2020-04-23 国立精神・神経医療研究センター ,筑波大学,大阪大学
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第一部の西野一三部長、井上道雄流動研究員、Jantima Tanboon流動研究員とトランスレーショナル・メディカルセンターの平川信也科研費研究員、立森久照室長、筑波大学医学医療系皮膚科の沖山奈緒子講師、大阪大学大学院医学系研究科皮膚科学の藤本学教授らの研究グループは、炎症性筋疾患である皮膚筋炎の患者さんの中に、皮疹(皮膚に生じる発疹)のない皮膚筋炎が存在することを証明し、それは自己抗体である抗NXP-2抗体と関連することを示しました。
図1. 皮膚・筋の症状と皮膚筋炎のカテゴリーの関係
皮膚筋炎は特徴的な皮膚症状と筋力低下をきたす炎症性筋疾患(※1)で、国内にはおよそ17,000名の患者さんがいると推定されています。皮膚筋炎の患者さんの中には、皮膚の症状があるものの筋肉の異常は明らかでないグループがいることが以前から言われており、無筋症性皮膚筋炎と呼ばれます。一方で、筋症状はあるが皮疹のない皮膚筋炎 (Dermatomyositis sine dermatitis) については少数の報告があるのみで、その存在は広く受け入れられてはいませんでした(図1)。
皮膚筋炎のマーカーであるミクソウイルス耐性タンパク質A (MxA)(※2)を用いて筋病理学的に診断した皮膚筋炎の患者さんのうち、皮膚筋炎特異的自己抗体(※3)を完全に測定されている182人を対象としました。そして、182人のうち14人 (8%) を皮疹のない皮膚筋炎と診断し、皮疹のない皮膚筋炎の存在を証明しました。さらに、14人のうち12人 (86%) では、抗NXP-2抗体が陽性であり、皮疹のない皮膚筋炎と抗NXP-2抗体の関連を明らかにしました。
近年、皮膚筋炎の発症メカニズムに対して特別に効果を持つ治療が開発されてきており、これまで以上に皮膚筋炎をその他の筋炎と区別して診断することの重要性が高まっています。この研究結果により、これまでは多発筋炎など別の筋炎と診断されていた患者さんが、皮膚筋炎と正しく診断される様になり、将来的に患者さんの治療が改善することが期待されます。
本研究は、NCNPと筑波大学、大阪大学との共同研究として行われたもので、研究成果は、日本時間2020年4月21日(火)午前4時(米国東部標準時2020年4月20日午前 11時)に米国科学誌『JAMA Neurology』オンライン版に掲載されました。
■研究の背景
特発性炎症性筋疾患 (以下、筋炎) は主に骨格筋に炎症性変化をきたす、自己免疫が原因と考えられる疾患です。これまで長く使われてきた筋炎の分類では、皮膚に症状がある筋炎を「皮膚筋炎」、ないものを「多発筋炎」と分類してきました。しかし、近年、筋炎に関連する自己抗体の発見、筋肉の病理学的な検討、遺伝子発現の解析などにより、より詳細な、病気の発症メカニズムにあてはまった分類が使われる様になってきました。
皮膚筋炎については、5種類の自己抗体が発見され、それぞれに特徴的な症状と結びつきが強いことがわかってきました。一例として、抗MDA5抗体は、筋肉に症状がない皮膚筋炎との結びつきが強いことがわかっています。
一方で、皮疹のない皮膚筋炎については、これまでの分類では多発筋炎とされてきたため、少数の報告があるのみで、その存在は広く認められていませんでした。
■研究の内容
我々は、筋病理学的に皮膚筋炎と確実に診断した例を選び出すため、皮膚筋炎の診断マーカーであるMxA(※2)を用いました。筋線維でMxAが陽性となった皮膚筋炎の患者さんのうち、皮膚筋炎特異的自己抗体(※3)が完全に測定されている182人を対象として、症状や病理所見、自己抗体の検討を行いました。
そして、182人のうち14人 (8%) は筋生検時に皮疹がみられず、皮疹のない皮膚筋炎と診断し、その存在を明らかにしました。さらに、従来の皮疹のある皮膚筋炎の患者さんにおいて抗NXP-2抗体陽性は28%(168人中47人)であったのに対して、皮疹のない皮膚筋炎の患者さん14人のうち12人 (86%) では抗NXP-2抗体が陽性であり、皮疹のない皮膚筋炎と抗NXP-2抗体の関連を明らかにしました(粗オッズ比 15.45、95%信頼区間 3.33-71.63、p値 <0.001)。
さらに、これら14人の皮疹のない皮膚筋炎の患者さんをフォローアップしました。前述の無筋症性皮膚筋炎の診断基準を用いて、皮疹がない期間を発症後2年以上と限定した場合でも、依然として皮疹のない皮膚筋炎の患者さんは9人存在し、抗NXP-2抗体との関連がある(皮疹なし 89% vs 皮疹あり 28%、粗オッズ比 20.33、95%信頼区間 2.48-166.96、p値 = 0.005) ことを明らかにしました。
■今後の展望
本研究成果で、皮膚筋炎の患者さんの中には、皮疹がない患者さんが一定数存在することがわかりました。今後、皮疹のない筋炎の患者さんにおいても、診断のために自己抗体の測定、筋生検がなされることが期待されます。
皮膚筋炎の発症メカニズムに1型インターフェロンが重要な役割を果たすことが明らかにされています。さらに近年、1型インターフェロンが様々な作用を引き起こす際の「JAK-Stat経路」をブロックする治療薬が開発されており、皮膚筋炎に対して効果が報告されています。この薬剤は理論的には他の筋炎ではなく皮膚筋炎に有効と考えられるため、皮疹がない皮膚筋炎の患者さんを正しく診断することによって、将来的にそれらの薬剤が使用できる可能性があります。
■用語解説
※1 炎症性筋疾患:
主に筋肉(骨格筋)に炎症性変化をきたす疾患です。自己免疫(免疫系が自分自身の正常な組織を傷害してしまうことで症状を起こすこと)によるものを、特に特発性炎症性筋疾患と呼びます。
※2 ミクソウイルス耐性タンパク質A (myxovirus resistance protein A; MxA):
細胞内で様々なウイルスに対して抗ウイルス活性を持つタンパク質であり、1型インターフェロンの作用によって誘導され(タンパク質が作られ)ます。筋病理において、MxAに対する抗体を用いた免疫染色が皮膚筋炎の診断に非常に有用であることを我々は過去に報告しています。
※3 皮膚筋炎特異的自己抗体:
自己免疫によって自分自身の細胞や組織に対して産生される抗体のことを自己抗体といいます。皮膚筋炎の患者さんの血液中だけで検出される自己抗体を皮膚筋炎特異的自己抗体と呼び、現在、抗NXP-2抗体、抗MDA5抗体を含む5つの皮膚筋炎特異的自己抗体が報告されています。
■原論文情報
・論文名:Association of Dermatomyositis Sine Dermatitis With Anti-Nuclear Matrix Protein 2 Autoantibodies
・著者:Michio Inoue, Jantima Tanboon, Shinya Hirakawa, Hirofumi Komaki, Takeshi Fukushima, Hiroyuki Awano, Takashi Tajima, Kenji Yamazaki, Ryutaro Hayashi, Tatsuo Mori, Kazumoto Shibuya, Takahiko Yamanoi, Hajime Yoshimura, Tomohiro Ogawa, Atsushi Katayama, Fuminobu Sugai, Yoichi Nakayama, Satoko Yamaguchi, Shinichiro Hayashi, Satoru Noguchi, Hisateru Tachimori, Naoko Okiyama, Manabu Fujimoto, Ichizo Nishino
・掲載誌:JAMA Neurol. 2020 Apr [Epub ahead of print]
・DOI:10.1001/jamaneurol.2020.0673
■助成金
本研究成果は、以下の補助金・事業・助成金によって行われました。
●国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費
●日本学術振興会 科学研究費助成事業 (JP18K08263)
■お問い合わせ先:
【研究に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター
神経研究所 疾病研究第一部室長 西野 一三(にしの いちぞう)
【報道に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係
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筑波大学 広報室
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