柏市でのSARS-CoV-2感染についてのゲノム疫学研究

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2023-10-12 東京大学

発表のポイント

◆柏市医師会、柏市、楽天メディカル株式会社、タカラバイオ株式会社との協力体制のもと、市内全域の47の医療機関から収集された検体を用いてウイルスゲノム解析を実施しました。
◆柏市内の地域ごとのウイルス株の変遷やクラスター感染が疑われる症例間での詳細なゲノム解析により、市内の感染拡大の過程や傾向を明らかにしました。
◆特定の地域に集中し、長期にわたりSARS -CoV-2感染の状況を追跡した論文は、非常に稀であり、今後の感染症対策において大きな役割を果たすと考えられます。

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣教授らの研究グループは、柏市医師会、柏市、楽天メディカル株式会社、タカラバイオ株式会社との協力体制のもと、2020年に研究室内に新型コロナ感染症を対象とした臨時衛生検査所を設置しました。この検査所では柏市内の医療機関を受診された患者さんから得られた検体のPCR検査を実施し、市内の医療に貢献するとともに、市内の感染に関する疫学調査を行なってきました。研究グループは、柏市内の地域ごとのウイルス株の変遷やクラスター感染が疑われる症例間において詳細なゲノム解析を行い、市内の感染拡大の過程や傾向を明らかにしました。本研究成果は、2020年より現在まで継続されているこれらの結果をまとめたものです。

COVID-19(新型コロナ感染症)を引き起こすSARS-CoV-2(注1)は、2019年以降、全世界で感染が拡大しており、現在でも猛威を振るっています。SARS-CoV-2感染が拡大した過程を明らかにすることは、今回や将来のパンデミックの対策において非常に重要です。
日本国内でも小規模あるいは短期間でのSARS-CoV-2/COVID-19に関する疫学調査は報告されてきましたが、今回の研究のように長期間にわたり特定の市区町村での感染の動向を解析した研究は類を見ないものです。本研究の成果は、感染症対策においてSARS-CoV-2の感染拡大の詳細を明らかにしただけでなく、将来の感染症対策にも役に立つと考えています。

本研究成果は、国際学術誌「DNA Research」に2023年10月10日付で公開されました。

発表内容

〈研究の背景〉
SARS-CoV-2は、感染者数の増減を繰り返しながら、2019年以降現在に至るまで、全世界に及ぶパンデミックを引き起こしました。SARS-CoV-2感染がどのように地域社会において拡大していったのかを理解することは基礎医学だけでなく感染症対策の観点からも非常に重要です。

〈研究の内容〉
研究グループは、東京大学柏キャンパスがある柏市を対象に、市内全域の47の医療機関(病院・クリニック)から収集された検体を用いてウイルスゲノム解析を実施しました。
検体はPCR検査によりSARS-CoV-2感染の有無が確認され、臨床検査結果として各医療機関へと即日で返却されます。その後、研究グループは、陽性検体を対象とした次世代シークエンサーによるゲノムシークエンス(注2)を実施し、検体中に含まれるウイルスゲノムの配列を取得しました。取得された配列は、データの品質が確認されたのち、バイオインフォマティクス解析(注3)を実施しました。
今回の研究では、2020年10月から2023年2月を調査期間とし、はじめに検査検体数、陽性数、陽性率の推移に着目したところ、複数の感染拡大の波が確認されました(図1)。

図1研究の流れと市内の感染拡大の過程.png
図1:研究の流れと市内の感染拡大の過程

次に、陽性検体の柏市内での感染がどの変異体によるものであったかを明らかにするため、各検体に含まれていた株の同定を行いました。解析の結果、柏市内でも複数の変異株の出現、遷移が確認されました(図2)。

図2柏市内で流行したウイルス株の変遷.png

図2:柏市内で流行したウイルス株の変遷

これらの株の出現パターンを明らかにするため、タイムポイントや地理的条件に基づく解析を行なったところ、同じ市内でも地域ごとに検出された株の割合や、感染検体が増加したタイミングが異なっていたことが明らかになりました。また、公共データベースに登録された東京の検体と合わせた解析からは、都内と共通する変異が市内でも検出されたことがわかりました。それにより、通勤通学等の移動で株が都道府県を超えて拡散していたことが示唆されました。
また、SARS-CoV-2の特徴として、クラスター感染による感染拡大が知られています。市内でこのクラスター感染が発生していたかを確認するため、罹患した日付や状況からクラスター感染が特に疑われる検体を対象にウイルスゲノムを比較しました。いくつかの例で同一の変異パターンをもつウイルスに感染した個人が確認されました。臨床的/地理的/時間的背景から、これらの患者はクラスター感染により罹患した可能性が強く示唆されました。
最後に獲得された変異にどのような特徴があったかを解析しました。初期の株とオミクロン以降の株を比較したところ、変異が起きた領域における同義変異(注4)と非同義変異の割合が変化したことが明らかになりました(図3)。

図3獲得された変異の特徴.png

図3:獲得された変異の特徴

〈今後の展望〉
SARS-CoV-2/COVID-19に関しては、日本国内でも先行する疫学調査の報告はありますが、①約2年半という長期間にわたり、②特定の市区町村/医療機関に着目し、③地理的・時間的な感染の拡大を明らかにしたという点で本研究は重要な意義を持ちます。また、本研究の成果は、柏市のような中核都市における将来の感染症対策において有用な知見となると考えられます。

〈関連のプレスリリース〉
「千葉県柏市、産官学医連携による新型コロナウイルス感染症対策 「明日に備える新型コロナウイルス感染症検査体制強化プログラム」を始動―地域医療体制の崩壊を防ぐために、”新たな検査安定供給体制”を構築―」(2020/7/10)
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/news/8299.html

〈研究助成〉
本研究開発は、国立研究開発法人科学技術振興機構(22H04925(PAGS))と国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 (JP233fa627001、JP223fa627011)の支援によって実施されました。

発表者

東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻
鈴木  穣(教授)
鹿島 幸恵(特任助教)

柏市医師会
長瀬 慈村(研究当時:会長)
松倉  聡(研究当時:副会長/現:会長)

柏市 健康医療部
沖本 由紀(理事)

楽天メディカル株式会社
前田  陽(日本オフィス共同代表/副社長)

タカラバイオ株式会社 CDM推進部
武蔵野 薫(部長)

論文情報

〈雑誌〉    DNA Research
〈題名〉    Evolution of the Viral Genomes of SARS-CoV-2 in Association with the Changes in Local Condition: A Genomic Epidemiological Study of a Suburban City of Japan
〈著者〉    Yukie Kashima, Taketoshi Mizutani, Yuki Okimoto, Minami Maeda, Kaoru Musashino, Ryo-ichi Nishide, Akira Matsukura, Jison Nagase, and Yutaka Suzuki
〈DOI〉    10.1093/dnares/dsad020
〈URL〉 https://doi.org/10.1093/dnares/dsad020

用語解説

(注1)SARS-CoV-2:
重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2

(注2)ゲノムシークエンス:
サンプル中のゲノム配列を解読すること

(注3)バイオインフォマティクス解析:
生物が持つ様々な情報を解析する手法

(注4)同義変異:
アミノ酸の変化を引き起こさない塩基の変異

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

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