餌生物から酵素を盗み利用する生物を発見

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キンメモドキは食べたウミホタルの酵素をそのまま使って発光する

2020-01-09   中部大学,名古屋大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 発光魚キンメモドキ(Parapriacanthus ransonneti、スズキ目ハタンポ科)は自前の発光遺伝子を持たず、餌であるウミホタルから発光酵素を獲得して利用していることを明らかにした。
  • これは、餌由来のたんぱく質を消化せず特定の器官の細胞内に取り込み、本来の機能を保ったまま利用することを示した世界で初めての例であり、この現象を「盗たんぱく質」(Kleptoprotein)と命名した。
  • キンメモドキにおける「盗たんぱく質」の進化プロセスとそれに関わる遺伝子メカニズムの研究を始め、キンメモドキ以外にも(生物発光に関わらず)盗たんぱく質現象が普遍的に生物界に存在するのかについてなど、さらに今後の研究の展開が予想される。
  • 生物が持つこれらの仕組みを解明し、それに倣う(バイオミメティクス)ことでさまざまな応用展開(例えば、たんぱく質性医薬品の経口投与方法の開発などの医学分野への貢献)も期待される。

中部大学 応用生物学部の大場 裕一 教授は、米国 モントレー湾水族館研究所 博士研究員の別所-上原 学 博士、名古屋大学 大学院生命農学研究科の山本 直之 教授らと共同で、魚類で初めて、ルシフェラーゼの由来の解明に成功しました。生物発光はバクテリアから脊椎動物まで広く見られる形質であり、生命の歴史の中で、何度も独立に進化してきました。発光反応は一般に「ルシフェラーゼ」と総称される酵素たんぱく質と「ルシフェリン」と総称される化学物質による生化学反応であると説明できます。それぞれの発光する生物群は起源が異なる独自のルシフェラーゼを進化させてきたと考えられています。しかし、発光する魚類の中で、ルシフェラーゼの正体が解明された例は、全くありませんでした。

キンメモドキのルシフェラーゼのアミノ酸配列を解析したところ、驚くべきことに、発光する甲殻類のトガリウミホタルのルシフェラーゼと同一であることが分かりました(図1)。さらに、ウミホタルを与えずに長期間飼育すると、キンメモドキは発光能力を失い、その後、ウミホタルを餌として与えることでウミホタルのルシフェラーゼを体内に取り込んで発光能力を回復させることを明らかにしました。

生命現象をつかさどる酵素はたんぱく質でできているので、通常ならば食物として体内に入ると消化器官で分解され、本来の機能は失われてしまいます。ところが、キンメモドキはウミホタルを捕食し、未知の仕組みにより、ルシフェラーゼを消化せずに細胞に取り込み、本来の機能(発光)の用途に使っていることが分かったのです。

本研究成果は2020年1月9日(日本時間)、国際科学誌「Science Advances」にオンライン掲載されます。

本研究は、JST CREST JPMJCR16N1の支援を受けて実施されました。

<研究成果の意義>

キンメモドキは、自分自身ではルシフェリンもルシフェラーゼも作らず、また、チョウチンアンコウのように共生バクテリアにより発光するのではない全く新しい方法、すなわちウミホタルからルシフェラーゼを盗むという方法で発光能力を進化させました。この「盗たんぱく質」(Kleptoprotein)という現象は生物の発光に限らず、全ての生命現象を含めて、世界で初めての研究成果です。盗たんぱく質という概念が生物学にもたらされたことで、これまで以上に生態系における生物間の密接な関わりを考える必要が出てきたと言えます。また、ゲノムなどの遺伝子解析だけでは理解できなかった生物進化が、盗たんぱく質の考え方で理解できるようになる可能性があります。さらに、キンメモドキで見つかった「特定のたんぱく質を破壊せずに選択的に体内に取り込む」仕組みの詳細な分子機構を明らかにすることで、例えば、インスリンや抗体医薬のようなたんぱく質性医薬品を注射ではなく飲み薬にできるようになる可能性があります。こうした特殊な生物の持つ新奇なシステムに学ぶことで、新たな生物工学的な応用「バイオミメティクス」への波及効果も期待されます。

<研究背景>

生物発光はさまざまな生物群で見られる現象であり、特に海洋中で見つかる生物個体の76%が発光生物であることが報告されています。魚類は発光生物の中でも最大のグループであり、知られているだけでも1,500以上もの種が発光します。しかしながら、魚類の発光に関与する遺伝子の同定がなされていないため、発光魚がどのような発光システムを持ち、それがどのように進化したのかについてはほとんど分かっていませんでした。

生物発光は基質ルシフェリンと酵素ルシフェラーゼによる化学反応により起こります。魚類では、進化の過程で27回以上も独立に発光能力が進化したと推定されています。発光システムは大きく分けると、共生バクテリアによる発光と自前のルシフェラーゼを用いる自力発光の2つに分類されていました。自力発光魚は、少なくとも11回独立に発光能力を獲得したと考えられてきましたが、いずれの自力発光魚からもルシフェラーゼの遺伝子が同定された例はありませんでした。

キンメモドキは、日本近海によく見られる浅海性の発光魚として知られています。本種は胸部と肛門に消化管の一部から派生する管状の発光器を持ち、半透明な筋肉組織を通して腹側が発光します(図2)。また、発光器には光を効率的に放出する反射板と光を消すシャッターの役割を持った組織も備えています。過去の研究から、キンメモドキは、甲殻類のウミホタル類を捕食することで基質となるウミホタルルシフェリンを獲得していることが、日本の羽根田 弥太 博士(元 横須賀市自然・人文博物館 館長)や下村 脩 博士(2008年ノーベル化学賞)によって示唆されていました。一方で、キンメモドキのルシフェラーゼは、その後50年以上も未解明のままでした。

本研究グループは、水族館からの協力を得て、キンメモドキを入手することで、ルシフェラーゼの由来の解明に取り組みました。その結果、キンメモドキがウミホタルからルシフェリンとルシフェラーゼの両方を獲得していることを明らかにしました。

<研究内容>

キンメモドキが発光することは50年前の論文以降、誰からも報告されておらず、また、水族館で展示されているにも関わらず、おそらくその発光の様子を実際に見たことがある人はいませんでした。本研究グループは、志摩マリンランドと横浜・八景島シーパラダイスの協力により得た健康なキンメモドキを用いることで、世界で初めて、その発光の様子をカメラに収めることにも成功しています(図1)。発光の行動観察から、キンメモドキは発光することによって、月明かりなどの海面から届く弱い光でできてしまう自分の影を消し、海底から敵に見上げられた時に見つかりにくくしている(専門用語では「カウンターイルミネーション」)と考えられます。

本研究グループは、このキンメモドキの発光器から、ルシフェラーゼを精製することに成功しました。ところが意外にも、精製物を質量分析計にかけ、アミノ酸配列を解析したところ、トガリウミホタル(Cypridina noctiluca)のルシフェラーゼ由来と考えられるペプチドが検出されたのです。この結果は、発光色のスペクトル解析やウミホタルルシフェラーゼ抗体を用いたウェスタンブロット注1)、免疫組織化学による組織観察などの実験からも確かであることが支持されました(図3)。

魚類のルシフェラーゼが甲殻類のルシフェラーゼと同一のものであることは、当初、研究グループの誰もが信じられませんでした。まず、トガリウミホタルの遺伝子による水平伝播を考えましたが、ゲノムPCR注2)やトランスクリプトーム解析注3)からはルシフェラーゼ遺伝子が見つからず、キンメモドキはウミホタル類のルシフェラーゼ遺伝子を持っていないことが示唆されました。

そこで、キンメモドキは餌からルシフェラーゼを獲得しているのではないかという仮説を立て、検証しました。餌であるウミホタル類を与えられずに長期間飼育すると、キンメモドキの発光能力が徐々に低下していくことが見いだされました。その後、その飼育個体に、ウミホタル(Vargula hilgendorfii)を与えたところ、ルシフェラーゼ活性が回復することを見いだしました。この個体からルシフェラーゼを解析したところ、野生種が持っていたトガリウミホタルではなく、餌として与えられたウミホタルのルシフェラーゼであることが分かりました(図4)。これらのことは、キンメモドキがルシフェラーゼを餌のウミホタルから獲得していることを強く支持している結果となりました。

<本研究の意義・今後の展望>

ある生物が持っている特殊な能力を、それを食べることでそのまま獲得する生物は非常に珍しいですが、いくつかの例が知られています。例えば、ミドリチドリガイというウミウシの仲間は葉緑体を持ち、光合成をすることで数ヵ月間も太陽光だけで栄養を自給自足できることが知られています。しかし、このウミウシは生来の葉緑体を持たず、餌である藻類から「盗む」ことで「盗葉緑体」を獲得し、利用していることが知られています。また、ミノウミウシはクラゲなどの刺胞動物を捕食することで、刺胞細胞を獲得します。このような盗刺胞はウミウシの仲間だけでなく、ある種のクシクラゲ(刺胞動物ではなく有櫛動物)やヒラムシなどでも見つかっています。

通常ならば、摂食された細胞やたんぱく質は分解されて本来の機能を失います。そのため、私たちが海藻やクラゲ、ウミホタルを食べても、葉緑体や刺胞、ルシフェラーゼを取り込むことはできません。

今後、これらの生き物が、どのようにして必要なたんぱく質だけを消化せずに取り込んでいるのか、その取り込みを可能にする分子機構の解明が待たれます。

葉緑体、刺胞、そして発光といった複雑な形質を進化させるのは、自力で一から作るよりも、餌から盗んでしまった方が簡単なのかもしれません。今後、「盗たんぱく質」という視点を持ちながら、複雑な生態系の一部である生物を見直すことで、新しい発見が生まれてくるかもしれません。

また、特定のたんぱく質を消化せずに体内に取り込む仕組みが解明されれば、さまざまな技術に応用できることが期待できます。例えば、糖尿病の薬であるインスリンなどのたんぱく質性医薬品は経口投与すると分解されてしまうため、現在では注射により投与されています。盗たんぱく質の取り込み機構を応用することで、飲み薬としてのたんぱく質性医薬品の実現が期待されます。

海洋には発光魚類が数多く知られています。今回の研究により、発光する魚類は、我々が考える以上に巧みな方法で発光する能力を進化させ、それを上手にコミュニケーションに利用していることが分かってきました。キンメモドキはルシフェリンとルシフェラーゼを獲得する際、ルシフェリンが全て消費されないように別々の器官に貯蔵します。そして、発光する際にそれらを発光器で反応させています。また、発光器には、光を効率よく放出する反射板や光を消すシャッターも備わっています。しかし、これらを可能にする詳細なメカニズムは全く分かっていません。このように、いまだ謎の多い発光魚類の研究を行うことで、バイオミメティクス(生物に学ぶ新技術の開発)に生かすことのできる発見が期待されます。

<参考図>

餌生物から酵素を盗み利用する生物を発見

図1

図2

図2

図3

図3

図4

図4

<用語解説>
注1)ウェスタンブロット
抗体を使って抗原たんぱく質の有無を検出する実験手法。
注2)ゲノムPCR
ゲノムの中に特定の遺伝子が存在するかどうかを検出する実験手法。
注3)トランスクリプトーム解析
転写された遺伝子群を網羅的に解析する実験手法。
<論文タイトル>
“Kleptoprotein bioluminescence: Parapriacanthus fish obtain luciferase from ostracod prey”
DOI:10.1126/sciadv.aax4942
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

大場 裕一(オオバ ユウイチ)
中部大学 応用生物学部 教授

山本 直之(ヤマモト ナオユキ)
名古屋大学 大学院生命農学研究科 教授

別所-上原 学(ベッショ-ウエハラ マナブ)
モントレー湾水族館研究所 博士研究員

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

生物化学工学
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