2022-02-04 東京大学
- 発表者
- Misato Kawai(名古屋大学大学院生命農学研究科・大学院生:研究当時)
Ryo Tabata(名古屋大学大学院生命農学研究科・特任講師)
Miwa Ohashi(日本学術振興会特別研究員PD:研究当時)
Haruno Honda(名古屋大学大学院生命農学研究科・大学院生:研究当時)
Takehiro Kamiya(東京大学大学院農学生命科学研究科・准教授)
Mikiko Kojima(理化学研究所環境資源科学研究センター・専門技術員)
Yumiko Takebayashi(理化学研究所環境資源科学研究センター・テクニカルスタッフⅠ)
Shunsuke Oishi(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・特任助教)
Satoru Okamoto(新潟大学大学院自然科学研究科・助教)
Takushi Hachiya(島根大学総合科学研究支援センター・助教)
Hitoshi Sakakibara(名古屋大学大学院生命農学研究科・教授)
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学大学院生命農学研究科の榊原 均 教授らの研究グループは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所、島根大学、新潟大学、東京大学、理化学研究所環境資源科学研究センターとの共同研究で、地下茎で繁殖するイネ科植物が、地下茎を介した情報のやりとりにより、不均一な窒素栄養環境に巧みに応答して成長する仕組みを新たに発見しました。
植物の中には種子による繁殖ではなく、竹や芝のように地下茎の分枝・伸長により繁殖する種が存在します。このような植物の群落では、成長する幾本もの株(ラメット(注1))は、地下の地下茎(注2)で繋がっています。しかし、このラメット間の地下茎を介した情報のやりとりの実体についてはほとんど分かっていませんでした。
本研究では、栄養繁殖(注3)をする野生イネ(オリザ・ロンギスタミナータ)のラメットが、不均一な窒素栄養条件に晒された場合、窒素欠乏側のラメットからの情報を受けて、窒素十分側のラメットで相補的に多くの窒素を吸収・同化し、窒素十分側のラメットの成長を優先させることで、群落として巧みに応答する仕組みを明らかにしました。
このことは、複雑な環境下で生き延びる植物の振る舞いの一端を明らかにしたもので、植物バイオマスの生産性向上などへの応用が期待されます。
本研究成果は、2022年2月4日午前9時(日本時間)付アメリカ植物生物学会の学会誌「Plant Physiology」に掲載されました。
本研究は、日本科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(JST CREST)および文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究「植物多能性幹細胞」の支援のもとで行われたものです。
ポイント
- 不均一な窒素栄養条件では、窒素不足側からの情報を受けて、豊富側ラメットで窒素の吸収・同化に関わる一連の遺伝子の発現が相補的に上昇する。
- 窒素豊富側から不足側への窒素の分配は限定的で、豊富側ラメットの成長が優先される。
- 2種類の情報分子「サイトカイニン(注4)」と「CEP1ペプチド(注5)」が、この制御機構に協調的に関わっている。
研究背景と内容
図1 Oryza longistaminata(ロンギスタミナータ)
A. ロンギスタミナータの草姿。地下茎から多くのラメットが成長している。スケールバー,10cm。
B. 実験に用いたラメット対。2つのラメットが地下茎の隣接する節から伸びている。スケールバー,15cm。
C. 不均一窒素栄養条件を模した水耕栽培系の模式図。真ん中の実験区が不均一処理区。左右はそれぞれ均一N豊富条件と均一N欠乏条件。
図2 不均一N条件におけるN十分側ラメットでのアンモニウムイオン吸収の相補的な促進
A. アンモニウムイオン吸収速度の比較
B. アンモニウムイオン輸送体遺伝子AMT1;2, AMT1;3の発現解析
アンモニウムイオン吸収速度もAMT1;2, AMT1;3遺伝子の発現も、均一N十分条件よりも不均一N十分条件でより高くなっている。
図3 不均一N条件におけるN十分側ラメットでの腋芽伸長の促進
均一N十分条件よりも腋芽伸長を活発に行う。
図4 CEP1遺伝子のN欠乏条件での誘導
図5 不均一N条件に応答したロンギスタミナータの応答機構モデル
一般的な植物は、開花、受精により結実し、種子を形成することで繁殖します(種子繁殖)。一方で、竹や芝などのように、地下茎と呼ばれる器官を分枝させながら伸長させることで、生育範囲を拡大させ、繁殖する植物種が存在します(栄養繁殖)。このような種の群落では、一面を覆うほどに広がった無数の株(ラメット)が地下では、地下茎でつながり、個体としては単一である場合もあります。ラメットは地下茎を介してつながっているため、ラメット間で水や養分などが移動することは知られていましたが、環境応答のために情報をやりとりする仕組みについては分かっていませんでした。
本研究グループでは、土壌中に不均一に存在する窒素栄養に対し、地下茎で繁殖する植物が、ラメット間でどのような情報をやりとりして適切に応答しているかについて、野生イネであるOryza longistaminata(オリザ・ロンギスタミナータ、以下ロンギスタミナータ)を研究材料にして解析しました。
まず、不均一な栄養条件を模した水耕栽培実験系を確立し、地下茎で二つのラメットが連結された、ロンギスタミナータラメット対の片方を窒素欠乏条件に、もう片方を窒素十分条件に置きました(図1)。すると、窒素十分条件のラメット根におけるアンモニウムイオン吸収や、それに関わる輸送体遺伝子OlAMT1;2, OlAMT1;3の発現が、両方のラメットを窒素十分条件に置いた場合よりも上昇していることが分かりました(図2)。つまりこの結果は、窒素栄養供給が不均一なラメット間では、欠乏側のラメットから何らかの情報が発信され、十分側のラメットでより多くの窒素を獲得するように、遺伝子の発現調節が行われることを示唆しています。
この現象の仕組みを更に深く理解するために、トランスクリプトーム解析注6)を行なったところ、不均一栄養条件下の窒素十分側の根では、OlAMT1;2, OlAMT1;3遺伝子だけでなく、窒素同化系遺伝子や種々のアミノ酸合成系遺伝子、それらへの炭素骨格の供給を担う解糖系遺伝子など、多くの遺伝子の発現が、両方のラメットを窒素十分条件に置いた場合よりも上昇していることが分かりました。
次に、窒素十分側のラメットで吸収同化された窒素が、欠乏する側に分配されているかを調べましたが、その分配は非常に少ないことが分かりました。不均一状態に置いたラメット対の成長様式を数週間にわたり観察したところ、窒素十分側のラメットでは、新たな腋芽の伸長が、両方のラメットを窒素十分条件に置いた場合よりも促進されていました(図3)。腋芽の成長促進作用を持つ植物ホルモンである、サイトカイニンの生合成遺伝子の発現が、窒素十分のラメットで上昇していました。
更に遺伝子発現を詳しく解析したところ、OlCEP1遺伝子の発現が、窒素欠乏側のラメットの根で著しく上昇していました(図4)。そこで、合成CEP1ペプチドをラメットペアの片方の根に与えたところ、もう片方のラメットの根で、OlAMT1;2, OlAMT1;3遺伝子の発現が上昇しました。以上の結果は、栄養繁殖をするロンギスタミナータのラメット群が、空間的に不均一な窒素栄養条件に晒された場合、窒素が不足する側のラメットからのCEP1情報を受けて、窒素が豊富な側のラメットで、より多くの窒素を吸収・同化し成長を優先させることで、群落として不均一な窒素栄養環境に巧みに応答しながら成長することを示唆しています(図5)。
成果の意義
本研究では、複雑な環境下で生き延びる植物の振る舞いの一端を明らかにできました。これまで、地下茎で連結された植物株間での情報のやりとりを研究した例はなく、本研究成果は、植物の栄養環境に応答した、成長制御機構の多様性の理解に大きく貢献するものです。ロンギスタミナータや竹など、地下茎により繁殖する植物の多くは、非常に生育が旺盛であり、施肥管理による植物バイオマスの生産性向上への応用が期待されます。
詳細はこちらをご確認ください。
発表雑誌
- 雑誌名
- Plant Physiology
- 論文タイトル
- Regulation of ammonium acquisition and use in Oryza longistaminata ramets under nitrogen source heterogeneity
- 著者
- Misato Kawai(名古屋大学大学院生命農学研究科・大学院生:研究当時), Ryo Tabata(名古屋大学大学院生命農学研究科・特任講師), Miwa Ohashi(日本学術振興会特別研究員PD:研究当時), Haruno Honda(名古屋大学大学院生命農学研究科・大学院生:研究当時), Takehiro Kamiya(東京大学大学院農学生命科学研究科・准教授), Mikiko Kojima(理化学研究所環境資源科学研究センター・専門技術員), Yumiko Takebayashi(理化学研究所環境資源科学研究センター・テクニカルスタッフⅠ), Shunsuke Oishi(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・特任助教), Satoru Okamoto(新潟大学大学院自然科学研究科・助教), Takushi Hachiya(島根大学総合科学研究支援センター・助教), Hitoshi Sakakibara(名古屋大学大学院生命農学研究科・教授)
- DOI番号
- 10.1093/plphys/kiac025
- 論文URL
- https://academic.oup.com/plphys/advance-article/doi/10.1093/plphys/kiac025/6521044
用語解説
注1 ラメット
栄養繁殖を行う植物において、葉と茎からなる地上茎と根からなる植物体のこと。ラメットは地下茎などにより連結されており、一つの親ラメットに由来する群落は、遺伝的に同質である。
注2 地下茎
地中で伸長する茎。一般的な地下茎は、地上茎と同様に節と節間、腋芽からなる単位(ファイトマー)から構成される。地下を伸長後、一部は地上部に現れ、地上茎化(光合成機能の獲得)して新しいラメットを形成する。
注3 栄養繁殖
植物の生殖様式の一つで、受精による胚・種子の形成を経由せずに根、茎や葉などの栄養器官から、次世代の植物が形成されることで増殖する繁殖様式のこと。
注4 サイトカイニン
植物のシュートや腋芽の成長促進、葉の老化抑制などの作用を持つ植物ホルモン。窒素栄養の供給に応答して生合成が促進される。活性の強いトランスゼアチンは主に根で合成され、地上部に輸送され作用する。
注5 CEP1ペプチド
15アミノ酸からなるホルモン様ペプチド。シロイヌナズナでは、不均一な窒素栄養分布に応答した硝酸イオン吸収の全身的制御機構において、根から葉へのシグナル分子として働く。
注6 トランスクリプトーム解析
遺伝子発現を網羅的に調べる解析手法。