キラキラの元物質を疑似的なフォトニック結晶としてとらえて光干渉を解明
2018-11-19 広島大学,山口大学,科学技術振興機構
ポイント
- 自然界の魚が太陽光のもとで隠れる(カモフラージュする)際に利用しているグアニン結晶板を水中に浮遊させたまま光に対し角度を制御する方法を開発しました。
- 他の拡散反射性粉末と光反射特性を比較しつつ、開発した角度を制御する方法をもとに、水中で魚のグアニン結晶板が重なった際の光制御性能を明らかにしました。
- グアニン結晶板が水中で分散した状態でも、磁場により結晶板が集団配向した場合、疑似的なフォトニック結晶になり得ることが示されました。
- これにより、従来考えられていたグアニン結晶板の反射による光制御に加えて、結晶板の光透過性を活用した新たな光干渉増強手法を編み出すことが磁場で可能となりました。この増幅された干渉光を細胞に向けたマイクロ・サーチライトとして使えば、暗視野照明法による細胞内成分観察技術への応用も期待できます。
国立大学法人 広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所の岩坂 正和 教授、国立大学法人 山口大学 大学院創成科学研究科 工学系学域の浅田 裕法 教授らの研究チームは、魚をキラキラさせる原因である非常に小さい鏡(グアニン結晶板注1))を磁場で操作し、これまで謎に包まれていた魚の体表の強い輝きの説明に成功しました。このグアニン結晶板が単に光を反射するだけでなく、ある程度透明性も有することに着目し、水に囲まれた空間で鏡が周期的に配列することがキラキラを起こす本当の原因であることを明らかにしました。
これまで、われわれ人類は人工的に光を利用する工夫をいろいろと行ってきました。その一方で、自然界の生物も太陽光を上手に利用することはよく知られています。生物がつくる材料の機能をまねる技術は、バイオミメティクスと呼ばれる研究分野で最近盛んに開発されています。例えば、魚や昆虫などの動物が体表の色を体の一部の周期構造でうまく光を反射させてつくりだすことは、構造色として知られています。そこで生物が光を上手に使う様子を詳しく調べることで、疾病の影響を受ける細胞の活動を光で詳しく調べることができる新しい技術に結びつくのではないかとわれわれは考えました。
今回、魚の体表にあるキラキラの原因物質であるグアニン結晶と呼ばれる材料に着目した理由は、この結晶が自然界での生存淘汰・生物進化の過程で選ばれた大変効率よく光を制御できる物質とみなされているからです。身近な自然・水族館などにおいても、魚の集団による光の強さや色あいのダイナミックな変化を、泳いでいる魚の集団の動きで見ることができます。この現象もヒントに、水中でのグアニン結晶の集まりを浮いた状態で磁場で制御し、光強度の変化が反射のみでなく光干渉とよばれる仕組みに依存することをつきとめました。
グアニン結晶板の厚みは100ナノメートル程度と非常に薄いため、医療用細胞イメージング技術の際の狭い空間での光制御に最適です。今回の報告では、たくさんのグアニン結晶板が水中に浮遊した状態に磁場をかけ2倍程度にまでキラキラを強めることができました。このグアニン結晶板を細胞の近くに手鏡のようにおけば、細胞から分泌される疾病の兆しをすばやく立体的にキラリと見つけることができそうです。今後、がんなどの病気の進行を迅速に調べる新しい方法に結びつくことが期待されます。
本研究成果は、英国時間の2018年11月19日午前10時(日本時間:11月19日午後7時)に、英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン版)に掲載される予定です。
本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術」研究領域(北山 研一 研究総括)の研究課題「魚のバイオリフレクターで創るバイオ・光デバイス融合技術の開発」の一環として広島大学の岩坂 正和 教授および山口大学の浅田 裕法 教授の共同研究で行われたものです。
<研究の背景>
自然界の海洋などの水面下において魚が非常に効率的な光の利用を行っていることは、その体表のキラキラした輝きや、近年注目を集めている深海生物が太陽光がほとんど届かない深海で光をコミュニケーションに使っているとの報告から理解できます。そのような光利用を可能にしている物質として第一の候補になっているものが、地球上全ての生物のDNAの成分でもある核酸塩基の1つ、グアニンです。生体内で光の屈折率を制御して光反射をうまくコントロールすることで、生存淘汰などに最適の“見え方”ができるよう生き物たちが工夫していることは、これまで多くの研究報告がなされてきました。しかし、肝心のこのグアニンが生物の体内で形成するグアニン結晶の特異な結晶構造などの物理化学的特性はよく理解されていませんでした。
さらに、グアニン結晶板の光制御特性を調べる上で必須の、光に対する結晶板の角度制御の手法が過去に存在しなかったため、魚などの生物由来のグアニン結晶が見せる非常に強い光反射の謎が過去半世紀以上、放置されていた状態でした。今回、このグアニン結晶の真の姿に一歩迫りました。
<研究の内容>
天然のバイオクリスタライゼーション注2)でできたグアニン結晶(魚類由来)の光反射特性について、硫酸バリウムおよび合成グアニン粉末の光反射と比較して測定し50%程度の光反射率を持ち、この魚由来グアニン結晶板近傍では強い光強度のコントラストを示すことを明らかにしました。
次に、300マイクロメートルの厚みの水槽内部にあるグアニン結晶板集団の配列を磁場で変化させ、反射光の強度が結晶板同士の向き合い方の変化に依存することを示しました。その原理としてグアニン分子の反磁性注3)の磁化率異方性注4)を用いました。
水の中に多くのグアニン結晶板を浮遊させ対流させた状態でも、磁場の方向を水平方向から鉛直方向へと切り替えながら、水中で浮遊状態の結晶板の向きを90°刻みで変化させることが可能になりました。この技術を用いてグアニン結晶集団でのレーザー光の射強度を2倍程度変化させることができました。
水中のグアニン結晶板の濃度を制御し結晶板間の平均的な距離が光反射強度に与える影響について調べました。磁場をオンにした際の光強度の速い変化と磁場をオフにした際の遅い緩和を比較することで、水中に浮遊した状態のグアニン結晶板が、1枚での光反射だけでなく、結晶板同士が向き合った際に生じる光干渉効果で反射する光の強度を増強させていることが明らかになりました。この増幅した干渉光は、がんなどの疾病予防のため細胞を調べる際の「マイクロ・サーチライト」として利用できます。
この実験事実は、多層膜光干渉シミュレーションで推測された光干渉強度変化で説明することができます。すなわち、マイクロメートルのサイズの小さくて非常に薄いグアニン結晶板を水中に浮遊させ磁場で向きを揃えると、疑似的な多層膜あるいはフォトニック結晶注5)として光干渉を制御できることが初めて実証されたことになります。
<今後の展開>
水中にフリーな状態で拘束せず浮遊させて磁場で姿勢制御できる今回の手法のメリットとして、まず2つ挙げることができます。
1つ目は、細胞の近傍あるいは細胞の内部で、このグアニン結晶板を生体親和性のある光学素子として利用できることです。
2つ目は、磁場を用いることで非接触な光デバイスが作製可能なことです。ここで用いた磁場の強さは一般的に入手しやすい永久磁石で発生させることができます。また、グアニン結晶に強磁性を付与し今回用いた磁場の100分の1の強さの磁場でこのグアニン結晶の微小板による光反射スイッチングにも成功しました。
これらの技術を組み合わせることで、例えば、暗視野照明法を用いる限外顕微鏡などによる細胞内外の成分の高感度・高機能計測手法の開発が今後期待されます。また、単一細胞内外の粒子状の物体からの疾病情報計測を迅速化し、病気を予防することにも貢献できると期待できます。
<参考図>
(a)、(b)電子顕微鏡写真
(c)ランダムに配向した結晶板
(d)磁場で向きを調整した場合
図1 魚のグアニン結晶板(淡水魚由来)の画像
(a)磁場で輝きを増した実施例
(b)キラキラを増す(水中浮遊フォトニック結晶型光干渉法の)原理
図2 魚のキラキラを磁場でさらに輝かせるための方法
<用語解説>
- 注1)グアニン結晶板
- 地球上全ての生物のDNAの成分でもある核酸塩基の1つ、グアニン分子が平行に並んだ状態で結晶化したもの。結晶構造内部に水分子を含む水和結晶と、水分子を含まない無水結晶が知られている。生物由来のグアニン結晶板の体積中の大部分は無水結晶であるとの報告がある。
- 注2)バイオクリスタライゼーション
- 生物を構成する細胞の中で、生物学的な目的に沿って固体成分・結晶が作られるプロセスのことをいう。物理化学的に形成するだけでなく、生物が細胞の遺伝情報に基づいて微細な構造が制御される。
- 注3)反磁性
- 全ての物質は電子を持っており、その電子が外部から侵入する磁場を遮蔽する挙動を示すことにより、反磁性の性質が生まれる。いわゆる磁石の強磁性が磁場に引き寄せられるのとは対照的に、磁場からはじかれる性質を持つ。本研究では微結晶の反磁性が観察されやすい条件を見いだしている。
- 注4)磁化率異方性
- 与えられた磁場(外部磁場)に対し、電子のスピンの向きなどが揃いやすい方向(磁化が最大となる方向)のことを磁化容易軸という。反対に、磁化が最小となる方向は磁化困難軸と呼ばれる。この2方向における磁化率の違いのことをいう。反磁性の場合、電子による外部磁場の遮蔽効果が最大になる分子内の方向と、最小になる方向での磁化率の相違のことを指す。
- 注5)フォトニック結晶
- 光の屈折率の異なる領域を周期的に繰り返す構造を結晶性材料で形成した、光の干渉などによる光伝搬の制御を行うことのできる光学材料のこと。人工的にシリコン結晶で形成したフォトニック結晶がよく知られている。また、自然界で生物が用いているクチクラなどの周期構造による蝶々や魚の体表でみられる構造色も、このフォトニック結晶の定義に含まれることがある。グアニン結晶板が生体組織内で水を含む材料と交互に多数重なった状態は、このフォトニック結晶として考えることができる。
<論文情報>
タイトル:“Floating photonic crystals utilizing magnetically aligned biogenic guanine platelets”
(磁場配向した生物由来グアニン結晶による浮遊型フォトニック結晶)
著者名:Masakazu Iwasaka*, Hironori Asada *責任著者
DOI:10.1038/s41598-018-34866-x
https://www.nature.com/articles/s41598-018-34866-x
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
岩坂 正和(イワサカ マサカズ)
広島大学 ナノデバイス・バイオ融合科学研究所 教授
浅田 裕法(アサダ ヒロノリ)
山口大学 大学院創成科学研究科 工学系学域 教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
広島大学 財務・総務室 広報部 広報グループ
山口大学 総務企画部 総務課 広報室
科学技術振興機構 広報課