無花粉遺伝子をヘテロで保有する精英樹系統のリソースを構築

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2020-03-16    森林総合研究所林木育種センター, 九州大学

ポイント

・ 無花粉スギ「爽春」の無花粉遺伝子を、高い精度で検出できるDNAマーカーを活用し、全国の精英樹の中から無花粉遺伝子をヘテロで保有する精英樹を21系統同定。
・ これらの精英樹から、優れた無花粉スギ品種の開発が可能に。
・ 今後、花粉が飛散しない、成長の優れる遺伝的に多様なスギ品種の開発を推進。

概要

国立研究開発法人森林総合研究所林木育種センターと九州大学は、平成 28 年度に開発したスギの無花粉遺伝子を高い精度で検出できる DNA マーカー(注1)を活用して、全国の 3,312 精英樹(全国のスギ 3,670 精英樹のうち 90%にあたる)(注 2)を含むスギの育種素材 4,241 系統について、無花粉スギ遺伝子を保有する系統の探索を進めてきました。
その結果、合計 21 系統で無花粉遺伝子を保有するスギ系統の存在が明らかになり、日本各地で多様な無花粉スギ品種の開発が進められるようになりました。また、今回明らかにした系統には、成長等に優れるスギ精英樹も含まれていることから、既存の無花粉スギ品種よりも成長等の特性に優れた品種が開発できると期待されます。
今後この成果を活用し、林業や森林づくりに貢献する遺伝的に多様な無花粉スギ品種の開発を推進していきます。

予算:農林水産省委託プロジェクト研究「気候変動に適応した花粉発生源対策スギの作出技術開発」

問い合わせ先など

(研究に関すること)
研究推進責任者:森林総合研究所 林木育種センター  育種部長  高橋 誠
研究担当者: 育種第一課長  倉本 哲嗣  基盤技術研究室長  三嶋 賢太郎
九州大学大学院農学研究院  准教授  渡辺 敦史
(報道に関すること)
広報担当者 :森林総合研究所 林木育種センター 育種企画課 課長補佐 橋本 光司

背景・経緯

スギ花粉症は我が国の人口の約 1/3 が発症しているとされ、大きな社会問題の一つになっています。そのため、森林総合研究所は、都市部に影響を及ぼす花粉発生源の特定、薬剤や森林管理による花粉抑制技術の開発、花粉の発生量の少ない少花粉スギ品種や花粉を生産しない無花粉スギ品種といった花粉症対策品種の開発等に取り組み、花粉発生源を減少させることを目標とした林野庁の花粉発生源対策に貢献してきました。
令和2年1月末現在までに、森林総合研究所林木育種センターでは、スギ花粉症対策品種として、少花粉スギ品種を147品種、無花粉スギ品種7品種等を開発してきました。特に、花粉を全く生産しない無花粉スギ品種は花粉症対策として有効ですが、林木育種センターがこれまで開発してきた無花粉スギ品種は、関東地方と関西地方に限られており、東北地方や九州地方においても品種開発が望まれていました。
また、花粉発生源対策を推進しつつ、林業の成長産業化を後押ししていくためには、さらに成長等が優れた花粉症対策品種の開発等を推進していく必要があります。そこで、森林総合研究所林木育種センターでは、平成 17 年に開発した「爽春」を親として、成長に優れた無花粉スギ品種「林育不稔 1 号」「林育不稔 2 号」を開発してきましたが、健全な造林地の育成のためには、より多くの遺伝的に多様な品種の開発が必要でした。
一方、平成 28 年度、森林総合研究所林木育種センターと九州大学大学院農学研究院(渡辺敦史准教授)は、無花粉スギ「爽春」の無花粉遺伝子を高い精度で検出できる DNA マーカーを開発しました。これまで交配によって無花粉スギや無花粉へテロ個体を創出してきましたが、この DNA マーカーの開発により、雄花の着花を待たずに無花粉遺伝子を有することを容易に判別できるようになりました。そこでこの DNA マーカーを用いて、全国のスギ育種素材に対し無花粉スギ遺伝子を保有しているか探索を進めてきました。

成果

無花粉スギ「爽春」の無花粉遺伝子を高い精度で検出できる DNA マーカーを用いて、林業用の種苗生産に用いられるスギ精英樹 3,312 系統(全国のスギ 3,670 精英樹のうち 90%にあたる)を含む全国の 4,241 個体を対象として、無花粉ヘテロ個体を探索した結果、全国で合計 21 系統の存在が明らかになりました。この結果により、日本全国で遺伝的に多様な無花粉スギ品種の開発が進められるようになります。また、無花粉ヘテロ個体の多くは、成長等に優れる精英樹であることから、これら系統の間で交配することにより、これまでよりも成長に優れた無花粉スギ品種の開発が日本各地で進むことが期待されます。
一方、平成28年度に開発したDNAマーカーでは、高価な解析機器や試薬が必要なことから、令和元年度には、安価な分析機材と簡単な工程で分析が可能な、新たな DNA マーカーを開発しました(図1)このマーカー開発により、今後都道府県等においても無花粉ヘテロ個体の探索が可能となり、日本各地で無花粉スギ品種の開発が進むことが期待されます。
これらの成果は、農林水産省委託プロジェクト研究「気候変動に適応した花粉発生源対策スギの作出技術開発」で得られた研究成果です。

成果の意義と今後の展望

今回明らかになった 21 系統のヘテロリソースを活用することで、遺伝的に多様な無花粉スギ品種の開発を日本各地で進めることがこれまでより容易になります。今後、森林総合研究所林木育種センターでは、全国で、短期的かつ効率的に成長等の特性が優れ、遺伝的にも多様な無花粉スギの開発を進めてまいります。

用語の解説

(注 1)DNA マーカー:生物が持つ遺伝情報を規定している膨大な量の DNA(デオキシリボ核酸)の内、特定の部位の DNA で、特定の形質に関与する遺伝子の存在を示唆するものとして使われるもの。
(注 2)精英樹:成長の早いこと、幹が通直であること、病気や虫の害がないこと等を基準に全国の森林から選抜した個体。

本成果の発表

関連する研究論文
・三嶋賢太郎、平尾知士、坪村美代子(森林総研林育セ)、田村美帆(九大院農)、栗田学、能勢美峰、花岡創、高橋誠(森林総研林育セ)、渡辺敦史(九大院農):Identification of novel putative causative genes and genetic marker for male sterility in Japanese cedar (Cryptomeria japonica)〔スギにおける無花粉の原因候補遺伝子の特定と遺伝マーカーの開発〕.BMC genomics 19:277(2018)

・坪村美代子(森林総研林育セ)、郷田乃真人(九大院農)、平尾知士、三嶋賢太郎(森林総研林育セ)、小長谷賢一(森林バイオ)、田村美帆(九大院農)、高橋 誠(森林総研林育セ)、渡辺敦史(九大院農):雄性不稔スギ「爽春」の雄性不稔原因遺伝子を持つ個体を検出する簡易 DNA マーカーの開発.日本森林学会誌 101:155-162(2019)

関連するプレスリリース
・無花粉スギ「爽春」の無花粉遺伝子を有したスギを高い精度で検出できるDNAマーカーを開発。 プレスリリース(平成29年2月13日)

・成長にも優れた無花粉スギで花粉発生源対策と林業の推進に貢献。 プレスリリース(平成29年1月30日)

図、表、写真等


図1 無花粉遺伝子ヘテロで保有する個体を判別するために新たに開発した 簡易 DNA マーカーにより分析した場合に得られるバンドパターン

無花粉個体(aa)では157塩基の長さのDNA断片のみ、有花粉個体(AA)では345塩基の長さのDNA 断片のみが検出され、無花粉遺伝子をヘテロ接合で持つ有花粉個体(Aa)では両方のDNA断片が検出されます。これまでは高価な検出機器と試薬を用いて無花粉遺伝子を検出してきましたが、今回開発したマーカーでは、これまでより安価な分析機材と簡単な工程で分析が可能になりました。

【解説】
成長に優れ、遺伝的にも多様な無花粉スギ品種開発の流れ

品種改良の基本は、望ましい特性を持つ個体同士を交配して、得られた後代個体の中から優れた個体を選抜し、優れた次世代をつくるために交配と選抜を繰り返すことです。交配には種子親(♀)と花粉親(♂)が必要です。
「爽春」に代表される無花粉スギの特性は、1つの遺伝子で決められています。この遺伝子で無花粉となるタイプをaとし、無花粉にはならない通常のタイプをAとすると、無花粉スギでは、 その遺伝子が無花粉となるタイプのホモ接合(aa)となっています。したがって、有花粉のスギ個体(AA)と無花粉スギの間で一度交配しただけでは、無花粉遺伝子を有するものの花粉を生産する個体(無花粉遺伝子がヘテロ接合(Aa)となっている個体;ヘテロ個体)しか得られません。無花粉スギを得るためには、それらの個体を親としてもう一度無花粉スギやヘテロ個体との間で交配を行うことが必要になります。
遺伝的にも多様な無花粉スギ品種開発のためには、成長等が優れたヘテロ個体が必要ですが、今回明らかになった 21 のヘテロ個体(ヘテロリソース)は、今後無花粉スギ品種の親として活用することができます。以下にヘテロリソース活用の 2 つのケースを示します。ケース1では、ヘテロリソース中のヘテロ個体同士を交配させる場合です。この交配では、1回の交配により 1/4 の確率で新たな無花粉個体を得ることができます。また、1/2 の確率で新たなヘテロ個体も得られます。ケース2では、成長が優れた通常の個体(有花粉)とヘテロ個体を交配する場合です。この交配では、50%は有花粉個体となりますが、残りの 50%はヘテロ個体となります。
いずれのケースでも見た目からはヘテロ個体は分かりませんが、マーカーを用いて分析により、ヘテロ個体を明らかにすることができます。得られたヘテロ個体は、次世代の無花粉品種開発のための交配親(新たなヘテロリソース)として活用することができます。マーカーによる分析を苗木が 1 年目の段階で行うことで、早期に無花粉個体、ヘテロ個体を識別でき、効率化・省力化を図ることができます。
このように、無花粉品種の開発に向けた交配を行う度に、一定の割合で無花粉個体と新たなヘテロ個体が得られます。今回明らかになったヘテロリソースは、全国の成長の優れた複数の精英樹から構成されていますので、様々な種子親(♀)と花粉親(♂)の交配組み合わせを行うことで、成長に優れ遺伝的に多様な無花粉品種開発を全国で推進することが可能となります。

細胞遺伝子工学生物化学工学
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