植物が芽を増やすための太古から受け継がれた仕組みを解明

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2019-11-12 京都大学

安居佑季子 生命科学研究科助教、河内孝之 同教授、石崎公庸 神戸大学准教授、久保浩義 信州大学教授、大和勝幸 近畿大学教授、Klaus Theres マックスプランク植物育種学研究所博士らの研究グループは、陸上植物の共通祖先に近いコケ植物ゼニゴケを用いて、植物体から新たな芽をもつ独立したクローン個体を増殖させるための重要な因子を同定することに成功しました。さらに今回発見した因子は、被子植物の芽を増やす働きをもつ因子と共通する起源をもつことも明らかとなりました。

今回の発見は、植物が生涯、芽を増やし続ける仕組みの起源が、コケ植物と被子植物が別れた4億年以上前に遡ることを示唆しています。今後、この因子が関わる芽を増やす仕組みを更に解析することで、農業や園芸分野において、様々な植物を効率よく増産させる技術の改良に貢献できると期待されます。

本研究成果は、2019年11月8日に、国際学術誌「Current Biology」に掲載されました。

植物が芽を増やすための太古から受け継がれた仕組みを解明

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1016/j.cub.2019.10.004

Yukiko Yasui, Shigeyuki Tsukamoto, Tomomi Sugaya, Ryuichi Nishihama, Quan Wang, Hirotaka Kato, Katsuyuki  T. Yamato , Hidehiro Fukaki, Tetsuro Mimura, Hiroyoshi Kubo, Klaus Theres, Takayuki Kohchi and Kimitsune Ishizaki (2019). GEMMA CUP-ASSOCIATED MYB1, an Ortholog of Axillary Meristem Regulators, Is Essential in Vegetative Reproduction in Marchantia polymorpha. Current Biology.

詳しい研究内容について

植物が芽を増やすための 太古から受け継がれた仕組みを解明

神戸大学大学院理学研究科の安居佑季子研究員(現・京都大学助教)、石崎 公庸准教授らと、京都大学大学院生命科学研究科・河内孝之教授、信州大学理 学部・久保浩義教授、近畿大学生物理工学部・大和勝幸教授、マックスプラン ク植物育種学研究所・Klaus Theres博士らの共同研究グループは、陸上植物 の共通祖先に近いコケ植物ゼニゴケ※1を用いて、植物体から新たな芽をもつ独 立したクローン個体を増殖させるための重要な因子を同定することに成功しま した。さらに今回発見した因子は、被子植物の芽を増やす働きをもつ因子と共 通する起源をもつことも明らかとなりました。
今回の発見は、植物が生涯、芽を増やし続ける仕組みの起源が、コケ植物と 被子植物が別れた4億年以上前に遡ることを示唆しています。今後、この因子 が関わる芽を増やす仕組みを更に解析することで、農業や園芸分野において、 様々な植物を効率よく増産させる技術の改良に貢献できると期待されます。
この研究成果は、11月8日(日本時間)に、米国の学術誌「Current Biology」に掲載されました。

ポイント
✓コケ植物ゼニゴケで、体細胞クローン繁殖体である無性芽を新生する場を作るのに必 須な遺伝子として GCAM1 を発見しました。
✓ GCAM1 遺伝子がコードするタンパク質をゼニゴケで過剰に機能させると、幹細胞※2 の性質を持つ未分化状態の細胞が増殖しました。
✓ GCAM1 遺伝子は、植物に広く保存されている R2R3-MYB 型転写因子をコードして おり、被子植物の同じ種類の遺伝子は腋芽※3形成に機能することが知られています。
✓コケ植物の無性芽と被子植物の腋芽は無性的に芽を増殖する点で共通しており、本研 究の成果は、植物の増殖システムの基本原理とその進化の道筋の解明に貢献します。

研究の背景
植物は生涯を通して成長点である芽、幹細胞を持ち続け、葉や花などの器官分化を繰り返 します。また多くの植物は、幹細胞の維持のみならず、新たに生み出すことができます。ク ローン個体を介した無性生殖もその例で、腋芽が地下部の塊茎となるジャガイモ、地上部の 腋芽が独立して脱離するヤマイモのムカゴや、葉の周縁部から新たな植物体ができるコダ カラベンケイソウがこれにあたり、これらの繁殖様式は栄養繁殖と呼ばれています。栄養繁 殖で生み出されるクローン個体は、元個体と同じ遺伝型を持つため、効率よく増殖させるこ とで、優れた形質をもつ個体を安定して増産することが可能になります。このため、植物の 栄養繁殖は農業や園芸分野で広く利用されていまが、その仕組みには不明な点が多く残さ れています。
本研究グループは、植物進化の基部に位置するコケ植物ゼニゴケに着目して、研究を進め ています。ゼニゴケは、非常に繁殖力が強い植物ですが、その理由の一つとして、クローン 繁殖体である無性芽を大量に作ることが挙げられます(図 1)。ゼニゴケの無性芽は、体の 表面にできる杯状体という器官の中で作られます。最近、本研究グループによって、杯状体 の中で無性芽の形成が開始される分子メカニズムが明らかにされました。しかし、無性芽が できる場が、どのようにしてできるかの分子メカニズムは全く分かっていませんでした。


図 1 クローン個体を介するゼニゴケの栄養繁殖
A: ゼニゴケの杯状体。中に無性芽ができているのが見える。
B: 無性芽の拡大写真。幹細胞としての性質を持つメリステムを両側に持つ。矢印はメリス テムを指す。
C: 無性芽が葉状体に成長した写真。成長点であるメリステムが分岐して成長していく。

研究の内容
本研究グループでは、網羅的な遺伝子発現解析により、杯状体で高く発現している遺伝子 群を同定し解析していました。その中に含まれていた転写因子の 1 つに着目し、GEMMA CUP-ASSOCIATED MYB1 (GCAM1) と名付けました。GCAM1 遺伝子を欠損させた変異 体を作出したところ、この変異体では杯状体が全くできないことがわかりました(図 2)。 変異体において、杯状体以外の植物の成長は正常であったことから、GCAM1 遺伝子がコー ドする GCAM1 タンパク質は杯状体発生に特異的に機能する杯状体形成のマスター制御因 子であることがわかりました。


図 2 gcam1 変異体の表現型
上段: 生育 3 週間の植物体
下段: 杯状体断面の切片観察像。赤矢印は 気室を、青矢印は腹鱗片を指す

次に、GCAM1 タンパク質が実際にどのような機能を持つことで、杯状体発生を制御して いるかを調べるため、ゼニゴケの生体内で GCAM1 を過剰に機能させることができる株を 作出しました。GCAM1 の機能が過剰になると、正常な植物の成長が起こらず、幹細胞とし ての性質を持つ未分化状態の細胞が増殖しました(図 3)。このことから、野生型における GCAM1 は、杯状体ができる領域において、幹細胞的な性質を維持し、杯状体と無性芽形成 を制御していると考えられました。


図3 GCAM1を過剰に機能させた時 の表現型
上段: 生育 2 週間の植物体
下段: 走査型電子顕微鏡での観察像

GCAM1 遺伝子は R2R3-MYB 型転写因子をコードしていますが、被子植物の同じ種類の 遺伝子(シロイヌナズナ※4の RAXs やトマトの Blind)は腋芽形成に機能することが知ら れています。そこで、進化的な関係を調べるため、モデル被子植物であるシロイヌナズナを 用いた解析を進めました。シロイヌナズナにおいて RAXs 遺伝子を欠損させた変異体では、 野生型に比べ腋芽の数が少なることが知られています。そこで、この変異体にゼニゴケの GCAM1 遺伝子を導入したところ、腋芽の数が回復しました。このことは、ゼニゴケの GCAM1 遺伝子が、シロイヌナズナにおいて、腋芽形成に機能し得ることを示しており、 GCAM1 とシロイヌナズナの遺伝子がオーソログ※5の関係にあることがわかりました(図 4)。


図 4 本研究の概略図(イラスト:前 原菜穂)
GCAM1 はゼニゴケの杯状体形成に、 被子植物のオーソログである因子は、 腋芽形成に機能する。杯状体内にでき る無性芽と腋芽はどちらも無性的に 芽を増殖する点で共通している。

今後の展開
ゼニゴケの GCAM1 遺伝子と被子植物の腋芽形成を制御する遺伝子がオーソログの関係 にあったことから、ゼニゴケの杯状体と被子植物の腋芽には共通の仕組みがある可能性が 考えられます。
多くの主要作物は被子植物であり、その腋芽形成の制御技術は、農作物の増産に直接的に 関わります。今後、GCAM1 が関わる遺伝子制御のネットワークを調べ、被子植物との共通 性を明らかにする事で、ゼニゴケの栄養繁殖にとどまらず、植物が新たな芽を増産する共通 の基本メカニズムが解明され、農産物を効率よく生産する技術の基盤となることが期待さ れます。

用語解説
※1 ゼニゴケ:コケ植物タイ類に属する(学名 Marchantia polymorpha)。2017 年に全ゲ ノム配列が解読され、実験室での培養が容易、遺伝子導入や遺伝子改変が容易などの理由か ら、新たなモデル植物として注目されている。
※2 幹細胞: 自己複製能力と様々な細胞に分化する能力を持つ特殊な細胞のこと。
※3 腋芽:茎と葉の間に形成されるの芽のこと。植物によっては枝分かれした茎の基部か ら発根するため新たなクローン個体の形成と捉えることができる。
※4 シロイヌナズナ: 被子植物アブラナ科の一年草(学名 Arabidopsis thaliana)。2000 年に全ゲノム配列が解読され、モデル植物として植物研究の材料に広く使われている。
※5 オーソログ: 進化上、種を超えて共通の祖先型遺伝子を持つと考えられる遺伝子であ り、種分化により派生した相同遺伝子のこと。

謝辞
本研究は神戸大学を中心に、京都大学、信州大学、マックスプランク植物育種学研究 所、近畿大学の協力により行われました。また、本研究は以下の研究助成を受けて行われ ました。
・ 科学研究費新学術領域研究(No. 18H04836, 25113009, 25119711, 15H01233, 17H06472)
・ 科学研究費基盤研究(B)(No. 15H04391, 19H03247)
・ 科学研究費若手研究 (No. 19K16167)
・ 基礎生物学研究所 共同利用研究 ・
・ 旭硝子財団研究助成
・ サントリー生命科学財団 SUMBOR GRANT

論文情報
・タイトル
“GEMMA CUP-ASSOCIATED MYB1, an Ortholog of Axillary Meristem Regulators, Is Essential in Vegetative Reproduction in Marchantia polymorpha”

・著者 Yukiko Yasui,1,2# Shigeyuki Tsukamoto,1,# Tomomi Sugaya,3 Ryuichi Nishihama,2 Quan Wang,4 Hirotaka Kato,1 Katsuyuki T. Yamato,5 Hidehiro Fukaki,1 Tetsuro Mimura,1 Hiroyoshi Kubo,3 Klaus Theres,4 Takayuki Kohchi,2 and Kimitsune Ishizaki1*
1 神戸大学大学院理学研究科
2 京都大学大学院生命科学研究科
3 信州大学理学部
4 マックスプランク植物育種学研究所
5 近畿大学生物理工学部

#共同筆頭著者
*Corresponding author

・掲載誌
Current Biology

生物工学一般生物化学工学
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