光を用いて脳の多変量計算論理を理解する
2019-03-12 東北大学 大学院生命科学研究科,東北大学 大学院医学系研究科,科学技術振興機構
ポイント
- ラットのヒゲ触覚を任意の時空間パターンで作りだす光遺伝学(オプトジェネティクス)システムを開発した(世界初)。
- 大脳皮質浅層に存在する神経細胞の入力応答特性を多変量統計学の手法を用いて解析した。
- 水平に並んだヒゲへの入力情報に瞬時に反応するとともに、その刺激入力に対する空間的コントラストを積極的に強調している計算論理を発見した。
- 複雑な時空間パターンを認識する触覚の仕組みを定量的に解明した。
東北大学 大学院生命科学研究科の劉 越人 大学院生(現 群馬大学 生体調節研究所 博士研究員)、八尾 寛 名誉教授らの研究グループは、同 大学院医学系研究科の大城 朝一 助教、虫明 元 教授らとの共同研究で、ラットがヒゲで触ったものの形や大きさを瞬時かつ鋭敏に捉える脳のメカニズムを解明しました。本研究は、世界に先駆けて、脳への触覚入力の時空間パターンを光の点滅で作り出したもので、脳の多変量計算論理注1)の解明に貢献することが期待されます。
本研究成果は、英国ネイチャー出版グループのオンライン学術誌「Scientific Reports」に3月8日付で掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 国際科学技術共同研究推進事業「戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)」注2)および文部科学省 科学研究費補助金の支援を受けて行われました。
<研究内容>
ヒトなどの高等動物は触覚を介して、ものの形、大きさ、運動、手触りなどの複合的な知覚を得ています。これまで、これらの複合的な知覚が脳の中でどのように処理されているかに関する神経生理学的な研究はわずかしかありませんでした。そのため、任意の触覚パターンの入力を与えられるとともに、それに対する脳の神経細胞応答を同時計測できる動物モデルの開発が、脳における感覚情報の処理論理の理解への喫緊の課題となっていました。
ラットのヒゲは、左右それぞれ規則正しい2次元配列になっています。劉 越人 博士らは、青色光に応答する特殊なタンパク質の分子(チャネルロドプシン2注3))を、ヒゲの根元にある感覚神経で自然発現するように遺伝子を改変したトランスジェニックラット注4)に導入しました。そして、コンピュータ制御下で青色光照射によって、複数のヒゲ触覚を任意の時空間パターンで作り出す光遺伝学(オプトジェネティクス)注5)システムを世界に先駆けて開発しました(図A、B)。このシステムを用いて、複数のヒゲ触覚刺激に対する大脳皮質浅層の神経細胞の入力応答特性を統計解析した結果、大脳皮質神経細胞はラットから見て水平方向のゾーン選択的なパターンに瞬時に反応するとともに、ゾーン周囲への同時刺激によって反応が抑制されることが明らかになりました。つまり刺激入力に対する空間的コントラストを脳が積極的に強調しているという計算論理を解明しました(図C)。これにより、ラットは、対象物の大きさやトンネルの広さをおおまかに把握すると考えられます。本研究は、複雑な時空間パターンを認識する触覚の仕組みを定量的に解明した研究として、特筆に値します。
<研究手法>
ラットのヒゲは、左右それぞれ規則正しい2次元配列になっていて、A1-4、B1-4、…などの番地がふられています。本研究では、右側のヒゲをすべて剃り、B1-4、C1-4、D1-4、E1-4の16本のヒゲの根元に光ファイバーを接続しました。各々の光ファイバーの反対側には、青色LEDが接続されており、コンピュータソフトウェアにより、個々のLEDの点滅が制御される仕組みになっています。本研究では、16個のLEDから4個同時点灯の組み合わせのすべて、16C4=1820通りすべてを入力し、複数のヒゲ触覚入力間の相互作用を多変量統計学の手法を用いて解析しました。
<参考図>
図
(A)光刺激システムの見取り図。
(B)ラットのヒゲの配列。青で示した4×4の2次元配列を時空間パターン入力に用いた。
(C)大脳皮質浅層神経細胞応答パターンの典型例を示す。ポジティブ(赤)、ネガティブ(青)の色の濃さで応答の程度を表現したヒートマップ。
<用語解説>
- 注1)脳の多変量計算論理
- 脳において複数の入力情報が統合され、ある意味情報が作られる際に用いられるルールのこと。
- 注2)国際科学技術共同研究推進事業「戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)」
- 省庁間の調整に基づき、文部科学省が特に重要なものとして設定した協力対象国・分野において、相手国の研究支援機関と共同で研究提案を公募・採択し、国際共同研究を支援。
- ・国際科学技術共同研究推進事業ホームページURL:https://www.jst.go.jp/inter/index.html
- ・「日本-シンガポール共同研究」採択課題:
本共同研究は、科学技術振興機構(JST)とシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)との合意に基づき、戦略的に重要なものとして両者の間で設定した協力分野に関する共同研究を実施することにより、日本とシンガポールの科学技術分野における協力および日本の科学技術の将来の発展に資することを目的としている。 - 課題名:「神経細胞を近赤外光操作するバイオ・ナノデバイスシステムの開発」
日本側研究代表者:八尾 寛 教授(東北大学 大学院生命科学研究科)
シンガポール側研究代表者:シャオガン・リュウ 教授(シンガポール国立大学)
支援期間:平成27年度~平成30年度 - 注3)チャネルロドプシン2
- 緑藻類クラミドモナスより見いだされた光受容陽イオンチャネルの1つ。光受容により選択的に陽イオンを細胞内に取り入れる機能を持つ。すなわち、単一のタンパク質で光受容能と陽イオンチャネルの2つの機能を有する。この特徴的な機能から、チャネルロドプシン2単独の遺伝子導入で光照射によって興奮する、光受容神経細胞を作り出すことができる。この方法は、世界に先駆けて、東北大学から特許出願されている。
- 発明者:八尾 寛、石塚 徹、特願2005-34529(特開2006-217866)「光感受性を新たに付与した神経細胞」(2005年2月10日出願)。
- 注4)トランスジェニックラット
- 特定の外部遺伝子を人為的に導入されたラット。本研究に用いられたトランスジェニックラットは、東北大学の特許に認定されている。
- 発明者:大沢 伸一郎、岩崎 真樹、虫明 元、八尾 寛、冨永 悌二、古澤 義人、冨田 浩史、重本 隆一、特許第6108469号「ラット脳内光誘発けいれんモデル」(2012年9月12日出願)。
- 注5)光遺伝学(オプトジェネティクス)
- 光に反応して活性化するタンパク分子を特定の細胞に発現させることで、光によってその機能を操作する技術の総称。
<論文情報>
タイトル:“Optogenetic study of the response interaction among multi-afferent inputs in the barrel cortex of rats”
著者名:Yueren Liu, Tomokazu Ohshiro, Shigeo Sakuragi, Kyo Koizumi, Hajime Mushiake, Toru Ishizuka, Hiromu Yawo
DOI:10.1038/s41598-019-40688-2
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
八尾 寛(ヤオ ヒロム)
東京大学 物性研究所
東北大学 大学院生命科学研究科 名誉教授
<JST事業に関すること>
金山 晋司(カナヤマ シンジ)
科学技術振興機構 国際部
<報道担当>
高橋 さやか(タカハシ サヤカ)
東北大学 大学院生命科学研究科 広報室
科学技術振興機構 広報課