ニホンミツバチの病気に強い理由の解明に活用
2019-02-27 農研機構,東京農業大学,京都産業大学
ポイント
農研機構、東京農業大学、京都産業大学は共同で、ニホンミツバチのフルゲノム配列の解読に成功しました。ニホンミツバチは、一般に飼養されているセイヨウミツバチと比べ、病気に強いなど有用な性質を持っています。今回解読されたニホンミツバチのゲノムをセイヨウミツバチのゲノムと比較することで、両種の病気に対する抵抗性などを遺伝子レベルで解析できます。この成果はより有用なミツバチ利用技術の開発に貢献します。
概要
ミツバチは、蜂蜜などの蜂産品の生産や、作物の受粉に活用できる、農業上とても重要な昆虫です。特にセイヨウミツバチは、家畜として長年にわたり改良が進められ、高い貯蜜能力などの優れた性質を持っています。その一方で、近年は病気や寄生虫(ダニ)、農薬などによる蜂群の弱体化が問題となっています。
ニホンミツバチ(写真)はセイヨウミツバチの近縁種で、日本在来の野生種です。病気や寄生虫に強いなど、セイヨウミツバチにはない有用な特性を持つことが知られています。
農研機構は、共同研究機関と共に、ニホンミツバチのゲノム塩基配列を高い精度で解読しました。解読されたニホンミツバチのゲノムを、既に解読されているセイヨウミツバチのゲノムと比較することで、両種の病気に対する強さなどを遺伝子レベルで解析できるようになりました。
本成果は、ヨーロッパの科学専門誌「ヨーロッパ昆虫学会誌(European Journal of Entomology)」に2018年11月14日に掲載されました。
関連情報
予算:東京農業大学生物資源ゲノム解析センター「生物資源ゲノム解析拠点」共同研究事業
問い合わせ先など
研究推進責任者 : 農研機構 畜産研究部門 研究部門長 塩谷 繁
研究担当者 : 農研機構 畜産研究部門 家畜育種繁殖研究領域 主席研究員 木村 澄
農研機構 生物機能利用研究部門 遺伝子利用基盤研究領域
(併任)農研機構農業情報研究センター農業AI研究推進室 研究員 横井 翔
東京農業大学生命科学部 教授 矢嶋 俊介
京都産業大学総合生命科学部 准教授 高橋 純一
広報担当者 : 農研機構 畜産研究部門 広報プランナー 木元 広実
詳細情報
開発の社会的背景
セイヨウミツバチ(Apis mellifera)(写真1)は欧州原産のミツバチで、日本を含め世界中で蜂蜜などの蜂産品の生産に利用されています。また、世界で生産されている約7割の作物の花粉を運ぶことができます。その価値はアメリカだけでも20億ドルと試算されており、日本でも施設栽培のイチゴなどの受粉に8万群以上が活躍しています。セイヨウミツバチは家畜として長年にわたって改良が進められ、高い貯蜜能力などの優れた性質を持っています。しかし近年、病気や寄生虫(ダニ)の蔓延、農薬への曝露等に伴う蜂群の弱体化が問題となっています。
セイヨウミツバチの近縁種にトウヨウミツバチ(Apis cerana)が知られています。ニホンミツバチ (Apis cerana japonica、写真1)はトウヨウミツバチの亜種で、青森から鹿児島(奄美群島)まで野生種として分布しています。日本では、明治以前はニホンミツバチによる養蜂が行われており、現在でも一部の地域では飼養されています。
ニホンミツバチを含むトウヨウミツバチは、セイヨウミツバチで問題となる、アメリカ腐蛆ふそ病1)やヘギイタダニ2)に強い、という有用な性質を持っています。また、養蜂の天敵であるオオスズメバチを集団で取り囲んで熱死させる方法も備えています。以前から、ニホンミツバチの特徴を利用してセイヨウミツバチを改良するというアイデアはありました。しかし、両種間に雑種はできず、交配育種ではニホンミツバチの有用形質をセイヨウミツバチに導入できません。そのためにニホンミツバチをセイヨウミツバチの改良に利用する研究は進展していませんでした。
研究の経緯
セイヨウミツバチのゲノムが2006年に世界中の研究者が集まったコンソーシアムによって解読されました。その後、2015年に韓国、2018年に中国でトウヨウミツバチ(ニホンミツバチとは別の亜種)のゲノムが解読されました。
これらのミツバチのゲノムと比較することで、ニホンミツバチの特徴の遺伝的背景を明らかにし、それをセイヨウミツバチの改良に役立てるという考えのもと、農研機構は共同研究機関と共に、2016年にニホンミツバチのゲノム解析を始めました。
研究の内容・意義
ニホンミツバチの雄蜂3)からゲノムDNAを取り出し、次世代シークエンス4)技術を用いて塩基配列を解読しました(解読手法については図1)。得られたニホンミツバチゲノムの特徴は以下の通りです。
1.得られたゲノム配列は全長211Mbp(約2億1千万)塩基対で、ニホンミツバチゲノムのすべてをカバーしていました。3つの異なるDNAシークエンス方法で得られたデータを組み合わせることで非常に精度の高い配列情報が得られました。このような手法でゲノム配列を高精度に決定した研究事例はほとんどありません。
2.精度の高い配列情報が得られたので、ゲノム情報から推測されたニホンミツバチの遺伝子数は13,222個と、セイヨウミツバチの10,157個、他のトウヨウミツバチ亜種の10,182~10,651個より多くの遺伝子が見つかりました。
3.ゲノム解析の結果、一般的にみられる免疫に関わる遺伝子がすべて見つかり、ニホンミツバチは他の昆虫と同様の免疫機構を持つことが示唆されました。韓国のトウヨウミツバチのゲノム解析では、セイヨウミツバチでは同定されているいくつかの免疫関連遺伝子が見つかっていませんでした。
4.ゲノム中に存在するトランスポゾン5)は、これまで報告されたミツバチと同様に他の昆虫種よりも少なく5.3%程度であることがわかりました。
今後の予定・期待
得られたニホンミツバチのゲノム情報を、既に解読されているセイヨウミツバチのゲノム情報と合わせて解析することで、遺伝子レベルで両者を比較することが可能となりました。農研機構では、まず、ミツバチの免疫に関わる遺伝子群について両種の比較解析を進める予定です。
また、他のハチ目昆虫の中で、ミツバチ類が辿って来た進化の過程を理解する糸口となり得る成果であり、基礎的な研究に対しても大きな貢献を果たすものと期待されます。農研機構では、このゲノム情報を基盤として、他のトウヨウミツバチ亜種や近縁ミツバチ種のゲノム解析あるいは再解析を進めていきます。
用語の解説
1)アメリカ腐蛆病 : アメリカ腐蛆病菌 (Paenibacillus larvae) により引き起こされるミツバチの幼虫を侵す伝染病。養蜂において最も重要な疾病で、日本では家畜伝染病予防法で家畜伝染病に指定されています。ニホンミツバチにはほとんど感染しません。
2)(ミツバチ)ヘギイタダニ(Varroa destructor) : ミツバチに外部寄生する吸血性のダニ。寄生によって起こる吸血、あるいは吸血孔からの細菌・ウィルス感染によって蜂群が弱体化します。これらの症状をバロア病と総称します。ミツバチヘギイタダニの蔓延は世界中の養蜂で問題となっています。バロア病は日本では家畜伝染病予防法で監視伝染病(届出伝染病)に指定されています。ミツバチヘギイタダニはもともとトウヨウミツバチの寄生虫でしたが、ニホンミツバチへの影響はセイヨウミツバチほどは大きくありません。
3)雄蜂(からゲノムDNA取り出し) : 雄蜂は1倍体(染色体が一組)、雌蜂(女王と働き蜂)は2倍体(染色体が二組)なので、雄蜂から抽出したDNAを利用すれば、染色体間の配列の差を考慮せずにゲノム解析を行うことができます。
4)次世代シークエンス : 切断された数千万から数億のDNA断片の塩基配列を同時並行的に決定し、コンピュータを用いてつなぎ合わせる手法。従来のシーケンス法よりもはるかに膨大な塩基配列情報を短時間で得ることができます。
5)トランスポゾン(転位因子) : ゲノムの位置を転移することができる塩基配列の総称。転移することで突然変異を引き起こすことから、進化に重要な働きを持つと考えられます。なぜミツバチでは、その数が少ないかは、進化生物学上、興味深い「謎」の一つです。
発表論文
Yokoi, K., Uchiyama, H., Wakamiya, T., Yoshiyama, M., Takahashi, J., Nomura, T., Furukawa, T., Yajima, S., & Kimura, K. (2018) The draft genome sequence of Japanese honey bee, Apis cerana japonica(Hymenoptera: Apidae) European Journal of Entomology 115: 650-657
参考図
写真1 ニホンミツバチ(左)とセイヨウミツバチ(右)
図1 ゲノム配列決定のスキーム
現在、DNA配列を決定する方法は複数ありますが、本研究では三種類の方法を併用し、性質の異なるシークエンスデータを取得しました。これらの情報を相補的に活用し、組み合わせることで、正確かつ完全長のゲノム配列を決定することができました。