カブトムシのゲノムを解読し公開

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2023-06-05 基礎生物学研究所,金沢大学

基礎生物学研究所の森田慎一助教、新美輝幸教授と重信秀治教授を中心として、金沢大学やモンタナ大学などが参加した国際共同研究チームは、カブトムシ Trypoxylus dichotomus septentrionalisの核ゲノムとミトコンドリアゲノム解読し、データベースを公開しました。
カブトムシの特徴である角がどのように獲得されたのかは、未だ明らかになっていません。詳細なゲノム情報は、角獲得の解明に対する鍵となると期待されています。今回研究チームは、次世代シーケンシング技術を用いてカブトムシのゲノムを解読し、角形成の遺伝的メカニズムを理解する基盤を確立しました。この新たなゲノム情報は、カブトムシの遺伝子機能や進化について包括的な解析を可能にし、これまでの研究を超える新たな可能性をもたらします。公開されたゲノム情報は、様々なカブトムシ研究の一助となることが期待されます。
本研究成果は科学学術誌Scientific Reportsに2023年5月30日付けで掲載されました。
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図1:カブトムシ Trypoxylus dichotomus septentrionalis

【研究の背景】
カブトムシは、その大きく発達した角の魅力から、日本で高い人気を持つ昆虫です。カブトムシの角は学術的な観点からも重要な形質であり、進化過程で新たに獲得した形質 (進化的新奇形質) であると考えられています。進化的新奇形質の獲得メカニズムを解明することは、生物の多様性創出の理解につながります。
カブトムシの角がどのようなプロセスを経て獲得されたのかを解明するためには、詳細なゲノム情報が有力なツールとなります。そこで、カブトムシ (Trypoxylus dichotomus septentrionalis) (図1)のゲノム解読に取り組みました。

【研究の成果】
基礎生物学研究所の森田慎一助教、新美輝幸教授と重信秀治教授を中心として、金沢大学疾患モデル総合研究センターの西山智明助教やモンタナ大学 Douglas J. Emlen 教授などが参加した国際共同研究チームは、カブトムシ Trypoxylus dichotomus septentrionalis のゲノム解読を行いました。得られたゲノムの全長は6.15億塩基対(ヒトゲノムの約5分の1)で、その中に23,987個のタンパク質をコードしている遺伝子を見出しました (ヒトは約2.2万個)。
今回得られた日本のカブトムシゲノムと2022年に報告された中国に生息するカブトムシゲノムとの比較では、染色体構造の高い一致性が見られました。この結果は、これら二つの集団間で染色体構造が、進化的に保存されていることを示唆しています。一方、1塩基レベルでは 1.6 % (9,457,239塩基)の多型や挿入 (1,308,368個) が多数検出されました。日本と中国のカブトムシは、地理的な分布に応じた遺伝的な分岐が報告されており、形態的な差異が存在しています。今回同定された多型は、この形態的な差異を説明する可能性があり、カブトムシの進化研究に有用な情報になります。
さらに、カブトムシ、ショウジョウバエDrosophila melanogaster、カブトムシと同じ鞘翅目に属する甲虫で角を持っていないコクヌストモドキ Tribolium castaneum、甲虫で角を持っているタウルスエンマコガネ Onthophagus taurus、との間で共有される遺伝子の類似性を解析しました。この解析により、各生物種が進化の過程で独自に獲得した遺伝子を見出すことが可能です。例えば、カブトムシとタウルスエンマコガネの2種間でのみ共通する遺伝子グループは 543 個存在し、これらの遺伝子グループは、両種間で共通の形質である「角」の形成に関与している可能性が示唆されました。また、967個の遺伝子グループはカブトムシに固有であり、カブトムシ特有の形質を説明する可能性が考えられます。
最後に、ゲノム情報によって遺伝子構造をより深く理解することが可能となりました。カブトムシでは、性分化遺伝子である doublesex (ダブルセックス; dsx) が角の形成に重要な役割を果たしています。dsx は雌雄で異なる転写産物を複数生成しますが、その中で角形成に寄与する dsx の転写産物は、雌雄間でわずか529 塩基対の違いを有していました。このわずかな構造の違いが、角の有無を決定する一因であることが明らかとなりました(図2)。
また、カブトムシの核ゲノムに加えて、2.02 万塩基対からなるカブトムシのミトコンドリアゲノム解読を行いました。ミトコンドリアゲノムは、核ゲノムとは独立した遺伝情報で、細胞内のミトコンドリアという細胞小器官に存在します。ミトコンドリアゲノムの情報は、系統関係など生物の進化を研究する上でも、重要な役割を果たしています。
fig2.jpg図2:ゲノム配列とのアライメントによる dsx のゲノム構造
上部の灰色のボックスはゲノム配列中に存在する dsx のエキソン、黒色のボックスは非翻訳領域、オレンジ色のボックスは翻訳領域を示す。角形成に寄与する dsx の転写産物の雌雄間での違いは、1つのエクソンのスプライシングパターンのみであり、この領域が角の有無の決定に重要であることが明らかとなりました。

【今後の展望】
本研究によって、カブトムシの核ゲノムおよびミトコンドリアゲノムの解読を行いました。これらのゲノム情報は、カブトムシの角の進化的起源や遺伝的制御を解明する上で優れたリソースとなります。さらに、カブトムシは進化発生生物学だけでなく、生態学、行動生物学、バイオミメティクスや創薬などの分野で研究モデルとしても活用されています。今回の研究成果で得られたゲノム情報はこれらの広範な研究分野でも利用されることが期待されます。ゲノムデータは、http://www.insect.nibb.info/trydi/ で公開しています。

【発表雑誌】
雑誌名 Scientific Reports
掲載日 2023年5月30日
論文タイトル: The draft genome sequence of the Japanese rhinoceros beetle Trypoxylus dichotomus septentrionalis towards an understanding of horn formation
著者:Shinichi Morita, Tomoko F. Shibata, Tomoaki Nishiyama, Yuuki Kobayashi, Katsushi Yamaguchi, Kouhei Toga, Takahiro Ohde, Hiroki Gotoh, Takaaki Kojima, Jesse Weber, Marco Salvemini, Takahiro Bino, Mutsuki Mase, Moe Nakata, Tomoko Mori, Shogo Mori, Richard Cornette, Kazuki Sakura, Laura C. Lavine, Douglas J. Emlen, Teruyuki Niimi* and Shuji Shigenobu* (* Corresponding authors)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-023-35246-w

【研究グループ】
基礎生物学研究所 (森田慎一、柴田朋子、小林裕樹、山口勝司、尾納隆大、間瀬睦月、森友子、森祥伍、左倉和喜、新美輝幸、重信秀治)、金沢大学 (西山智明)、広島大学 (栂浩平)、京都大学 (大出高弘)、静岡大学 (後藤寛貴)、名城大学 (兒島孝明)、ウィスコンシン大学 (Jesse N. Weber)、フェデリコ2世・ナポリ大学 (Marco Salvemini)、名古屋大学 (中田萌)、農業・食品産業技術総合研究機構 (Richard Cornette)、ワシントン州立大学 (Laura C. Lavine)、モンタナ大学 (Douglas J. Emlen) からなる研究グループによる研究成果。

【研究サポート】
本研究は,以下の研究費の支援を受けて行われました。

  • 科学研究費補助事業(科研費)
    • 新学術領域研究「複合適応形質進化の遺伝子基盤解明」(課題名:甲虫の角(ツノ)形成遺伝子ネットワークの進化メカニズムの解明)
    • 新学術領域研究「生物の3D形態を構築するロジック」(課題名:カブトムシ角の3D形態を自在に改変する技術の創出)
    • 新学術領域研究「性スペクトラム – 連続する表現型としての雌雄」(課題名:性スペクトラム関連遺伝子から探るカブトムシ角の性的二型形成の分子基盤)
    • 学術変革領域研究「素材によって変わる、『体』の建築工法」(課題名:『折り畳みと展開』による三次元形態形成機構の解明)
    • 新学術領域研究「進化の制約と方向性 ~微生物から多細胞生物までを貫く表現型進化原理の解明~」
    • 新学術領域研究「複合適応形質進化の遺伝子基盤解明」(課題名:非モデル生物におけるゲノム解析法の確立)
    • 若手研究 カブトムシの角形成遺伝子制御ネットワークの解明と角獲得メカニズムの解析
    • 若手研究 カブトムシの角獲得の発生遺伝学的基盤
  • National Science Foundation, Division of Integrative Organismal Systems (NSF IOS)

本研究は,以下の支援を受けて行われました。

  • 基礎生物学研究所 超階層生物学センター
    • モデル生物研究支援室
    • データ統合解析室
    • 新規モデル生物開発室
    • トランスオミクス解析室
  • 基礎生物学研究所 共同利用研究
    • 統合ゲノミクス共同利用研究

【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 超階層生物学センター トランスオミクス解析室/進化ゲノミクス研究室
教授 重信 秀治(シゲノブ シュウジ)

基礎生物学研究所 進化発生研究部門
教授 新美 輝幸(ニイミ テルユキ)

【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室

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