赤ちゃんマグロの餌、ワムシの大型化に成功~重イオンビームで”メガワムシ”が誕生~

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2021-01-15 理化学研究所,水産研究・教育機構,長崎大学

理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センター生物照射チームの阿部知子チームリーダーと常泉和秀専任研究員、水産研究・教育機構の小磯雅彦特任部長、長崎大学水産・環境科学総合研究科の萩原篤志教授らの共同研究グループは、養殖マグロ仔魚[1]の餌であるシオミズツボワムシ[2](ワムシ)の大型化に成功しました。

本研究成果は、さまざまなサイズの生き餌が必要とされる養殖事業において、仔魚の生残率の向上と成長の最適化に貢献すると期待できます。

動物プランクトンの一種であるワムシは、人工培養条件下で増殖可能な優れた初期餌料[3]であり、クロマグロ、マダイ、ヒラメなどの海産魚の養殖事業に広く利用されています。しかし、従来のワムシはサイズが小さかったため、ある程度生育した仔魚の餌料には適さないという問題がありました。

これまで生物照射チームは、生物試料に重イオンビーム[4]を照射することで遺伝子変異を誘発する技術を開発してきました。今回、理研RIビームファクトリー(RIBF)[5]において、最大サイズ320マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1メートル)のワムシ(能登島株)に炭素イオンおよびアルゴンイオンのビームをそれぞれ照射し、大型変異誘発に適する条件を探索するため、変異系統の出現頻度などを調べました。元気に増殖する1831系統から、”メガワムシ”ともいえる56大型変異系統(340~370μm)の選抜に成功し、それらのうち3系統では、増殖能が能登島株よりも良いことが分かりました。

本研究は、科学雑誌『Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry』の掲載に先立ち、オンライン版(1月14日付:日本時間1月15日)に掲載されます。

赤ちゃんマグロの餌、ワムシの大型化に成功~重イオンビームで”メガワムシ”が誕生~

シオミズツボワムシの能登島株と大型変異系統の比較(スケールバーは200μm)

背景

魚の養殖事業では、卵からかえったばかりの透明な仔魚には、動物性プランクトンの一種であるシオミズツボワムシ(Brachionus plicatilis sp. complex、ワムシ)を生き餌として与えます。そして、人工飼料を食べられる稚魚[1]になるまで、異なる大きさの生き餌を順次供給します。このとき、仔魚の体が大きくなるにつれてより大きな生き餌を好んで食べる習性があり、クロマグロやハマチ、クエなどの魚種では、十分な餌が与えられないと、成長速度が遅く、飢餓による共食いなどによって生残数が大幅に減少してしまいます。そのため、魚種や発育状況に合わせた最適な餌料管理が、仔魚の生残率と成長の向上に影響する重要な要素となっています。

現在、日本の養殖現場では、生き餌として背甲長[6]が190~240マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)のS型ワムシ、240~320μmのL型ワムシ、体長が400~1,000μmの動物プランクトンであるアルテミア[7]などが主に利用されています。餌料管理を行う上で、魚の好みに対応するさまざまな大きさの生き餌を用意するのが理想ですが、これまではL型ワムシの最大サイズ320μmと、ワムシの次に与えるアルテミアの最小サイズ400μmとの間にギャップがあるのが問題で、このサイズギャップに相当する大きさを持ち、安定供給が可能で安価な生き餌の開発が望まれていました。

これまで生物照射チームでは、生物試料に重イオンビームを照射し変異を誘発する技術を応用して、重イオンの種類・照射線量・線エネルギー付与(LET)[8]などを調整し、さまざまな植物や微生物に対して、品種改良に適した変異率が高くかつ遺伝子全体への影響が小さい技術を開発してきました。また共同研究として、油をたくさん貯める微細藻類、多収性のイネ、切り口が褐変しにくいレタスのような有用系統の選抜に成功し、四季咲きのサクラや清酒酵母など30以上の新品種を実用化しています注1-2)

今回、日本の養殖施設で保存・利用されているワムシ系統の中で最も大きい系統である能登島株(最大サイズ320μm)に、重イオンビームを照射して突然変異を誘発させ、L型ワムシとアルテミアとのサイズギャップで利用可能な大きさに大型化したワムシの有用系統の作出を目指しました。

注1)2010年1月14日プレスリリース「重イオンビームで四季咲きサクラの品種改良に成功

注2)2012年9月19日プレスリリース「重イオンビームで2つのサクラ新品種を作出

研究手法と成果

ワムシは、人工培養条件で雌のみによる単為生殖を行います。つまり、受精を必要とせず、クローン増殖をするため、突然変異育種に適した材料といえます。理研RIビームファクトリー(RIBF)で加速した炭素(C)イオンビームもしくはアルゴン(Ar)イオンビームをワムシ個体に照射することで、個体内に存在する始原生殖細胞(卵細胞)に変異を誘発し、大型変異系統を作出できると考えられます。

共同研究グループはまず、増殖期にあるワムシ能登島株とその餌となるクロレラ(淡水性単細胞緑藻類)の混合液に、Cイオン(1.62GeV、LET=23keV/μm)を100、150、200、300、400、600グレイ(Gy)で、Arイオン(3.8GeV、LET=312keV/μm)を25、50、75、100、150Gyでそれぞれ照射しました。各線量で照射されたワムシをそれぞれ培養して、顕微鏡観察により、「元気に増殖する集団」の中から大きいワムシが存在する集団を選び出し、その集団中で最も大きいワムシを5匹選別し、一緒に培養しました。その後、やはり大きくなる個体が確認できた集団から、先ほどと同様に5匹選び、今度は1匹ずつ別々に培養しました。さらに、培養してできた5集団から最も大きい個体を含む集団を選び、その中から大きい3匹を選び、1匹ずつ別々に培養しました。培養してできた3集団から最も大きい個体を含む集団を一つ選び、これを大型ワムシ候補系統としました。

これらの集団から増殖期にある携卵個体20匹のサイズを測定し、平均背甲長が340μmを超える系統を「大型変異系統」としました。Cイオン照射で選抜した大型変異52系統は、平均背甲長が340~350μmとなるクラスIが30系統、350~360μmとなるクラスIIが19系統、360~370μmとなるクラスIIIが3系統でした。一方、Arイオン照射で選抜した4系統は、クラスIが3系統、クラスIIが1系統でした(図1)。

大型変異系統のサイズ分布図の画像

図1 大型変異系統のサイズ分布図

Cイオン照射で選抜した大型変異系統は全部で52系統であり、平均背甲長が340~350μmとなるクラスI(青の範囲)が30系統、350~360μmとなるクラスII(紫の範囲)が19系統、360~370μmとなるクラスIII(赤の範囲)が3系統だった。一方、Arイオン照射で選抜した大型変異系統は4系統であり、クラスIが3系統、クラスIIが1系統だった。また、赤のバーで示した3系統(TYC78、TYC176、TYA41)は増殖能も高かった。


さらに、能登島株(元株)と増殖を比較して、元株と同等かそれ以上の15系統を「高増殖系統」としました。特に、Cイオン200Gy照射のTYC78系統、Cイオン300Gy照射のTYC176系統、Arイオン50Gy照射のTYA41系統の3系統は、能登島株より増殖率が高いことが判明しました(図2)。

実用化を目指す大型でかつ高増殖のワムシ系統の図

図2 実用化を目指す大型でかつ高増殖のワムシ系統

TYC78(Cイオン200Gy照射)、TYC176(Cイオン300Gy照射)、TYA41(Arイオン50Gy照射)の3系統は、能登島株より比増殖率が高かった。


線量ごとに、スクリーニングに用いた照射ワムシ総数・元気に増殖する系統数・大型変異系統数・高増殖系統数、それぞれの出現頻度を表1にまとめました。線量が大きくなるにつれて、元気に増殖する系統の出現頻度は減少する傾向にあることが認められました。最終的には、元気に増殖する1831系統から56の大型変異系統が選抜でき、またCイオン照射の方が、Arイオン照射よりも高頻度で優良変異系統(大型変異あるいは高増殖)が出現することが分かりました。

Cイオン400Gy照射では、大型変異系統の出現頻度は9.2%と大きいものの、高増殖系統の出現頻度は1.0%と小さくなる傾向が認められました。200Gy照射では、高増殖系統の出現頻度が1.5%と最も高く、しかも能登島株より増殖率の高いTYC78系統が選抜できました。そこで、Cイオン200Gy照射をワムシ変異誘発の最適照射条件としました。Arイオン照射では、大型変異系統の出現頻度が1.4%と高く、しかも能登島株より増殖率の高いTYA41系統を選抜できた50Gyを最適照射条件としました。

本研究で作出したTYC78、TYC176、TYA41の3系統はサイズが大きいばかりでなく、増殖能でも元株である能登島株より優れた性質を持ち合わせているため、これまでに適切なサイズがなかった新しい有用餌料として実用化が期待できます。

重イオンの種類 照射線量
(Gy)
照射ワムシ総数(匹) 元気に増殖 大型変異 高増殖
(元株同様かそれ以上)
系統数 出現頻度(%) 系統数 出現頻度(%) 系統数 出現頻度(%)
Cイオン 100 240 195 81.3 10 5.1 3 1.5
150 240 183 76.3 6 3.3 2 1.1
200 504 391 77.6 13 3.3 6 1.5
300 504 321 63.7 13 4.0 2 0.6
400 240 98 40.1 9 9.2 1 1.0
600 240 60 25.0 1 1.7 0 0.0
Arイオン 25 216 197 91.2 1 0.5 0 0.0
50 216 145 67.1 2 1.4 1 0.7
75 216 140 64.8 1 0.7 0 0.0
100 216 84 38.9 0 0.0 0 0.0
100 216 84 38.9 0 0.0 0 0.0
150 216 17 7.9 0 0.0 0 0.0
3048 1831 60.1 56 3.1 15 0.8

表1 各重イオンの種類・照射線量における大型変異・高増殖系統数と出現頻度

赤字で示すように、Cイオン照射では200Gyを、Arイオン照射では50Gyを最適照射条件とした。

今後の期待

世界の人口増加に伴う食糧不足問題の警鐘が鳴らされ、各国で食糧増産の試みが行われています。陸地では、耕地面積の増加や品種改良による単位面積あたりの収穫量増が図られていますが、問題解決には至っていません。一方、地球表面積の7割を占める海面の有効活用が期待されています。島国である日本は、排他的経済水域面積ランキングで世界第8位を占める海洋国家であることから、水産資源の持続的利用は日本にとって重要な課題です。

クロマグロは、養殖事業における仔魚生残率が1~5%という、初期減耗の激しい魚種です。仔魚の生残率の改善は、養殖生産の向上に直結すると期待されます。本研究で作出した大型ワムシ系統を養殖現場に導入できれば、養殖収入の安定化、さらには漁業就業者の確保や育成にも貢献すると期待できます。

養殖事業でのさらなる問題として、アルテミアが現在100%輸入に依存し、その供給が不安定な天然資源に頼っている点、栄養価がワムシより低い点が挙げられます。そのため高額でもあるアルテミアの代替となるような、安定供給可能で安価な餌料の開発が望まれています。今回、重イオンビーム育種技術が動物プランクトンにも応用可能なことが判明したので、ワムシのさらなる大型化や他の餌料生物の改良に応用することを目指します。

補足説明

1.仔魚、稚魚
魚類では、卵から孵化したばかりの透明な個体で、骨格やヒレなど基本的な体型を整えた「稚魚」となるまでの2週間程度を「仔魚」と呼ぶ。

2.シオミズツボワムシ
真水と海水が混ざり合う湖などに生息し、乾燥耐性のある耐久卵が水や風などによって運ばれ、南極以外のどこにでも分布している。雌のみで増える単為生殖を行う生き物として知られ、孵化した雌は1日で卵を産めるため、爆発的に繁殖できる。過去には、ウナギ養殖で大発生する害虫扱いされていたが、生まれたばかりの赤ちゃん魚へ最初に与える餌としての利用法が発見されてからは、養殖事業に必要不可欠な存在となっている。天然採取に頼っていた餌料プランクトンは安定供給に問題があり、養殖事業の生産量の足かせになっていたが、現在ではワムシの大量人工培養により安定供給が可能となっている。

3.餌料
一般に、加工されたエサは飼料、生きた状態のエサは餌料と呼ぶ。広く解釈して、冷凍のアミや小魚なども加工せずにエサとする場合は、餌料と呼ばれる。

4.重イオンビーム
ヘリウムより重い元素のイオンを重イオンという。加速器により高エネルギー・高速に加速された重イオンを重イオンビームと呼ぶ。

5.RIビームファクトリー(RIBF)
理化学研究所仁科加速器科学研究センターの擁する次世代RI(放射性同位体)ビーム生成研究施設。水素からウランまでの多種多様なRIビームを世界最高性能で生成できる。RIを生成するための重イオン加速器群、RIビームを分離・同定するための生成分離装置、取り出されたRIビームを使って実験を行うためのさまざまな設備によって構成されている。これまで他の施設では生成できなかったRIも含め、世界最多の約4,000種類のRIビームを生成できると期待されている。

6.背甲長
ワムシの仲間には殻を持つ種類が含まれ、ツボワムシの仲間では被甲と呼ばれるツボ型の殻により胴の部分が包まれている。被甲の長軸を背甲長、短軸を背甲幅と呼ぶ。

7.アルテミア
「生きている化石」としても知られる小型甲殻類(エビ・カニの仲間)。孵化すると400μmの体長が脱皮を繰り返して、1500μmまで成長する。養殖や水族館などで仔魚や稚魚の生き餌として重要な役割を担っているが、日本は100%輸入に依存しており、購入に費用がかさむ。さらに、ワムシより栄養価が低いことや、天然資源であるため生産量や品質が不安定なことが問題となっている。

8.線エネルギー付与(LET)
エネルギーを持った粒子が物質中を通過する際、単位長さあたりに失う(標的に局所的に与える)エネルギー量のこと。単位はkeV/μmなどで表され、イオン種類や速さによって異なる。一般に線エネルギー付与が大きいと、生体に与える影響は大きい。LETはLinear Energy Transferの略。

共同研究グループ

理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
生物照射チーム
チームリーダー 阿部 知子(あべ ともこ)
専任研究員 常泉 和秀(つねいずみ かずひで)

水産研究・教育機構 水産技術研究所 管理部門
特任部長 小磯 雅彦(こいそ まさひこ)

長崎大学 水産・環境科学総合研究科
教授 萩原 篤志(はぎわら あつし)
准教授 金 禧珍(きむ ひじん)
教授 阪倉 良孝(さかくら よしたか)
教授 菅向 志郎(すが こうしろう)

他9名

研究支援

本研究は、水産庁委託事業「クロマグロ養殖用の高機能、高効率餌料の技術開発事業(推進リーダー:虫明敬一(平成28~29年度)、玄浩一郎(平成30年度))」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Kazuhide Tsuneizumi, Mieko Yamada, Hee-Jin Kim, Hiroyuki Ichida, Katsunori Ichinose, Yoshitaka Sakakura, Koushirou Suga, Atsushi Hagiwara, Miki Kawata, Takashi Katayama, Nobuhiro Tezuka, Takanori Kobayashi, Masahiko Koiso, Tomoko Abe, “Application of heavy-ion-beam irradiation to breeding large rotifer”, Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry, 10.1093/bbb/zbaa094

発表者

理化学研究所
仁科加速器科学研究センター 生物照射チーム
チームリーダー 阿部 知子(あべ ともこ)
専任研究員 常泉 和秀(つねいずみ かずひで)

水産研究・教育機構 水産技術研究所 管理部門
特任部長 小磯 雅彦(こいそ まさひこ)

長崎大学 水産・環境科学総合研究科
教授 萩原 篤志(はぎわら あつし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
水産研究・教育機構 経営企画部 広報課
長崎大学 広報戦略本部

生物化学工学
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