山口県の野生イノシシの豚熱の感染源は約500km離れていた可能性~豚熱は近隣の野生イノシシだけではなく、距離を隔てて伝播する可能性にも注意が必要~

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2022-05-16 農研機構

ポイント

農研機構は、豚熱1)ウイルスの遺伝子の解析により、本年3月に山口県内で陽性と確認された野生イノシシ由来のウイルスが、昨年5月におよそ500km離れた紀伊半島東部で陽性と確認されたイノシシに由来するウイルスと最も近縁であることを明らかにしました。この結果は、ウイルスの長距離伝播に対する対策の必要性を示しています。

概要

2022年3月、山口県内で豚熱に感染した野生イノシシが確認されました。このイノシシの確認地点周辺では、これまでイノシシの陽性例が確認されていなかったため、ウイルスの感染源が注目されました。山口県で見つかったイノシシから得られたウイルスの遺伝子を、過去に国内で感染が確認されたイノシシ由来のウイルスと比較した結果、このウイルスは、兵庫県など山口県に比較的近い場所で見つかっていた感染イノシシに由来するウイルスではなく、昨年5月におよそ500km離れた紀伊半島東部で見つかった感染イノシシに由来するウイルスと最も近縁であることが分かりました。

2018年9月に岐阜県内の養豚場で26年振りに発生が確認された豚熱は、その後、野生イノシシでも感染が確認され、イノシシの感染地域の拡大とともに、イノシシの感染が確認された地点の近隣の養豚場での発生が続いています。野生イノシシ間での伝播は、おもに感染イノシシの周辺のイノシシが感染することで起こると考えられますが、まれに比較的離れた地域へも拡がることが知られています。今回、ウイルスの遺伝子情報から、実際にそうした長距離伝播が起こった可能性が示されました。このような長距離伝播がイノシシの移動やイノシシ間の接触等による感染のみによって起こる可能性は低いと考えられるため、豚熱ウイルスが何らかの人の活動を介して遠隔地に持ち込まれた可能性が懸念されます。

関連情報

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンスのうち課題解決型プロジェクト研究 (CSFの新たな総合的防除技術の開発)」JP 20319390

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構動物衛生研究部門 所長勝田 賢

研究担当者 :
同 越境性家畜感染症研究領域 グループ長山本 健久
同 越境性家畜感染症研究領域 グループ長深井 克彦

広報担当者 :
同 研究推進部 上級研究員山田 学

詳細情報

研究の社会的背景

日本は1992年の発生を最後に豚熱の清浄化を達成しましたが、2018年9月、岐阜県内の養豚場で26年ぶりとなる発生が確認されました。その後、発生農場の周辺の野生イノシシでも感染が確認され、イノシシの感染地域は徐々に拡大しました。陽性イノシシが発見された地域にある養豚場での発生が相次いだことから、イノシシの感染が認められた都府県やその隣接県などでは、すべての養豚場を対象に豚熱ワクチンの接種が開始されました。

2022年3月初旬の時点で、本州におけるイノシシの感染の最西端は兵庫県東部であったため、山口県、島根県、広島県はワクチン接種の対象地域に含まれていませんでした。そうした中、3月13日に山口県内で発見された死亡イノシシで豚熱の感染が確認されたことから、これらの3県についてもワクチンの接種が決定されました。

それまで兵庫県より西側での発生が認められていなかったことから、山口県で発見された陽性例については、イノシシ間での伝播を繰り返しながら、山口県まで拡大した可能性と、遠隔地から人の動きなどに伴って持ち込まれた可能性が考えられました。このため、感染イノシシから分離された豚熱ウイルスの遺伝子を比較することで、山口県の感染例のウイルスの起源の推定を行いました。

研究の経緯

野生イノシシでの感染状況を把握するため、現在、イノシシが生息する全国の都府県で、死亡して発見されたイノシシや狩猟等で捕獲されたイノシシを対象に豚熱の検査(サーベイランス)が実施されています。農研機構では、都府県から検査を依頼された豚やイノシシの検体に加えて、農林水産省の要請に応じて都府県から提供された豚熱感染イノシシの検体を用いて豚熱ウイルスの分離を試みるとともに、分離したウイルスの遺伝子解析を実施しています。今回、こうして得られた遺伝子の情報と、山口県の豚熱感染イノシシから分離されたウイルスの解析結果を比較することで、山口県のイノシシに由来するウイルスと近縁なウイルスを検索しました。

研究の内容・意義

山口県の感染イノシシ由来ウイルスを含むイノシシ由来の豚熱ウイルス330株と、発生農場由来の豚熱ウイルス84株について、豚熱ウイルス遺伝子のほぼ全長(11,826塩基長)を解析し、2つ以上のウイルス間で共通して認められる塩基変異を指標に比較したところ、

1.近畿地方のイノシシ間で流行したウイルスの遺伝子配列は、南部((図、黄色丸印)と北部(緑色丸印)で異なり、山口県のイノシシに由来するウイルス(赤色矢印)は、南部のウイルスに近いこと

2.山口県のイノシシに由来するウイルスに最も近いのは、2021年5月に三重県内で捕獲された野生イノシシ由来のウイルス(黄色矢印)であること

が示されました。

これらの結果から、山口県で見つかった感染イノシシへの感染は、紀伊半島東部 からウイルスが運ばれた結果である可能性が高いと考えられました。こうした拡大は、感染イノシシから近隣のイノシシへの感染や、感染イノシシの移動のみによって起こったとは考えにくく、何らかの人の活動を介して起こった可能性が考えられます。

ただし、この結果は、現時点で遺伝子情報が明らかになっている豚熱ウイルスのみを比較して得られたものであり、今後、その他の地域で山口イノシシ由来ウイルスの祖先に当たるウイルスが見つかることなどによって、異なる解釈になる可能性も残されています。

今後の想定

現在のところ九州ではイノシシの感染は認められていませんが、九州にも多くのイノシシが生息していることから、万一、ウイルスが侵入すれば容易に感染が拡大することが懸念されます。今回、遠隔地への伝播が起こった可能性が強く示唆されたことから、更なる流行の拡大を防止するためには、人為的な要因などによるウイルスの長距離伝播について一層の警戒が求められます。また、こうした感染拡大が起こった場合に、より早期に感染を把握するため、野性イノシシのサーベイランスを適切に実施し、イノシシにおける感染状況を正確に把握することが重要と考えられます。

用語の解説
1)豚熱
豚熱は豚熱ウイルスの感染による豚とイノシシの伝染病で、伝染力が強く治療法がないため、家畜伝染病予防法に基づいて感染動物の殺処分や予防のためのワクチン接種が行われています。
参考図

図 豚熱ウイルスの遺伝子情報が得られたイノシシ・農場の分布
大きい丸と四角は遺伝子解析を行ったウイルスの採材地点を示し、丸が野生イノシシ由来ウイルス、四角が発生農場由来ウイルスを示す。これらのシンボルの色は、遺伝子情報に基づいて全てのウイルスを103グループに分けたときのグループ別に色分けしている。薄い色の小さい丸は、2022年3月までの1年間で検査されたイノシシの採材地点を示し、青丸が検査陰性イノシシ、赤丸が陽性イノシシを示す。赤矢印は2022年3月に山口県で確認された野生イノシシ由来ウイルス。黄色矢印は2021年5月に三重県で確認された野生イノシシ由来ウイルス。

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