「DIAMonDS」でハエの一生を記録する~ショウジョウバエの個体別活動測定システムを開発~

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2020-11-10 理化学研究所,山形大学,筑波大学,日本医療研究開発機構

理化学研究所(理研)開拓研究本部眞貝細胞記憶研究室の成耆鉉協力研究員(研究当時)、山形大学の姜時友助教、松村泰志博士研究員(研究当時)、筑波大学の丹羽隆介教授、島田裕子助教の共同研究グループは、ショウジョウバエの一生で起こる蛹化・羽化・死亡のタイミングを、個体別に自動で大量に測定できる新しいシステムを開発しました。

本研究成果は、モデル生物であるショウジョウバエを用いたさまざまな研究の進展だけでなく、毒性実験や創薬など医学・農学分野への応用に貢献すると期待できます。

生物の各成長段階の期間の長さは、個体内外のさまざまな要因の影響を受け、その結果として決まります。そのため、各成長段階の転換時点を詳細に測定できれば、遺伝子や環境因子、複合的な相互作用の解析など、さまざまな研究に利用できます。今回、共同研究グループは、ショウジョウバエの蛹化・羽化・死亡のタイミングを個体別に測定するシステム「Drosophila Individual Activity Monitoring and Detection System;DIAMonDS(ダイヤモンズ)」を開発しました。DIAMonDSは市販の比較的安価な商品で構築され、独自に開発したソフトウェアSapphire(サファイア)を導入したことで、低コストかつ高精度に測定できるという利点があります。

本研究は、オンライン科学雑誌『eLife』(2020年11月10日付:日本時間2020年11月10日)に掲載されます。

研究支援
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業AMED-CREST「全ライフコースを対象とした個体の機能低下機構の解明」研究開発領域における研究開発課題「成長期の栄養履歴が後期ライフステージに与える機能低下のメカニズム(研究開発代表者:上村匡)」および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ「生体における動的恒常性維持変容機構の解明と制御(研究総括:春日雅人)」の研究課題「胎児プログラミング仮説の分子機構の解明と医療への応用(研究代表者:成耆鉉)」による支援を受けて行われました。
背景

生物は、受精卵から発生し、発達段階を経て成熟し、やがて死を迎えます。例えば、ヒトでは、出生から乳幼児期、思春期、成人期、更年期、老年期、そして死というように、その特徴から成長段階を区分けできます。各成長段階の期間の長さは、個体内外のさまざまな要因の影響により決まってきます(図1)。ヒトなどでは、各成長段階の時間間隔は非常に長く、これらの時間を扱うことは現実的ではありません。また、多くの動物では、発生、発達が連続的に進むため、たとえ短い生活環[1](ライフサイクル)の動物でも、成長段階の転換時点の厳密な測定は極めて難しい作業です。

一方、完全変態昆虫[2]は、卵、幼虫、蛹、成虫というように発生が進むにつれて、その形態や行動が劇的に変化するため、各成長段階の転換時点を厳密に測定できます(図1)。しかし、生活環が短い昆虫を扱っても、孵化、蛹化、羽化、死亡など転換時点を個体別に厳密に目視測定することは、非常に大変な作業でした。

図1 ショウジョウバエの一生と個体に与える外部・内部環境の影響生物の各成長段階の期間の長さは、個体内外のさまざまな要因の影響を受け、その結果として決まってくる。つまり、各成長段階の転換時点や期間を詳細に測定できれば、遺伝子や環境因子、または複合的な相互作用の解析など、さまざまな研究に利用できる。


キイロショウジョウバエ[3](以下、ショウジョウバエ)は完全変態昆虫であり、生活環も約10日間と非常に短く、優れたモデル生物の一つです。これまでにショウジョウバエを用いた研究成果が、基礎生物学から医療分野まで多岐にわたり大きく貢献しています。そこで、共同研究グループは、今回「ショウジョウバエの一生の全てを測定し、自動記録するシステムの開発」を目指し、研究を開始しました。

研究手法と成果

今回、共同研究グループは、ショウジョウバエの蛹化・羽化・死亡のタイミングを個体別に測定するシステム「Drosophila Individual Activity Monitor and Detection System;DIAMonDS(ダイヤモンズ)」を開発しました。

開発にあたって最初に、ショウジョウバエの一生にわたる活動状態に着目しました。すると、胚期は静的状態、幼虫期は動的状態、蛹期は静的状態、成虫期は動的状態、死亡は静的状態にあることから、ショウジョウバエの一生は、静的状態と動的状態の繰り返しであることが分かりました。これを利用し、静・動の活動状態を正確に測ることができれば、成長段階の転換時点である蛹化・羽化・死亡のタイミングを厳密に測定できると考えました。

まず、システムのハード面では、個体別に一連の成長段階の活動を測定でき、ハイスループットで対応できる比較的安価な汎用製品や素材によって構築することにしました。そこで、市販のスキャナーを用いて、ショウジョウバエを1個体ずつ穴(ウェル)に入れたマイクロプレートを、短い時間間隔(1、5、15分など)で自動的に連続スキャンすることで、タイムラプス画像データを取得する方法を採用しました。例えば、蛹化・羽化測定ではそれぞれ2週間、寿命測定では3カ月間、自動でスキャン画像を撮り続けます。

さらに、得られたタイムラプス画像データを解析し、蛹化・羽化・死亡のタイミングを検出するソフトウェア「Sapphire(サファイア)」を開発しました。Sapphireの開発では、生きている昆虫だからこそ起こる、個体が入ったマイクロプレートの穴ごとのさまざまな状態変化によるノイズをいかに軽減させられるかが課題でしたが、それは機械学習[4]を用いることで解決しました(図2)。

図2 ショウジョウバエの個体別活動測定システム「DIAMonDS」の概要まず、ショウジョウバエをマイクロプレートの穴に1個体ずつ入れ、それをスキャナーにセットし、連続スキャンによりタイムラプス画像を取得する。そして、得られたタイムラプス画像を独自に開発した画像データ解析ソフトSapphireで解析し、ショウジョウバエの蛹化、羽化、死亡のタイミングを自動検出する。蛹化、羽化の測定には96穴型マイクロプレート、死亡の測定には96穴型と384穴型マイクロプレートが使用できる。


DIAMonDSでは、目視測定と比較して、蛹化・羽化のタイミングは74~85%、死亡のタイミングは92%の測定精度を達成しました(図3)。この測定精度は、ハイスループットスクリーニングや、予備実験段階では十分に評価できる値です。さらに、Sapphireはグラフィカルユーザーインターフェース[5]を備えており、集団データの可視化やイレギュラーな個体の確認と除外、要約のファイル出力など一連のデータ管理作業を容易に行えることから、解析結果を少ない労力と時間で得られます。

図3 DIAMonDS-Sapphireで得られた解析結果の精度評価A:蛹化タイミングの測定精度(測定数250個体)を表すグラフ。縦軸・横軸のフレームとは静止画1枚分(コマ)のこと。Rは相関係数(Sapphireによる解析結果と目視測定の直線的な関係の強さを表す指標)、pは有意確率を示す。
B:羽化タイミングの測定精度(測定数240個体)。
C:成虫期に飢餓状態にした場合の死亡ポイント測定精度(測定数45個体)。
D:成虫期に飢餓状態にした場合の生存率(パーセント)と経過時間を示すグラフ。

今後の期待

DIAMonDSは、従来多大な労力を要したショウジョウバエの蛹化・羽化・死亡のタイミングを個体ごとに低コスト・低労力で簡単に測定できます。さらに、ハイスループットな解析にも十分対応できるため、生命科学における基礎的研究のみならず、毒性実験、農薬・医薬スクリーニングなど創薬にも応用できる可能性があります。例えば、化粧品や薬品などの細胞毒性を見るために、これまで多用されていた哺乳類を用いた動物実験の施行が困難な現在、その代替法として、本システムは有効利用できます。また、さまざまな疾患モデルショウジョウバエを使って、ハイスループットな化合物スクリーニングをすることにより、創薬のための新薬一次スクリーニングにも利用できます。さらに、ショウジョウバエ以外の動物(マイクロプレートサイズに収まる程度の動物)にも対応可能で、害虫に対する農薬開発など、さまざまな応用が期待できます(図4)。

図4 DIAMonDSの利点と利用赤枠はDIAMonDSの解析実施例、青枠はDIAMonDSの利点を、黄枠では対象をショウジョウバエ以外の動物にも広げられることを示している。緑枠は、DIAMonDSが多くの研究分野へ貢献できる可能性を持つことを示す。


今後は、蛹化・羽化・死亡だけでなく「個体一生の全てを自動記録する装置」の開発に向けて、DIAMonDSをさらに改良し、新しい挑戦を行っていきたいと考えています。

論文情報
タイトル
The Drosophila Individual Activity Monitoring and Detection System (DIAMonDS)
著者名
Ki-Hyeon Seong, Taishi Matsumura, Yuko Shimada-Niwa, Ryusuke Niwa, and Siu Kang
雑誌
eLife
DOI
10.7554/eLife.58630
補足説明
[1]生活環
生物において、前世代の生殖細胞から受精後の発生、発達、成熟期を経て、次世代の生殖細胞へとつながる過程が繰り返される様を、環状に捉えて表現した言葉。
[2]完全変態昆虫
昆虫における変態の一形式で、幼虫が極端に不活動状態になる蛹期を経て、成虫になる変態様式のことを完全変態といい、完全変態する昆虫を完全変態昆虫と呼ぶ。
[3]キイロショウジョウバエ
ハエ目ショウジョウバエ科の昆虫で、さまざまな研究分野でモデル生物として用いられている。体長2~3mm前後の大きさで、飼育が容易であり、遺伝学的な解析に適する。
[4]機械学習
膨大なデータをコンピュータに入力し、その中にある既知の特徴を繰り返しコンピュータに学習させるか、もしくはデータそのものからコンピュータに規則性を発見させることで、未知のデータに対する解答を自動で得る手法。
[5]グラフィカルユーザーインターフェース
コンピュータのユーザーインターフェースの一つで、ユーザーにとっての使いやすさを重視し、情報の提示において、マウスなどによる画面上の簡単な操作によって指示を送ることができるようにした手法。
発表者・機関窓口
発表者

理化学研究所 開拓研究本部 眞貝細胞記憶研究室
協力研究員(研究当時) 成 耆鉉(そん きひょん)

山形大学学術研究院 大学院理工学研究科担当
助教 姜 時友(かん しう)
博士研究員(研究当時) 松村 泰志(まつむら たいし)
E-mail:siu“AT”yz.yamagata-u.ac.jp(姜)

筑波大学 生存ダイナミクス研究センター
教授 丹羽 隆介(にわ りゅうすけ)
助教 島田 裕子(しまだ ゆうこ)

機関窓口

理化学研究所 広報室 報道担当
山形大学 エンロールメント・マネジメント部 EM・広報課 広報室
筑波大学 広報室

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課

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