2022-05-02 国立遺伝学研究所
光合成は光エネルギーを利用して生きていくことができるため便利だろうと考えられていますが、実際には進化の過程で光合成を止めた「元」植物や「元」藻類が数多く生息しています。また、それらの多くは光合成をしない葉緑体を維持したままです。
京都大学大学院農学研究科 神川龍馬 准教授、筑波大学計算科学計算センター 中山卓郎 助教、国立科学博物館動物研究部 谷藤吾朗 研究主幹、国立遺伝学研究所 中村保一 教授らの共同研究グループは、地球全体の光合成の約20%に貢献すると言われる珪藻の中で、光合成を止めた種の全ゲノム解読に成功しました。この種は光合成をしない代わりに環境中に溶存する栄養分を吸収して生育していますが、その詳細なメカニズムはわかっていませんでした。本研究では全ゲノム解読に加え、機能している遺伝子を網羅的に検出するトランスクリプトーム解析や生化学実験などを用いた多角的な研究により、本種が光合成を止めた後も葉緑体での物質生産を維持しつつ、周りの養分を効率よく獲得するための能力を増大させていることが明らかとなりました。これは一般的な植物や藻類とも、そして動物とも異なる能力をもつことを意味します。光合成を止めた本種の全ゲノム解読は地球上で起きてきた生物進化の一面を解き明かすとともに、生物にとって光合成とは何かをひも解く鍵となることが期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム(16H06279; PAGS)、JSPS科学研究費基盤(A)(18H03743)、JSPS科学研究費基盤(B)(17H03723、19H03274、20H03305)、JSPS科学研究費挑戦研究(20K15783、21K19303)、NIG-JOINT (7A2017, 6A2018, 30A2019) の支援を受けて行われました。また、本研究は、京都大学、国立遺伝学研究所、国立科学博物館、筑波大学を始めとした日本、英国、フランス、ドイツの大学・研究機関との国際共同研究として実施されました。
本成果は、2022年4月29日 に米国の国際学術誌「Science Advances」にオンライン掲載されました。
遺伝研の貢献
先進ゲノム支援・情報支援担当グループとして、遺伝研スパコンを活用した情報解析によりニッチア・プトリダのゲノムDNA塩基配列を決定するとともに遺伝子領域の推定と機能予測を行いました。これにより光合成を止めた珪藻が他の珪藻とどのように遺伝子の組成が異なるのかの詳細な比較・考察を可能にしました。
図: 光合成を止(や)めた珪藻のゲノムから明らかになった細胞機能。葉緑体内で物質生産をしながらエネルギー源などは外部から得る(右)。光合成する珪藻(左)のエネルギー源は光であり、植物同様葉緑体内で様々な物質を産生する・シリカは珪藻の細胞壁の主成分。
Genome evolution of a non-parasitic secondary heterotroph, the diatom Nitzschia putrida
Ryoma Kamikawa, Takako Mochizuki, Mika Sakamoto, Yasuhiro Tanizawa, Takuro Nakayama, Ryo Onuma, Ugo Cenci, Daniel Moog, Samuel Speak, Krisztina Sarkozi, Andrew Toseland, Cock van Oosterhout, Kaori Oyama, Misako Kato, Keitaro Kume, Motoki Kayama, Tomonori Azuma, Ken-ichiro Ishii, Hideaki Miyashita, Bernard Henrissat, Vincent Lombard, Joe Win, Sophien Kamoun, Yuichiro Kashiyama, Shigeki Mayama, Shin-ya Miyagishima, Goro Tanifuji, Thomas Mock, Yasukazu Nakamura
Science Advances (2022) 8, eabi5075 DOI:10.1126/sciadv.abi5075