2021-11-25 東京大学,科学技術振興機構
ポイント
- 長期記憶が形成される際、大脳のシナプスにおいて樹状突起スパインが増大することが知られていたが、このスパインの動きが、筋肉収縮と同程度の力でシナプス前部を押すことにより、伝達物質放出を増強する効果(圧感覚)を持つことを見いだした。
- シナプスにおける情報伝達様式として、化学物質の放出により信号を伝える化学伝達と、電気が通る電気伝達の2種類の様式が知られてきた。今回、スパイン増大と圧感覚を介した力学的伝達という新しい第3の様式を発見した。
- われわれが頭を使っている時、シナプスの前部と後部は力を介した相互作用をして、短期・長期記憶を形成していく。今回解明された力学伝達は脳を理解する新たな鍵となる。
大脳の興奮性シナプスの後部である樹状突起スパインは学習時に頭部体積を拡張する増大運動をして、自身の機能(グルタミン酸感受性)を増強します。東京大学 大学院医学系研究科の河西 春郎 教授(同大学 ニューロインテリジェンス国際研究機構 主任研究者)、東京大学 ニューロインテリジェンス国際研究機構のUCAR Hasan 特任助教らは、このスパイン増大運動の際に、軸索終末を力学的に押し、終末はこの力を感知して伝達物質放出を増強することを見いだしました。この作用は、ガラスピペットやショ糖による浸透圧で圧をかけることでも観察され、増強効果も20~30分続きました。この軸索の圧感覚から測ったスパイン増大力の大きさは0.5キログラム/平方センチメートルと筋肉の張力並みでした。シナプスにおいては、電気が通る電気伝達か、化学物質をやりとりする化学伝達かのいずれかで情報は運ばれると言われてきましたが、今回の結果から、スパインの運動が軸索終末に感知され変換される、力学伝達という力学的様式もあることが明らかになりました。末梢神経の軸索終末の感覚受容機構は本年のノーベル医学生理学賞の対象となりましたが、今回の研究は中枢神経(脳)の軸索終末にも感覚受容機構があることを初めて示したものです。末梢とは機構も意義も異なり、脳では短期的な記憶を保持するのに使われている可能性があります。われわれの運動能力には個人差があり、得意技が異なるように、脳のシナプスの運動にも個人差があり、頭の個性を決めているのかもしれません。スパインシナプスは精神疾患の原因となる多くの分子が関係するので、その運動性や圧感覚の調査により、われわれの知能の起源に関する理解が深まり、精神疾患の診断・治療法が開拓されると期待されます。
本研究は、国際科学誌「Nature(電子版)」に2021年11月24日付オンライン版で発表されます。
本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業(CREST)、文部科学省 科学研究費助成事業の支援を受けて行われました。
<論文タイトル>
- “Mechanical actions of dendritic-spine enlargement on presynaptic exocytosis”
- DOI:10.1038/s41586-021-04125-7
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
河西 春郎(カサイ ハルオ)
東京大学 大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター 構造生理学部門 教授
<JST事業に関すること>
保田 睦子(ヤスダ ムツコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
<報道担当>
東京大学 医学部・医学系研究科 総務チーム
東京大学 国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構 広報担当
科学技術振興機構 広報課