2020-09-09 宇宙航空研究開発機構,東北大学東北メディカル・メガバンク機構,東北大学大学院医学系研究科
東北大学大学院医学系研究科の鈴木隆史講師(医化学分野)、山本雅之教授(医化学分野、東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)機構長)および宇宙航空研究開発機構(JAXA)の芝大技術領域主幹らは、遺伝子ノックアウトマウス※1の宇宙滞在生存帰還実験に世界で初めて成功し、宇宙長期滞在によって加齢変化が加速すること、及び宇宙滞在によるマウス血液代謝物変化は、ToMMoの有するコホート血液データとの比較により、ヒトの加齢と有意な関連を示すことが明らかとなりました。また、宇宙ストレスによって転写因子※2 Nrf2が活性化し、宇宙環境ストレスによる加齢変化加速を食い止め健康を維持するために働くことがわかりました。
文部科学省と米航空宇宙局(NASA)が2020年7月10日に署名した月探査協力に関する共同宣言には、今後、日本人宇宙飛行士の月面での活動機会を可能とするための取決めを策定することなどが盛り込まれており、来るべき有人宇宙探査時代の日本人の活躍も期待されています。今回明らかとなった知見を活用することにより、人間の宇宙滞在における健康リスクを克服することが期待されます。また加齢についての研究および高齢者の健康を守る研究等に発展することが期待されます。
本成果は、ToMMoとJAXAとの「健康長寿社会実現への貢献を目指した「きぼう」利用に係る連携協定(2019年2月8日)」で得られた初の科学成果となります。また、日本時間2020年9月8日にNature Researchが提供するオープンアクセス学術誌「Communications Biology」のオンライン版で公開されました。
第3回小動物飼育ミッション※3の結果を含め、両機構の連携協力によって初めて実現可能な宇宙と地上の研究をつなげるためのマウスデータベースの一部について、2020年度中に公開を予定しています。
【用語解説】
※1 遺伝子ノックアウトマウス
特定の遺伝子が無効化された遺伝子組換えマウス。遺伝子産物の機能を調べるために重要なモデル動物。
※2 転写因子
DNAに結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質の総称。
※3 第3回小動物飼育ミッション
https://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/180511.html
【別紙】
論文概要
- 1. 研究の背景
人類が宇宙進出を果たすためには、宇宙放射線や微小重力環境などの宇宙環境ストレスによる健康リスクを克服することが必要です。転写因子Nrf2は一群の生体防御遺伝子を活性化し、地上における様々なストレスに対して保護的に働くことが知られているので、宇宙ストレスの防御にも有効ではないかと考え、それを検討・実証する目的で本研究の着想に至りました。JAXAが公募した国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」利用フィジビリティスタディに採択され、私たちはNrf2遺伝子ノックアウトマウスのISS長期滞在実験を進めました。 - 2. 研究内容及び成果
2018年4月、野生型およびNrf2遺伝子ノックアウトマウスの雄それぞれ6匹合計12匹をケネディ宇宙センターから打ち上げ、ISS・「きぼう」で飼育しました。約30日間の軌道上滞在を終え、12匹すべてが生存して帰還しました。遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在後の生存帰還は世界初です。帰還したマウスの詳細な解析を行った結果、宇宙滞在によって様々な臓器でNrf2が活性化していることがわかりました。また、宇宙滞在マウスでは各臓器における遺伝子発現や血中代謝物の変化が確認され、その一部はToMMoが有するコホートデータで観察されているヒトの加齢性変化と同じ変化であることがわかりました。さらに、加齢変化でも見られる白色脂肪細胞サイズの肥大化が宇宙滞在マウスで観察されました。宇宙に滞在すると筋肉量の低下など加齢に似た現象が起きることは知られていましたが、遺伝子発現や血中代謝物の加齢変化が確認されたのは初めてです。これらの宇宙滞在による加齢変化がNrf2遺伝子ノックアウトマウスにおいて加速していることがわかりました。
このことから、宇宙ストレスは様々な加齢変化を早回しで引き起こすこと、そしてNrf2はその加齢変化に対抗して食い止める役割があることがわかりました。 - 3. 今後の展望
本研究では世界初の遺伝子ノックアウトマウスの宇宙滞在生存帰還実験に成功しました。本研究成果は今後の病態モデルマウスを用いた宇宙実験のロールモデルになると期待されます。
これまでにNrf2発現量の低いヒト遺伝子多型が知られており、本研究成果はこの多型を持つ人は宇宙滞在における健康リスクが高いことを示しています。月や火星への長期滞在を考えると、ヒトNrf2遺伝子多型を調べることで健康リスクの高い個人を事前に予想することが可能になると期待されます。
また、地球上では何年もかかるような加齢の実証実験を宇宙で短期間に再現できることが明らかになりました。今後、様々な実験への応用が期待されます。
さらに本研究成果は、Nrf2を活性化する薬剤が宇宙滞在時の健康リスクを克服するために有効であることを示しています。これまでにNrf2活性化剤は、糖尿病やアルツハイマー病など加齢性疾患の予防や治療に有効であることが知られており、多くの製薬企業によりNrf2誘導剤の開発が進んでいます。今後、Nrf2活性化剤は宇宙滞在時のみならず、地上における高齢者の健康を守る薬の研究に発展することが期待されます。
【図1】Nrf2遺伝子は宇宙ストレスによる加齢変化を食い止める(©東北大)
国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟におけるNrf2遺伝子ノックアウトマウスの飼育を行いました。微小重力や宇宙放射線などによる宇宙ストレスは、遺伝子発現、血中代謝物、白色脂肪細胞サイズなどの加齢変化を引き起こします。Nrf2は宇宙ストレスに応答して活性化し、これらの加齢変化をNrf2は食い止めます。
【図2】 JAXA-東北大学東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)連携イメージ(2019年2月8日プレスリリース)における、宇宙と地上をつなげるデータセットの有用性を示した本論文の成果の位置づけ
【論文題目】
Nrf2 contributes to the weight gain of mice during space travel
「宇宙旅行中のマウス成長にNrf2は重要である」
掲載誌:Communications Biology
DOI:10.1038/s42003-020-01227-2 外部リンク
東北大学大学院医学系研究科 医化学分野
鈴木隆史、宇留野晃*、田口恵子*#、長沼絵理子、小山内七重、須田博美、池畑広伸、山本雅之*#
(*東北大学 東北メディカル・メガバンク機構を兼任、#東北大学 未来型医療創成センターを兼任)
東北大学 東北メディカル・メガバンク機構
大槻晃史、勝岡史城#、山崎高広、三枝大輔、小柴生造#
(#東北大学 未来型医療創成センターを兼任)
宇宙航空研究開発機構(JAXA)有人宇宙技術部門
湯本茜、下村道彦、水野浩靖、白川正輝、芝大
東北大学大学院医学系研究科 ラジオアイソトープセンター
鈴木未来子
東北大学大学院医学系研究科 動物実験施設
原田伸彦
東北大学 加齢医学研究所 応用脳科学研究分野
領家梨恵、Ryan Browne
東北大学大学院医学系研究科 分子血液学分野
後藤あや、平野育生*、清水律子*(*東北大学 東北メディカル・メガバンク機構を兼任)
トリノ大学 分子生物技術健康科学分野
Michael Zorzi
東北大学大学院歯学研究科 歯学薬理学分野
中村卓史
東北大学大学院歯学研究科 小児発達歯科学分野
福本敏
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター
西川恵三
東北大学大学院医学系研究科 酸素生物学分野
鈴木教郎
東北大学 加齢医学研究所 遺伝子発現制御分野
本橋ほづみ
筑波大学 医学医療系/トランスボーダー医学研究センター
坪内鴻奈、岡田理沙、工藤崇、高橋智、
フレッドハッチンソンがん研究センター
Thomas W. Kensler
【研究支援先】
本研究は、JAXA ISSきぼう利用フィジビリティスタディ、文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究新(S)、新学術領域研究「宇宙に生きる」、東北大学加齢医学研究所スマートエイジングセンターの支援を受けて行われました。