2018/07/31 東京大学,東北大学, 日本医療研究開発機構(AMED)
発表者
新井 洋由(東京大学大学院 薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
田口 友彦(東北大学大学院 生命科学研究科 脳生命統御科学専攻 教授)
発表のポイント
- ニトロ化不飽和脂肪酸(注1)が、自然免疫応答を抑制する分子機構を初めて明らかにしました。
- 自然免疫応答分子STING(注2)の活性化に必要なパルミトイル化(注3)を阻害する内因性の代謝物としてニトロ化不飽和脂肪酸を同定しました。
- ニトロ化不飽和化脂肪酸は、STINGが惹起する炎症性疾患に対する治療薬の開発に繋がることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院薬学系研究科の新井洋由教授らのグループは、デンマーク オーフス大学Christian Holm博士のグループとの共同研究により、自然免疫応答分子STINGがニトロ化不飽和脂肪酸によって不活性化される分子機構を初めて明らかにしました。
本研究は、STINGの活性化に必要なパルミトイル化を阻害する内因性の代謝物を初めて明らかにした重要な報告です。本研究から、ニトロ化不飽和脂肪酸はSTINGの活性化により引き起こされる炎症性疾患に対する治療薬の開発に繋がることが期待されます。
本研究成果は2018年7月30日(米国東部時間 午後3時)、米国科学雑誌 「Proceedings of the National Academy of Sciences」で公開されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「疾患における代謝産物の解析および代謝制限に基づく革新的医療基盤技術の創出」、および小野医学研究財団研究奨励助成金の支援を受けて行われました。
発表内容
DNAウイルスやバクテリアなどの異物が細胞に感染・侵入した際に細胞質に持ち込まれるDNAは、小胞体に存在する膜タンパク質STINGによって感知され、I型インターフェロン(注4)および炎症応答を引き起こします。この反応は、我々の体が異物を認識し排除する自然免疫と呼ばれる基本的な反応です。当研究室ではこれまでに、STINGがDNA刺激依存的にゴルジ体へ移行し、ゴルジ体でSTINGがパルミトイル化を受けることが下流シグナルの活性化に必要であることを見出していました(図1 左)。このパルミトイル化は、STINGのシステイン残基(Cys)の88番と91番に起こることも明らかにしていました。しかしながら、STINGのパルミトイル化を制御する分子機構に関しては不明な点が多く残されていました。
本研究では炎症応答時にニトロ化不飽和脂肪酸が産生されること、およびこのニトロ化不飽和脂肪酸はSTINGのCys88、Cys91に共有結合することでパルミトイル化を直接阻害する能力があることを示しました(図1 右)。
まず、マウス個体を用いたヘルペスウイルス感染実験により、感染後、マウス血漿中にニトロ化不飽和脂肪酸が検出されてくることを見出しました。興味深いことに、このニトロ化不飽和脂肪酸を細胞培地に添加すると、DNA刺激によるSTING経路の活性化が顕著に抑制されることが分かりました。この分子機構を解析した結果、ニトロ化不飽和脂肪酸がSTINGのCys88、Cys91に共有結合していることが明らかとなり、ニトロ化不飽和脂肪酸はSTINGのパルミトイル化を阻害していることが示唆されました。STINGの点変異により恒常的にI型インターフェロン産生が亢進する自己炎症性疾患 (STING-associated vasculopathy with onset in infancy)(注5)患者由来の細胞に、ニトロ化不飽和脂肪酸を添加することで、STING下流シグナルの活性化が抑制できることも見出しました。
STINGを介した炎症応答は、病原体感染時のみならず、自己免疫疾患/がん/老化/紫外線暴露時など、様々な局面での炎症反応に関与することが明らかとなってきています。今回の結果から、ニトロ化不飽和脂肪酸はSTINGを介する炎症性疾患に対する治療薬の開発に繋がることが期待されます。
発表雑誌
- 雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要)
- 論文タイトル:Nitro-fatty acids are formed in response to virus infection and are potent inhibitors of STING palmitoylation and signaling
- 著者:Hansen, A. L., Buchan, G. J., Rühl, M., Mukai, K., Salvatore, S. R., Ogawa, E., Andersen, S., Iversen, M. B., Thielke, A. L., Gunderstofte, C., Motwani, M., Møller, C. T., Jakobsen, A., Fitzgerald, K. A., Roos, J., Lin, R., Maier, T. J., Goldback-Mansky, R., Miner, C. A., Qian, W., Miner, J., Rigby, R. E., Rehwinkel, J., Jakobsen, M. R., Arai, H., Taguchi, T., Schopfer, F. J., Olagnier, D., and Holm, C. K.
用語解説
- (注1)ニトロ化不飽和脂肪酸
- 1つ以上の不飽和の炭素結合をもつ脂肪酸(不飽和脂肪酸:オレイン酸やリノール酸など)にニトロ基(-NO2)が導入されたもの
- (注2)STING
- DNAウイルスの感染などにより活性化され、自然免疫応答を惹起するのに重要な膜タンパク質。膜貫通部位近傍に存在するシステイン残基(88番と91番)がパルミトイル化を受けることで、活性化する
- (注3)パルミトイル化
- タンパク質の翻訳後修飾の1種で、細胞質側に向いているシステイン残基に脂肪酸(パルミチン酸)がチオエステル結合で結合する。パルミトイル化を受けることで、膜タンパク質が会合をおこしやすくなると言われている。
- (注4)I型インターフェロン
- ウイルス感染時に発現誘導されるタンパク質の1種で、ウイルスの増殖抑制などの効果をもつ。
- (注5)STING-associated vasculopathy with onset in infancy
- 2014年に報告された自己炎症性疾患。生後間もなく、全身の組織での炎症を認めるが、特に、皮膚、血管、肺での炎症が顕著である。肺の線維化による呼吸困難も報告されている。
添付資料
図1:ニトロ化不飽和脂肪酸によるSTINGの不活性化
ウイルス感染などの刺激によって、STINGは小胞体からゴルジ体へ移行し、パルミトイル化をうけて活性化し、自然免疫応答を惹起します(左図)。
ニトロ化不飽和脂肪酸は、小胞体に局在するSTINGに強固に結合し、ゴルジ体でおこるパルミトイル化を阻害します。このことによって、STINGの活性化を抑制します(右図)。
問い合わせ先
研究に関すること
東京大学大学院 薬学系研究科薬科学専攻 衛生化学教室
教授 新井 洋由(あらい ひろゆき)
東北大学大学院 生命科学研究科脳生命統御科学専攻 細胞小器官疾患学教室
教授 田口 友彦(たぐち ともひこ)
報道担当
東京大学大学院薬学系研究科 庶務チーム
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか(たかはし さやか)
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課