新規治療薬としてPLK1およびCHEK1阻害剤の効果が期待
2022-03-18 国立がん研究センター,名古屋大学
ポイント
- 不治の病である子宮平滑筋肉腫に効果が期待される新規治療薬候補が同定された。
- 網羅的な遺伝子発現の解析により、子宮平滑筋肉腫の病態の一端が明らかにされた。
名古屋大学大学院医学系研究科産婦人科学の梶山広明教授、吉田康将特任助教、同大学医学部附属病院産婦人科の横井暁病院助教、および国立がん研究センター研究所病態情報学ユニットの山本雄介ユニット長、国立がん研究センター中央病院婦人腫瘍科の加藤友康科長らの研究グループは、子宮平滑筋肉腫に対する網羅的な遺伝子発現解析を通して、新たな治療標的としてPLK1遺伝子とCHEK1遺伝子を同定しました。また、PLK1阻害剤とCHEK1阻害剤の抗腫瘍効果を実験的に明らかにしており、これらの薬剤は、子宮平滑筋肉腫に対する新規治療薬として期待されます。
子宮平滑筋肉腫は、いわゆる「不治の病」であり、手術を行ったとしても早期に再発を来し、再発腫瘍に対しては、有効な治療方法はありません。従って、進行・再発平滑筋肉腫患者の予後は、1-2年と考えられています。また、子宮平滑筋肉腫は、希少がんであるため、その病態に関する基礎研究はあまり進んでいません。本研究においては、子宮平滑筋肉腫の患者組織を使用し、次世代シーケンス*1により網羅的に遺伝子発現解析を行いました。その結果、子宮平滑筋肉腫においては、良性腫瘍と比較すると、発現変動している遺伝子が512個見つかりました。その512個の遺伝子の機能を解析すると、子宮平滑筋肉腫においては、細胞周期*2に関わる複数の酵素*3が活性化している、すなわち、細胞増殖が異常に速いことが示唆されました。そこで、子宮平滑筋肉腫の細胞株に対して、それらの酵素に対する複数の阻害剤の抗腫瘍効果を試したところ、PLK1とCHEK1に対する阻害剤が極めて高い抗腫瘍効果を有することが明らかになりました。さらに、PLK1阻害剤(BI-2536)とCHEK1阻害剤(プレクサセルチブ)は、マウスモデルにおいても高い抗腫瘍効果を示しました。PLK1とCHEK1阻害剤は、他のがん種においては、臨床試験中の薬剤であり、ヒトに対する安全性は確認されています。従って、子宮平滑筋肉腫に対する新規治療薬として、PLK1阻害剤とCHEK1阻害剤は有望であり、臨床試験によりその効果が検証されることが望まれます。
本研究成果は、学術雑誌「Clinical Cancer Research」の電子版(2022 年 3 月 18 日)に掲載されました。
背景
子宮平滑筋肉腫は、極めて予後不良な婦人科悪性腫瘍です。一般的に、手術による完全切除が行えたとしても、早期に再発を来すことが知られており、このような再発子宮平滑筋肉腫に対する有効な治療方法は確立していません。近年、子宮平滑筋肉腫を含む悪性軟部腫瘍に対して、複数の新規治療薬が臨床応用されたため、その治療効果が期待されていました。しかし、子宮平滑筋肉腫に対するそれらの新規治療薬の効果は限定的なものであり、臨床試験の結果に基づくと、それらの新規治療薬を用いたとしても、進行・再発子宮肉腫に対する生存期間の中央値は、1-2年程度であると報告されています。従って、子宮平滑筋肉腫に対する新規治療薬は、今なお渇望されています。
肉腫とは、多彩な組織型を呈し、全身の様々な臓器より生じる悪性軟部腫瘍の総称であり、希少がんに該当にします。従って、その一部である子宮平滑筋肉腫も、希少がんであり、その病態はあまり明らかにされていません。これまでに、肉腫は組織型や発生部位により異なる特徴を持つこと示す研究報告はあるものの、その一つに過ぎない子宮平滑筋肉腫の特徴に関する研究は進んでいません。従って、子宮平滑筋肉腫の病態に基づいた治療薬は、これまでに開発されていません。
本研究は、対象疾患を子宮平滑筋肉腫に限定した創薬研究であり、子宮平滑筋肉腫患者およびその家族に希望を与える社会的意義のある研究になります。
研究成果
本研究グループは、子宮平滑筋肉腫の患者組織を使用し、次世代シーケンスにより網羅的に遺伝子発現解析を行いました。その結果、子宮平滑筋肉腫においては、良性腫瘍と比較すると、発現変動している遺伝子が512個見つかりました。さらにその512個の遺伝子の機能を、IPAという解析ソフトを用いて解析すると、子宮平滑筋肉腫において細胞周期に関わる複数の酵素(PLK1、CHEK1、CDK1、AURKBなど)の活性化が、明らかになりました(図1)。
また、この結果は、公共データベースに存在する子宮平滑筋肉腫のデータにおいても確認されたため、細胞周期関連酵素の異常な活性化は、子宮平滑筋肉腫の特徴であり、治療標的であると考えられました。そこで、子宮平滑筋肉腫の細胞株に対して、それらの酵素に対する複数の阻害剤の抗腫瘍効果を試したところ、PLK1とCHEK1に対する阻害剤(BI-2536、プレクサセルチブ)は、極めて低濃度でも高い抗腫瘍効果を有することが明らかになりました(図2)。
これらの薬剤は、子宮平滑筋細胞の細胞周期を制止させ、細胞死へ誘導しました。また、CHEK1阻害剤(プレクサセルチブ)は、シスプラチン・トラベクテジン等の殺細胞性の抗癌剤と相性が良く、相乗効果を認めました。さらに、動物実験において、BI-2536単剤療法、およびプレクサセルチブ+シスプラチン併用療法は、マウスの腫瘍増大を有意に抑制することが明らかになりました(図3)。
今後の展開
本研究グループにより、子宮平滑筋肉腫に対して、PLK1阻害剤とCHEK1が有効であることが、動物実験を含む様々な実験により明らかにされました。これらの阻害剤は、他のがん種においては臨床試験が既に行われており、ヒトにおける安全性に関するデータも得られています。従って、子宮平滑筋肉腫に対しても早期に臨床試験を企画し、臨床的な効果の検証が期待されます。
用語説明
*1 次世代シーケンス
DNAやRNAを解析する装置。2000年代半ばに登場し、従来の方法より格段に高速に、膨大な量を、安価に解析できるようになりました。
*2 細胞周期
細胞分裂により生じた細胞が、再び分裂して二つの新しい細胞になるまでの過程。細胞周期が速いと、細胞の増殖速度が速いということになります。
*3 酵素
生体内で生じる化学反応を促進するタンパク質。様々な酵素が協調して働くことにより、生命反応は維持されています。
発表雑誌
掲雑誌名
Clinical Cancer Research
論文タイトル
Aberrant activation of cell cycle-related kinases and the potential therapeutic impact of PLK1 or CHEK1 inhibition in uterine leiomyosarcoma
著者
Kosuke Yoshida1,2,3, Akira Yokoi1,2, Tomofumi Yamamoto3, Yusuke Hayashi3, Jun Nakayama3, Tsuyoshi Yokoi4, Hiroshi Yoshida5, Tomoyasu Kato6, Hiroaki Kajiyama1, Yusuke Yamamoto3
1 Department of Obstetrics and Gynecology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
2 Institute for Advanced Research, Nagoya University, Nagoya, Japan
3 Laboratory of Integrative Oncology, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan
4 Department of Drug Safety Sciences, Division of Clinical Pharmacology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan
5 Department of Diagnostic Pathology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan
6 Department of Gynecology, National Cancer Center Hospital, Tokyo, Japan
DOI
10.1158/1078-0432.CCR-22-0100
問い合わせ先
研究について
名古屋大学大学院医学系研究科
産婦人科学 教授 梶山 広明
特任助教 吉田 康将
名古屋大学医学部附属病院
産婦人科 病院助教 横井 暁
国立がん研究センター研究所
病態情報学ユニット ユニット長 山本 雄介
国立がん研究センター中央病院
婦人腫瘍科 科長 加藤 友康
広報窓口
名古屋大学医学部 医学系研究科総務課総務係
国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室