒトiPS細胞由来膵島が十分な生存率を保つことが示されました(図2)。作製した6ミリメートルの移植片は、これまでの1ミリメートルの移植片に比べ、異物反応が抑制されかつ1年の長期移植においてもゲルとしての形態を維持し、癒着なく取り出せることが分かりました(図3)。この移植片を糖尿病モデルマウスに移植したところ、血糖値を最大半年以上の長期にわたり正常化することに成功しました(図4)。さらに移植片は、ヒトiPS細胞由来膵島を使用しているが、体内で腫瘍形成などは起こしておらず、まとめて取り出すことも可能でした。
レンコン状構造の移植片は異物反応を起こしにくく、また腫瘍形成を起こさずかつ緊急時に取り出しも可能であることから、ヒトiPS細胞由来膵島をはじめとしたヒトiPS細胞由来分化細胞を安全に移植する技術へつながります。今後は移植片の構造や使用しているハイドロゲルの最適化により、様々なヒトへの臨床応用が期待されます。
本成果は、2021年4月1日(米国東部夏時間)に国際学術誌「iScience」のオンライン版で公開されました。
本研究は、東京大学と国立国際医療研究センターの共同で行われました。

○発表内容:

<研究背景>

糖尿病の治療法として、ドナーから得た膵島を糖尿病患者に移植することによって、糖尿病患者の血糖値を正常化する細胞移植療法が世界中で盛んに研究されています。特に近年、ヒトiPS細胞から分化によって膵島の細胞を調整する方法が進展し、ドナーに依存しない移植療法の可能性が高まり、さまざまな移植方法が開発されています。ヒトiPS細胞由来の膵島を移植する際は、異物反応から細胞を保護し体内で長期間維持するだけでなく、未分化細胞混入のリスクなどから患者の安全性を確保し、緊急時には移植した細胞を取り出しできることが重要です。これまでの研究で、ハイドロゲルなどを用いて細胞を保護して移植する方法が開発されていますが、ヒトiPS細胞由来膵島とホスト間の強い異物反応を抑制し、かつ完全に取り出すことができる移植片の実現は困難でした。

<研究内容>

本研究グループは、直径6ミリメートルのハイドロゲルにヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化したレンコン状構造の移植片を開発しました(図1)。サイズの大きな移植片の場合、通常は中心部まで酸素や栄養素が行きわたりませんが、レンコン状の構造をとることで、膵島に酸素や栄養素を十分に供給できるようになりました。ハイドロゲルにはアルギン酸バリウムハイドロゲルという、機械的強度が高く、細胞の養分や老廃物が通過できる材料を使用しました。
ハイドロゲル内のどの位置まで細胞が生存しているかを調べたところ、ハイドロゲルのエッジから1ミリメートル以内にある細胞は十分に生存していることを確認しました(図2a)。そこでエッジから1ミリメートル以内に細胞が配置されるようなレンコン状構造をもつ移植片を作製しました(図2b-d)。作製した移植片を、免疫系を持つマウスの腹腔に移植したところ、これまでの1ミリメートル移植片に比べ、異物反応による線維化が抑制され(図3a)、また移植後1年の長期にわたり移植片の形態を保つことが確認できました(図3b)。この移植片を、糖尿病モデル免疫不全マウスの腹腔に移植したところ、移植後最大半年以上という長期での血糖値正常化を達成しました(図4)。移植したマウスには、癒着や腫瘍形成などは起こらず安全性も確認でき、適宜体内から移植片を取り出すことにも成功しました。

<今後の展開>

このレンコン状構造の移植片は、現状使用している材料では免疫のあるマウスやヒトの糖尿病治療にはまだ課題があるが、構造の最適化や使用しているハイドロゲル材料の改良などを行うことで改善できると考えています。また、ヒトiPS細胞由来膵島を安全に移植できることから、膵島に限らず、甲状腺や下垂体などの内分泌細胞の移植に応用でき、さまざまな移植治療への応用展開が期待できます。

○発表雑誌:

雑誌名:「iScience」オンライン版
論文タイトル:Lotus-root-shaped cell-encapsulated construct as a retrieval graft for long-term transplantation of human iPSC-derived β-cells
著者:Fumisato Ozawa, Shogo Nagata, Haruka Oda, Shigeharu G. Yabe, Hitoshi Okochi, and Shoji Takeuchi
DOI番号:10.1016/j.isci.2021.102309
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(21)00277-7

○問い合わせ先:

東京大学 生産技術研究所
大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻
教授 竹内 昌治(たけうち しょうじ)

○用語解説:

注1)ハイドロゲル
ハイドロゲルとは、3次元網目状の高分子の内部に水を含んだ材料のこと。半透膜性を有する。

注2)膵島
膵島とは、膵臓の内部に島の形状で散在する内分泌を営む細胞群のこと。膵島に含まれるβ細胞からは血糖値を下げる作用を持つホルモンであるインスリンが分泌される。今回はヒトiPS細胞から分化させたヒトiPS細胞由来膵島を使用している。

注3)異物反応
体内に侵入した異物に対して起こる自然免疫系に属する炎症反応の一種で、これが細胞を内包した移植片に対して起こると、最終的に線維化を引き起こし、移植片として機能を失うことにつながる。

○添付資料:


図1 ヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化したレンコン状構造の移植片の模式図


図2 (a)6ミリメートルのハイドロゲル内でのヒトiPS細胞由来膵島の生存率。(b)作製したヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化したレンコン状構造の移植片および(c)その拡大図。(d)レンコン状構造の移植片の断面の写真および(e)その蛍光画像。(スケールバー:500マイクロメートル)


図3 ヒトiPS細胞由来膵島をカプセル化した直径が1ミリメートルの移植片と直径が6ミリメートルの移植片の比較。(a)移植後4カ月の異物反応により付着した細胞層の比較。(b)移植片の機械的強度の比較。


図4 直径が6ミリメートルのヒトiPS細胞由来膵島移植片を移植した後の、長期にわたる血糖値の変化(実線:移植あり、点線:移植なし)。移植後最大半年という長期での血糖値正常化を達成した。矢印の時点で移植片を回収し、高血糖の再発を確認した。

医療・健康細胞遺伝子工学
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