力による細胞-細胞間接着の制御機構 〜力で組織が強くなるしくみ〜

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2020-03-18   基礎生物学研究所

基礎生物学研究所 形態形成研究部門の木下典行准教授、上野直人教授は米国プリンストン大学のIleana Cristea教授との国際共同研究で、アフリカツメガエルの初期胚に遠心力などの力をかけると細胞が変形し、その結果、細胞と細胞をつなぐ接着が強まり、組織が硬くなることを明らかにし、そのシグナル伝達のしくみの一部を解明しました。力学刺激を受けた組織が構造的に強固で安定的になる巧妙な仕組みがあることを示した研究成果です。この成果は米国東部時間2020年3月17日付でCell Reports誌に掲載されます。

【研究の背景】

正常な発生や恒常性の維持には、遺伝子やタンパク質に加えて物理的な力の作用が重要であることがわかりつつあります。人を含めた生物はさまざまな力に晒されています。例えば重力もそのひとつです。重力のように生物を取り巻く環境としての力に加えて、体の中でもさまざまな力が発生しています。血管の中を粘性が高い血液が流れると、血管の壁に対して「ずり応力」が生じます。また、心臓などの臓器の運動によってある組織が引っ張られ、押されたりすることによって、「牽引力」や「圧縮力」といった力が生じます。最近、この物理的な力が生物の受精卵が成長する発生過程で重要な役割を担っていることが明らかになりつつあります。初期胚では細胞集団が移動して大きく位置を変えます。その際に、こうした牽引力や圧縮力が周囲の組織にも力の影響を及ぼし、その性質を変化させ、発生が正常に進むことを可能にすると考えられています。また、さまざまな細胞に分化する多分化能をもった間葉系幹細胞は、培養する際の足場となる基質の硬さによって、脳、筋肉、骨など異なる組織に分化することも知られています。この数十年間の分子生物学の進歩によって多くの発生調節機構が遺伝子やタンパク質の働きとして理解されるようになってきましたが、加えて、この物理的な力も発生制御機構に必須の役割を果たす要因として注目されるようになってきました。これは力という物理量を考慮した新しい生物学の夜明けとも言えるでしょう。

【研究の成果】

今回の研究成果は、同共同研究グループが2019年にCell System誌に掲載した成果(https://www.nibb.ac.jp/press/2019/03/07.html)をさらに発展させ、詳細なメカニズムを明らかにしたものです。

同グループは以前の論文で、遠心や圧縮などによって組織に力を負荷すると多くのタンパク質が迅速にリン酸化という化学修飾を受けることを明らかにしました。特に細胞間接着に重要な密着結合や接着結合の構成因子の多くが力によりリン酸化されること、細胞質に存在するZO-1(密着結合の構成因子)が細胞膜に集積されることから、力が細胞間の結合を強化することが示唆されていました。今回、その過程でErk2と呼ばれる重要なシグナル伝達因子がリン酸化され核に移動することが重要であることを見出しました。また、Erk2のリン酸化を薬剤で阻害すると、細胞-細胞間接着は強化されず、力によって細胞表面が硬くなる現象も見られなくなりました。さらに、同グループはErk2のリン酸化を促進するのは繊維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor, FGF)の受容体からのシグナルであることを明らかにしました。また、FGF受容体はFGFというリガンドタンパク質(増殖因子)が結合することによって活性化されることが知られていますが、今回の研究で、力によるFGF受容体の活性化はリガンドを必要としないという、従来の理解を覆す興味深い事実を明らかにしました。また研究結果は、FGF受容体の活性化は力によって細胞が大きく変形することが引き金になっていることを示唆しています。

本研究によって、力によってどのように細胞・組織は変化するのかという大きな謎の一端が明らかになってきました

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【発表雑誌】

雑誌名:Cell Reports

掲載日:米国東部時間 2020年3月17日付

論文タイトル: Mechanical stress regulates epithelial tissue integrity and stiffness through the FGF receptor/Erk2 signaling pathway during embryogenesis

著者:Noriyuki Kinoshita, Yutaka Hashimoto, Naoko Yasue, Makoto Suzuki, Ileana M. Cristea and Naoto Ueno.

DOI: https://doi.org/10.1016/j.celrep.2020.02.074

【研究グループ】

基礎生物学研究所の木下典行准教授、橋本寛研究員(現名古屋市立大学)をはじめとする上野直人教授の研究グループと米国プリンストン大学のIleana Cristea教授の共同研究として実施されました。

【研究サポート】

本研究は文部科学省科学研究費補助事業のサポートを受けて実施されました(22127007, 15H05865)。本国際共同研究は自然科学研究機構の戦略的国際交流加速事業(平成28-30年度)の支援を受け実施されました。

【本研究に関するお問い合わせ先】

基礎生物学研究所 形態形成研究部門

教授 上野 直人(ウエノ ナオト)

【報道担当】

基礎生物学研究所 広報室

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