介護士の頑固な腰痛心身のストレス反応と腰を大事にする行動が強く関係

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2019-03-21 東京大学

発表者:
松平 浩(東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター 運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座 特任教授)
岡 敬之(東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター 運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座 特任准教授)
吉本 隆彦(東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター 運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座 特任研究員)

2.発表のポイント:
◆腰にかかる過度な負担を減らすための施策が行われているにもかかわらず、有病者数が増え続けている介護士の腰痛休業に関して、新たな視点からのリスク因子が見出されました。
◆介護士の仕事に支障をきたす腰痛が長引くリスクとして、心身のストレス反応を示唆する身体愁訴が多い事、腰痛を過度にかばう思考・行動が重要な因子であることがわかりました。
◆本研究で明らになったリスク因子を加味した教育や対策を標準化することにより、社会問題となっている介護士の慢性腰痛が減少することが期待されます。

3.発表概要:
 介護施設で働く介護士の仕事に支障をきたす腰痛が長引く要因は、心身のストレス反応を示唆する身体愁訴(例えばめまい、肩こり、目の疲れ、動機息切れ、胃腸の不調、食欲低下、睡眠障害など)が多いこと、腰痛を過度にかばう思考であることが、東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター 松平浩特任教授、岡敬之特任准教授、吉本隆彦特任研究員らの研究チームによる大規模な観察研究からわかりました。これは、石川産業保健総合支援センターの小山善子所長の協力のもと、石川県内にある 95 の介護施設に勤務する介護士 1,704 名のデータ分析より得られた結果です。介護施設の需要が高まる一方で、介護士の腰痛による休業件数は増え続けています。さらに腰痛は、労働生産性に大きく影響を与える原因であることも明らかになってきており、その対策は早急に検討すべき重要な課題です。厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針(※)」では、作業中の腰にかかる過度の負担を減らすための対策、例えばリフトを積極的に活用することや日頃の体操の習慣化などが推奨されています。このような従来の対策に、本研究で明らになったリスク要因を加味した教育・対策を標準化することによって、社会問題となっている介護士の慢性腰痛が減少し、労働生産性が向上することが期待されます。なお、本研究は厚生労働省労災疾病臨床研究事業補助金により実施され、日本時間 3 月 21 日に Journal of Pain Research にて掲載されました。
(※)厚生労働省「職場における腰痛予防対策指針」関連 URL (https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/youtsuushishin.html)

4.発表内容:
(1)研究の背景
腰痛は、肩こりと並んで最も有訴者が多い症状です。松平らのグループは、これまでに、全国大規模調査で、日本人の腰痛の生涯有訴率が 8 割を超えていることを明らかにしました(Fujii T, Matsudaira K(2013), Eur Spine J, 22(2): 423-8)。また腰痛は、欠勤/休職の代表的な原因です。仕事中に発生した腰痛で 4 日以上休職したという届け出件数が、介護施設で勤務する介護士において、年間 1,000 件を超えるため、厚生労働省はこの件数を減少することを重要視しています。欠勤/休職ばかりでなく、腰痛を抱えながら仕事をすることによる労働損失も問題になっています。介護士の数は高齢化の進展により増加が見込まれ、その腰痛対策は早急に検討すべき重要な課題と考えられています。腰痛のリスク因子に関しては、各国の研究者によりさまざまな角度から研究が行われてきました。その結果、「重い荷物を持ったり介護をしたりする」「不良姿勢」といった、腰自体への負担に関わる問題に加え、さまざまな心理的要因が影響し、腰への負担がさらに増したり、脳機能の変化や自律神経のバランスの乱れを介し、痛みが難治化することが明らかになってきました。日本でもこのような結果を踏まえて考え方が変わりつつあり、「腰痛診療ガイドライン」においても疫学に関する最もエビデンスレベルの高い項目として「腰痛の発症と遷延に心理的因子が関与」という項目が挙げられるようになりました。
しかしながら、介護士では、腰への過度な負担のみに焦点が当てられ、心理的要因を検討した大規模な観察研究は、ほとんど行われてきませんでした。そこで、本研究グループは、介護施設で働く介護士に限定した観察研究を立案しました。

(2)研究内容
本研究は多施設共同横断研究です。対象は介護施設で働く介護士とし、石川産業保健総合支援センターの小山善子所長の協力により、石川県内の介護施設 125 か所に調査用紙を郵送し、 95 施設から賛同を得た後に、各施設 20 名に無記名の自記式質問表を郵送して回収できた 1,704 名分のデータを分析しました。自記式質問表の調査項目は、(1)腰痛の状況と重症度(2)個人的要因(性別、年齢、学歴、婚姻)(3)生活習慣(喫煙、運動習慣、睡眠時間、睡眠の質)(4)労働要因(雇用形態、経験年数、職種、労働時間、夜勤の回数)(5)心理・社会的要因(職業性ストレス調査票、心理的要因を踏まえて腰痛の遷延化をスクリーニングできる SBST 日本語版(注 1)、専門的には恐怖回避思考・行動と呼ばれる痛みを過度にかばう思考・行動を測定する TSK 日本語版(注 2))としました。なおデータの分析は、疫学研究の一般的手法である多変量ロジスティクス回帰分析(注 3)により行いました。
その結果、仕事に支障をきたすほどの腰痛が 3 か月以上続いている重度の腰痛と、統計学的に有意に関連していたのは、職業性ストレス調査票で、めまい、肩こり、目の疲れ、動機息切れ、胃腸の不調、食欲低下、睡眠障害といった身体愁訴が多いこと、抑うつや不安といった要素を含む SBST の心理的要因点数が高いこと、TSK 得点が高い(腰痛を過度にかばう思考・行動が強い)ことの 3 項目でした。
本研究によって、介護施設で働く介護士の仕事に支障をきたす腰痛が長引く要因は、心身のストレス反応を示唆する身体愁訴が多いこと、腰痛を過度にかばう思考であること、というリスク因子が見出されました。

(3)社会的意義
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」において、作業中の腰にかかる過度の負担を減らすための対策、例えばリフトを積極的に活用することや日頃の体操の習慣化等を推奨しています。このような従来の対策に、本研究で明らになったリスク要因を加味した労働衛生教育や対策(ストレスマネジメントが腰痛対策に直結すること、恐怖回避思考・行動を軽減させる認知行動的アプローチが重要なこと)を普及啓発し標準化することによって、社会問題でもある介護士の慢性腰痛の減少、さらには労働生産性の向上に寄与する可能性が期待されます。今後は、介護施設で働く勤労者が、腰痛で仕事に支障をきたさず労働生産性が低下しない具体的なソリューションを提案し、社会実装につなげていく予定です。

5.発表雑誌:
雑誌名:Journal of Pain Research(オンライン版:3 月 21 日)
論文タイトル:Survey on chronic disabling low back pain among care workers at nursing care facilities: a multicenter collaborative cross-sectional study
著者:Takahiko Yoshimoto*, Hiroyuki Oka, Tomoko Fujii, Kayo Kawamata, Akatsuki Kokaze, Yoshiko Koyama, Ko Matsudaira
DOI 番号:10.2147/JPR.S188125

6.問い合わせ先:
【研究に関するお問合せ先】
東京大学医学部附属病院 22 世紀医療センター
運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座
特任教授 松平 浩(まつだいら こう)

【広報担当者連絡先】
東京大学医学部附属病院 パブリック・リレーションセンター(担当:渡部・小岩井)

7.用語解説:
(注 1)SBST(Subgrouping for targeted treatment Back Screening Tool)
SBST は、腰痛の慢性・難治化リスクを簡便に評価するためのツールとして英国 Keele 大学で開発され、世界的に活用されている質問紙である。松平浩特任教授により、その日本語版が開発されている。

(注 2)TSK(Tampa Scale for Kinesiophobia)
TSK は、痛みに対する不安・恐怖から動くことを過度に回避する思考・行動を評価する代表的な質問紙である。松平浩特任教授により、その日本語版が開発されている。

(注 3)多変量ロジスティクス回帰分析
病気は、影響が異なる複数の因子(多変量)が組み合わさって発症するため、それぞれの因子の病気の発症に関する影響の大きさを検討する必要がある。このような場合、統計解析手法として多変量ロジスティック回帰分析が用いられる。疫学研究において一般的な手法である。

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