“光生検”切らずにその場でがんをすぐ診断―イメージングで組織を傷つけずに立体観察、AIが自動診断―

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2020-07-23 大阪大学,九州大学,株式会社ニコン,日本医療研究開発機構

研究成果のポイント

  • 生体イメージング技術の応用により、ヒトの組織を体から切り取ったり染色したりせずに、生きたままのヒト組織が3次元で可視化できる観察技術を開発
  • 今回の観察技術と、人工知能(AI)による画像解析を併用することで、従来の診断法よりも「傷つけずに」「迅速」「定量的」な子宮頸がんの診断が実現可能
  • 子宮頸がんを含む様々ながんを「切り取らずに」「その場で」診断できる医療機器の開発、発展途上国など病理医を含む医療専門職が少ない地域へ向けて、IoTを介したがん組織診断の提供による貢献に期待

概要

大阪大学大学院医学系研究科の石井優教授(免疫細胞生物学)、松井崇浩助教(病態病理学)、木村正教授(産科学婦人科学)、九州大学大学院医学研究院の加藤聖子教授(婦人科学産科学)、株式会社ニコンの清田泰次郎氏らの研究グループは、子宮頸部を生きた組織のまま、ホルマリン固定や染色を行わずに、リアルタイムに3次元で観察できる方法を開発しました。組織の切り取りが不要なこの観察法と、人工知能(AI)による画像解析を併用することで、子宮頸がんやその超早期病変を、傷つけずに定量的に分類することができます。これらの結果は、「切り取らずに」「その場で」診断できる、新たながん診断装置の開発に役立つと期待されます。

本研究成果は、米国癌学会雑誌「Cancer Research」のオンライン版に、2020年7月23日23時(日本時間)に公開されます。

研究の背景

がんの最終診断には、病気が疑われる部位から組織片を切り取って(=いわゆる「生検」や「手術」)、ガラス標本を作製し、病理医が顕微鏡で観察・診断する“病理診断”が不可欠です。しかしこの方法は、採取する組織片の量によって、診断の精度が左右されます。採取量が少ないと診断が確定できないことがある一方で、採取量を多くすると患者さんへの負担(=「侵襲」といいます)が大きくなり、稀ではあるものの合併症を生じうることが課題です。また子宮頸がんの場合、患者さんが同時に妊娠していることもありますが、妊娠中に子宮頸部の組織を採取することは、リスクが高いと考えられています。さらに従来の病理診断では、採取した組織片からガラス標本を作製するまでに、ホルマリン固定や染色など多くの処理工程が必要なため、患者さんが検査を受けてから診断できるまでに、時間がかかることも課題となっています。

本研究の成果

本研究グループは、最新の生体可視化ツールである多光子励起顕微鏡(※1)を用いて、ヒトの組織の観察を行いました。これは、近赤外線により生じる組織深部の蛍光を検知し、組織を傷つけることなく、深い部位まで可視化できる技術です。本研究グループはこの技術を応用し、組織の切り取りや、ホルマリン固定や染色などの処理を一切行わずに、生きた状態の子宮頸部組織を3次元で観察できる方法を開発しました。具体的には、超短パルスレーザーを用いて近赤外線を組織に当て、非線形光学現象(※2)による蛍光シグナルを利用して可視化するものです(図1)。この方法を用いると、組織を切り取ったり染色試薬を用いたりしなくても、“細胞の核”と“細胞周囲の線維”を詳細に描出することができました(図2)。従来の病理診断と比べて、低侵襲で(=体の負担が少なく)、しかもリアルタイムに組織画像を得られるのが、この方法の大きな特徴です。さらに、この画像をAIで解析することで、子宮頸部の正常組織、上皮内がん(非浸潤がん)、浸潤がんの画像を、定量的に分類できることも分かりました。

図1 非線形光学現象による3次元蛍光イメージング
組織透過性の高い近赤外線のレーザー光を用いて、非線形光学現象で発生した蛍光を検出する。そのため、固定や染色を行っていない生きた組織でも、深部まで3次元的に観察することができる。
図2 ヒト子宮頸部の正常組織と子宮頸がんのイメージング画像
(左):正常組織のイメージング画像。細胞核(赤)はまばらで、細胞周囲に線維構造(緑)は認識できない。
(右):子宮頸がんのイメージング画像。がん細胞の核(赤)は腫大して密になっている。また、細胞の周囲に線維構造(緑)が出現している。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

今回用いたイメージング技術を、医療機器へ応用することで、従来の方法よりも低侵襲・迅速・定量的ながん組織診断の実現が期待されます(図3)。早期がんの診断や治療後の効果判定も非侵襲的に行えることが期待されます。また、デジタル画像データが迅速に入手できるため、AIを介した診断にも適しています。さらには、海外でも、発展途上国など病理医を含む医療専門職が少ない地域にもIoTを介した組織診断を提供でき、全世界の人々を対象に、がん診断を展開できると考えられます。

図3 本技術の利用による新しいがん組織診断のイメージ
本技術では、組織の切り取りや、その後の固定・薄切・染色など複数の工程を経ずにリアルタイムで可視化できる(上部)。またデータはデジタル画像として得られるため、すぐに機械学習や人工知能にアクセスでき、定量的な画像分類が行える(下部)。

特記事項

本研究成果は、2020年7月23日(木)23時(日本時間)に米国癌学会雑誌「Cancer Research」(オンライン)に掲載されます。

タイトル
“Nonlinear optics with near-infrared excitation enable real-time quantitative diagnosis of human cervical cancers”
著者名
松井崇浩1, 田本涼2, 岩佐昭生2, 三村正文2, 谷口聖治1, 長谷川哲雄1, 數藤孝雄1, 水野紘樹1, 菊田順一1, 小野山一郎3, 奥川馨3, 塩見真由4, 松崎慎哉4, 森井英一5, 木村正4, 加藤聖子3, 清田泰次郎2, 石井優1
所属
1.大阪大学 大学院医学系研究科 免疫細胞生物学
2.株式会社ニコン
3.九州大学 大学院医学研究院 婦人科学産科学
4.大阪大学 大学院医学系研究科 産科学婦人科学
5.大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業「低侵襲がん診療装置研究開発プロジェクト」における研究開発課題「生体多光子励起イメージング技術を利用した新規低侵襲・高解像度がん診断装置の開発」(研究開発代表者:清田泰次郎)の支援を受けて行われました。

用語説明

※1 多光子励起顕微鏡
生体イメージングに用いる蛍光顕微鏡の一種。通常の蛍光顕微鏡では1つの光子を用いて物質を励起させて蛍光を生じさせているが、この装置を用いた多光子励起イメージングでは、組織透過性の高い近赤外領域の光子を2つ以上用いて励起させ、可視光領域に波長遷移することを利用している。
※2 非線形光学現象
非常に強い光と物質が相互作用する場合に生じる光学現象で、光の振幅に比例せずに2乗以上の高次効果として現れるもの。レーザー光のように、光子密度が高く電場が非常に大きくなるような光波の出現によって、注目されてきた。

本件に関するお問い合わせ先

研究に関すること

松井崇浩(まついたかひろ)
大阪大学 大学院医学系研究科 病態病理学 助教

石井優(いしいまさる)
大阪大学 大学院医学系研究科 免疫細胞生物学 教授

報道に関すること

大阪大学 大学院医学系研究科 広報室

九州大学 広報室

AMED事業に関すること

日本医療研究開発機構(AMED)
医療機器・ヘルスケア事業部 医療機器研究開発課

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