2019-03-26 東北大学大学院工学研究科, 日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 細胞内力測定法は、林久美子准教授(東北大)らの研究グループにより開発された、メカノバイオロジー分野の新しい分子モーター観測手法である
- 細胞内力測定法により、メラニン色素輸送に複数個の分子モーターが寄与していることを明確化
概要
私たちの社会同様に、細胞の中にもタンパク質で構成された道路網があり、生命活動に必須の物質がドライバーである分子モーターによって運ばれています。ドライバー不足などで起こる物流の停滞は重大な社会問題ですが、同様に、分子モーターによる輸送の不具合は様々な病気と関連しているため、その機構解明は重要です。これまで、東北大学大学院工学研究科の林久美子准教授らのグループはメカノバイオロジー分野の新しい手法として、分子モーターの輸送力の測定法を開発してきました。力測定の結果、お神輿を大勢で運ぶように、1つの荷物を複数個の分子モーターが協同で運ぶことで大きな力を発生しているメカニズムを突き止めました。
私たちの皮膚や髪の毛の色の源であるメラニン色素は色素細胞内で生成されますが、分子モーターによって運ばれて皮膚や髪の毛の細胞に受け渡されます。今回、医療・美容分野で重要なメラニン色素輸送に着目し、細胞内力測定法を用いて、メラニン色素輸送においても複数個の分子モーターで協同輸送を行っていることを明らかにしました。また、分子モーターの機能阻害薬を細胞に添加した結果、メラニン色素輸送に携わる分子モーターの数量が低減することを計測、数値化することに成功しました。このことは、細胞内力測定法が分子モーターの不具合検出にも有用であり、将来、分子モーターの輸送力を評価する方法として、分子モーターが関連する様々な病気のメカニズム解明に貢献できる可能性を示しています。
この成果は2019年3月25日(日本時間19時00分)にScientific Reportsのオンライン版で公開されます。
研究の背景
私たちの社会では毎日たくさんの荷物がドライバーによって輸送されていますが、細胞の中にもタンパク質製の道路網があり、生命活動に必須の物質がドライバーである分子モーターによって運ばれています(図1)。ドライバー不足などで起こる物流の停滞は重大な社会問題ですが、同様に、分子モーターによる輸送の不具合は体にとって不都合であり様々な病気と関連しています。特に神経細胞の場合は輸送の不具合がアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経疾患と関連するといわれています。こういったことから、分子モーターによる輸送メカニズム解明は医学にとって重要です。
図1 細胞内の物流
私たちの社会で荷物がドライバーによって輸送されているが、細胞の中にもタンパク質製の道路(緑の線)である微小管が張り巡らされており、微小管に沿ってタンパク質分子モーターが荷物である小胞を輸送している。
メカノバイオロジー分野の新しい細胞内力測定
小胞輸送の計測はこれらの疾患の理解や新しい治療法の開発に必須の技術ですが、傷つきやすく複雑な環境を持つ細胞内では力測定などの物理計測が困難であるため、小胞輸送の計測は進んでおらず、細胞を傷つけない非侵襲な細胞内の力測定技術が必要とされてきました。特に細胞の力刺激や力学応答を研究対象とするメカノバイオロジーという分野でこのような技術が研究されています。
溶媒中で小さな粒子は熱ゆらぎ等の効果でゆらぎます。物理法則から、このようなゆらぐ運動はエネルギーと関係します。林久美子准教授(東北大)らの研究グループは、この物理法則に着目し、小胞に働く力を小胞の重心位置がゆらぐ運動から見積もることに成功し、そのデータから細胞内における分子モーターの輸送力を推定する新たな細胞内力測定法(図2)を開発しました(参考情報1、2)。これまで細胞内力測定法を用いて、神経細胞内の物質輸送を計測し、1)物質輸送には複数個の分子モーターが協同で動いていること、2)物質輸送に寄与する分子モーターの減少が神経物質の輸送力を弱め、シナプス形成の異常に繋がることをこれまでの研究で明らかにしてきました(参考情報1)。
図2 細胞内力測定法
細胞に外力を加える侵襲測定と異なり、ゆらぎは小胞の蛍光イメージングから非侵襲に得ることが可能。分子モーターに運ばれる小胞の重心位置は、一方向運動しながらも、熱等の効果でゆらいでいる(線グラフ参照)。物理法則を用いることで、ゆらぐ運動は小胞にはたらく力(輸送力)と関連付けることができ、その力の大きさから小胞を運ぶ分子モーターの個数が計測可能となる。
※顕微鏡動画の小胞はメラノソーム
今回の研究成果
今回研究対象にしたメラニン色素は色素細胞で生成され、小胞として貯蔵されて(この小胞をメラノソームと呼ぶ)、分子モーターに運ばれます。その後、メラノソームは皮膚や髪の毛の細胞に受け渡され、私たちの髪や肌が変化します。また、魚やカエルでは、分子モーターがメラニン色素を運んで凝集したり広げたりすることで環境に応じて体表の色を変えることが出来ます。メラニン色素生成だけでなく、メラニン色素輸送(メラノソーム輸送)もまた色の変化に貢献するメカニズムです。
分子モーターの一種であるダイニン※1が担うメラノソーム輸送は、色素細胞へのホルモン添加により意図的に引き起こすことができるため(図3)、メラノソーム輸送を繰り返し観測することが容易で、ダイニンの観測・分析に非常に適しています。そこで、今回、ダイニンによるメラノソーム輸送に着目し細胞内力測定法を応用した結果、力の大きさから判断して、メラノソームは複数個のダイニンで輸送されていることが分かりました(図4)。また、ダイニンの機能阻害薬シリオブレビン※2の添加で生じるダイニンの不具合の度合いを、メラノソームにかかる力として定量できました(図5)。
図3 ダイニンによるメラニン色素輸送(メラノソーム輸送)
色素細胞内でメラニン色素はメラノソームとして貯蔵される(写真は魚類の色素細胞で、右側写真の赤線は細胞の輪郭)。
メラノソームは、ホルモン添加によりダイニンに輸送され、その結果生じるメラノソー ムの凝集で、色素細胞の色が変わって見える(白くなる)。
図4 細胞内力測定法の結果
小胞の重心位置のゆらぎを特徴付ける量(χ)は図2の線グラフから計算される。図は62個のメラノソームの結果。χは小胞にかかる力に比例(∝)する量であり、χの値は分子モーター数を反映し、飛び飛びの値を取る。
図5 ダイニンの機能阻害薬シリオブレビンの添加
前述したようにχは小胞にかかる力に比例(∝)する量であり、χの値は分子モーター数を反映する。左から右へ試薬濃度が高くなるに従い、分子モーター数も減少することが分かる。
展望
分子モーターによる物質輸送は色素細胞だけでなく様々な細胞で行われています。分子モーターの不具合は病気との関連が深いため、将来、細胞内力測定法を用いて病気の分子メカニズム解明への貢献を目指します。
本研究は、東北大学の林久美子准教授を始めとした共同研究グループによって、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(PRIME)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域(研究開発総括:名古屋大学 曽我部正博)における研究開発課題「ゆらぎを利用した低侵襲な力測定による神経細胞オルガネラ輸送の解明」(研究開発代表者:林 久美子)の一環として行われました。
用語説明
- ※1 ダイニン:
- タンパク質製の道路である微小管に沿って細胞内の物質輸送を行うタンパク質分子モーター。細胞の中心から外に向けた順行性輸送をキネシンが担い、外から細胞中心に向かう逆行性輸送をダイニンが担う。
- ※2 シリオブレビン:
- 分子モーターはアデノシン三リン酸(ATP)の加水分解でエネルギーを得て動くが、ダイニンのATP加水分解を阻害する低分子。
論文情報
“Investigation of multiple-dynein transport of melanosomes by non-invasive force measurement using fluctuation unit c”
Authors:
Shin Hasegawa, Takashi Sagawa, Kazuho Ikeda, Yasushi Okada and *Kumiko Hayashi
DOI:10.1038/s41598-019-41458-w
参考情報
- K. Hayashi et al., Physical Chemistry Chemical Physics 20, p3403-3410 (2018).
- K. Hayashi et al., Molecular Biology of the Cell 29, p3017-3025 (2018).
お問い合わせ先
研究に関すること
東北大学大学院工学研究科
准教授 林 久美子
報道に関すること
東北大学工学研究科情報広報室
担当 馬場 博子
事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部研究企画課