食虫植物ハエトリソウの記憶の仕組みを解明

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2020-10-06 基礎生物学研究所

食虫植物は葉で小動物を誘引、捕獲、消化、吸収し、栄養としています。ハエトリソウはアメリカ合衆国のノースカロライナ州とサウスカロライナ州だけに分布する食虫植物です。二つ折りになった葉の上に毛(感覚毛)が生えており(図1)、1回触っただけでは閉じませんが、30秒以内にもう1回触ると、約0.3秒で閉じ、小動物を挟み込んで食べてしまいます(図1)。このことは、最初の刺激を30秒間記憶していることを示しています。脳も神経も無い植物が記憶することから、その仕組みは広く興味が持たれ、多くの研究者が研究を行ってきました。そして、1988年にドイツのホディックとシーバースは、カルシウムイオン濃度変化が関与しているのではないかという仮説を提唱しました(図2)。しかし、ハエトリソウでカルシウムイオン濃度を細胞にダメージを与えずに測定する方法が無く、真偽が不明でした。

基礎生物学研究所の須田すだひらく大学院生、真野弘明まのひろあき特任助教、玉田洋介たまだようすけ助教(現宇都宮大学)、長谷部はせべ光泰みつやす教授らを中心とした研究グループは、ハエトリソウへの遺伝子導入技術(外来遺伝子を生物に導入する技術)を確立し、カルシウムイオンと結合して緑色蛍光を発するタンパク質の遺伝子をハエトリソウに導入しました。そして、細胞内カルシウムイオン濃度変化を可視化することに成功しました。その結果、1回目の刺激で細胞内カルシウムイオン濃度が上昇し、2回目の刺激で1回目の細胞内カルシウムイオン濃度に上乗せして、さらにカルシウムイオン濃度が上昇、閾値(限界値)を超えることで葉が閉じることを発見しました(図3)。一方、1回目の刺激で上昇した細胞内カルシウムイオン濃度は、時間とともに減少し(図3)、ホディックとシーバースの仮説のように(図2)、約30秒を超えると、2回目の刺激を与えても、細胞内カルシウムイオン濃度が閾値を超えないために、葉が閉じないことがわかりました。この観察結果から、ハエトリソウの記憶はカルシウムイオン濃度変化によって説明できることがわかりました。

今後は、接触刺激がどのような仕組みでカルシウムイオン濃度を変化させるか、変化したカルシウムイオン濃度がどのように運動を引き起こすか、そして、ハエトリソウの速い運動が普通の植物の何を変えることで進化できたのかを解明することが課題です。そして、将来的には、動かない普通の植物を動くようにできるかもしれません。

この成果は英国時間2020年10月5日付でNature Plants誌に掲載されます。

【研究の背景】

普通の植物は根から栄養を吸収します。しかし、湿地のような貧栄養地では、根から栄養を吸収できません。食虫植物は小動物を誘引、捕獲、消化、吸収することで、根だけではなく、葉から栄養を摂取し、貧栄養地でも生育することができます。食虫植物の1種であるハエトリソウはアメリカ合衆国のノースカロライナ州とサウスカロライナ州の湿地帯だけに自生します。二つ折りになった葉の縁にたくさんの刺があるとともに、葉の上面に6本の細い毛(感覚毛)が生えており(図1)、条件が良いと約0.3秒で閉じます。

葉が閉じる仕組みは、曲がる側の細胞で細胞内のカリウムイオンと塩素イオンが細胞外に放出され、細胞内の浸透圧が細胞外より減少し、水が細胞内から細胞外に出ることで、細胞の細胞膜に囲まれた部分が収縮するのではないかと考えられています。野菜を塩漬けにすると萎れる状態です。これだけだと、動きはゆっくりなのですが、ハエトリソウの葉は弾性があり、葉は外側に反り返った状態になっているため(図1)、座屈現象(構造物に徐々に荷重を加えると、あるところで急に大きく変形する現象)によって葉が一気に表側に反り返ることが知られています。下敷きがぺこぺこ動くのと同じ現象です。

fig1.jpg図1 ハエトリソウの自生(左)と捕虫(中、右)。葉の表側にある感覚毛(中)を2回刺激すると葉が閉じる(右)。閉じた葉(右)はコオロギを捕獲している。


閉じる速度に加え、ハエトリソウの葉の持つもう一つの巧妙な点は、感覚毛を1回触っただけでは閉じず、30秒以内にもう1回触ると閉じる点です。2回さわらないと閉じないことで、偶然、雨やゴミなどがあたっても閉じないメリットがあると考えられています。2回の刺激で閉じるということは、1回目の刺激を記憶する仕組みがあるはずです。また、約30秒を超えると2回目の刺激で閉じなくなるということは、記憶は約30秒しか保持されないことになります。これまでこのハエトリソウの短期記憶の仕組みについて多くの研究が行われてきました。感覚毛を刺激すると、動物の神経細胞のように、葉の電位変化(活動電位)が起こることが、1873年に発表されました。その後、動物細胞で、一次情報として細胞膜上を伝わる活動電位が、細胞膜にあるカルシウムチャネル(カルシウムイオンを選択的に通過させる通路)を制御し、細胞に変化を起こすことがわかってきました。植物細胞でも、活動電位によってカルシウムチャネルが活性化され、細胞外から細胞内へカルシウムイオンが流入し、原形質流動などの細胞の働きが変化することがわかってきました。このような状況のもと、ドイツのボン大学のホディックとシーバースは、ハエトリソウの活動電位が細胞内カルシウムイオン濃度を上昇させ、その結果、葉が運動するというモデルを提唱しました。さらに、カルシウムイオン濃度変化によって記憶現象が説明できるのではないかという仮説を提唱しました(図2)。この仮説は、1)感覚毛を刺激すると活動電位が発生し、活動電位によって細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇する、2)カルシウムイオンあるいはそれによって制御される分子が閾値を超えた量まで蓄積すると葉が閉じる、3)1回の刺激ではカルシウムイオンの上昇は閾値を超えることができず、閾値を超えるには、少なくとも2回の刺激が必要である、4)カルシウムイオン濃度は1回目の刺激で上昇後、徐々に減少し、30秒以上たつと、2回目の刺激を与えてもカルシウムイオン濃度が閾値を超えることができないというものです。

しかし、ホディックとシーバースの仮説を検証するには、細胞内のカルシウムイオン濃度がどのように変化するかを観察することが必要です。しかし、ハエトリソウにおいて細胞内カルシウムイオン濃度を検出する方法が無く、提唱から30年以上に亘って、仮説の真偽がわかりませんでした。

fig2.jpg図2 ホディックとシーバース(1988)の仮説の模式図

【研究の成果】

細胞内のカルシウムイオン濃度を検出するには、カルシウムイオンと結合すると光を発するようなセンサータンパク質をハエトリソウで働かせることが必要です。そのためには、センサータンパク質の遺伝子をハエトリソウに導入することが不可欠です。須田啓氏は、中学校で食虫植物の自由研究を行い、食虫植物において、獲物を捕らえたという信号が葉全体にどのように伝わるかに興味を持ちました。この興味を追求するため、大学院生として基礎生物学研究所で研究を始めました。ハエトリソウに遺伝子導入する技術を開発するため、2年半に渡って、さまざまな実験を繰り返しましたが、失敗が続きました。しかし、暗い場所で育てたハエトリソウは実験がうまくいきやすいことに気づき、さらに条件を最適化することで、ハエトリソウに遺伝子導入することに世界で初めて成功しました。

ハエトリソウにカルシウムイオンと結合すると緑色蛍光を出すGCaMP6fタンパク質をコードする遺伝子を導入し、細胞内のカルシウムイオン濃度をモニターすることが可能なハエトリソウを作出しました。感覚毛を1回刺激すると、感覚毛から葉全体に同心円状に緑色の蛍光が広がりました(図3上段)。そして、広がった後、蛍光は時間がたつにつれ、徐々に減少しました(図3中段)。2回目の刺激を与えると、1回目よりも強い蛍光が広がり、葉は閉じました(図3下段)。この観察結果は、ホディックとシーバースの仮説が正しいことを支持し、ハエトリソウの記憶は細胞内のカルシウムイオンの量の変化で説明できることが示されました。

fig3.jpg図3 ハエトリソウの葉のカルシウムイオン濃度変化を可視化した写真。カルシウムイオン濃度が上がると赤色が濃くなり、さらに濃くなると黄色になる。図中のsは秒を現す。

【今後の展望】

活動電位がどのようにカルシウムイオン濃度上昇を引き起こすのか、カルシウムイオンはどのような分子機構で細胞の膨圧を変化させ、運動を引き起こすのかが今後の研究課題です。また、これらの仕組みを明らかにすることにより、どんな遺伝子や仕組みが変化することで、通常の植物からハエトリソウが進化したかを明らかにしたいと思っています。そして、普通の植物を動くようにすることも可能になるかもしれません。

【発表雑誌】

雑誌名 Nature Plants
掲載日 英国時間2020年10月5日16時(日本時間2020年10月6日0時)
論文タイトル: Calcium dynamics during trap closure visualized in transgenic Venus flytrap
著者: Hiraku Suda, Hiroaki Mano, Masatsugu Toyota, Kenji Fukushima, Tetsuro Mimura, Izuo Tsutsui, Rainer Hedrich, Yosuke Tamada, Mitsuyasu Hasebe
DOI: 10.1038/s41477-020-00773-1

【研究サポート】

本研究は文部科学省科学研究費補助事業のサポートを受けて実施されました(17J08569, 17H05007, 18H05491, 18H04790, 16K14761, 17H06390)。

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 生物進化研究部門
教授 長谷部 光泰(ハセベ ミツヤス)
須田 啓(スダ ヒラク)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

細胞遺伝子工学生物化学工学
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