卵母細胞の老化を1細胞で捉える~ライフステージと食餌制限によるトランスクリプトーム変化~

ad

2021-07-13 理化学研究所

理化学研究所(理研)生命機能科学センター染色体分配研究チームの北島智也チームリーダー、三品達平基礎科学特別研究員、田畑菜峰ジュニアリサーチアソシエイト(研究当時)、個体パターニング研究チームの濱田博司チームリーダー、バイオインフォマティクス研究開発チームの二階堂愛チームリーダーらの研究グループは、生殖寿命[1]の初期、中期、後期にあたる雌マウス卵母細胞[2]の全遺伝子発現(トランスクリプトーム[3])解析を行い、卵母細胞の老化に伴うトランスクリプトーム変化や、食餌制限(カロリー制限)により卵母細胞の老化が抑制される可能性を明らかにしました。

本研究成果は、卵母細胞の老化に関する基盤的知見を提供するとともに、今後、卵子[2]の染色体数異常[4]を予測する技術などの開発に貢献すると期待できます。

今回、研究グループは、哺乳類動物の老化モデルとしてマウスを用い、卵子のもとである卵母細胞の加齢に伴う遺伝子発現変化を、最新の1細胞完全長トータルRNAシーケンス法「RamDA-seq」[5]でプロファイリングしました。この解析から、卵母細胞は生殖寿命の後期において大規模なトランスクリプトーム変化を起こすことが分かりました。また、個体老化を抑制する効果があることで知られる食餌制限は、老化に伴うトランスクリプトーム変化にシフトをもたらすとともに、卵母細胞の老化に特徴的な特定のタンパク質の減少を抑える効果が見られました。これらのことから、卵母細胞における老化に伴う変化はライフステージや食餌制限によって影響を受けることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Aging Cell』オンライン版(7月10日付)に掲載されました。

背景

卵子の染色体数異常の頻度は、女性の年齢とともに上昇します。染色体数異常を持つ卵子は受精しても多くの場合出産には至らないため、不妊、流産を引き起こし、またダウン症など染色体数異常による先天性疾患の原因にもなります。卵子の染色体数異常は、その前駆細胞である卵母細胞における減数分裂の染色体分配にエラーが起こることでもたらされます。しかし、年齢の上昇(=老化)がどのように卵母細胞に影響を与え、染色体分配エラーを引き起こすのかは明らかになっていません。

老化はさまざまな臓器の細胞にトランスクリプトーム変化をもたらすことが知られており、その変化は細胞種によって異なります。卵母細胞の老化に伴うトランスクリプトーム変化を調べた例として、これまで、老化マウスから集めた卵母細胞の集団に対するトランスクリプトーム解析を行う研究が報告されてきました。しかしこの手法では、老化によって著しく機能低下した卵母細胞が集団の中に少数個あったとしても、それらは集団全体の平均像に埋もれてしまい、老化細胞の正確な特徴を捉えることは困難です。そのため、老化した卵母細胞のトランスクリプトームは明らかになっていませんでした。

老化に伴う卵母細胞の機能低下を抑えることができれば、卵子の染色体数異常の原因の解明や医療への応用に大きく近づきます。また、さまざまな実験動物モデルにおいて、カロリー制限(食餌制限)により個体レベルでの老化が抑えられることが知られており、マウスにおいても食餌制限が老化に伴う卵子の染色体数異常の増加を抑えることが報告されています注1)。しかし、この効果には不明な点が多く、卵母細胞の老化現象に紐付いた食餌制限の作用機序の解明と検証が待たれています。

注1)Selesniemi K, Lee H-J, Muhlhauser A & Tilly JL (2011) Prevention of maternal aging-associated oocyte aneuploidy and meiotic spindle defects in mice by dietary and genetic strategies. Proceedings of the National Academy of Sciences 108, 12319-12324.

研究手法と成果

研究グループはまず、複数のライフステージ(生殖寿命の初期、中期、後期)にある老化マウスから卵母細胞を一つずつサンプリングし、それと同時に、卵母細胞を取り囲む卵丘細胞[2]を、卵母細胞と対応付けしながらそれぞれサンプリングしました。さらに、成体になってから食餌制限させた老化マウスからも同様のサンプリングを行いました。これらにより、個体のライフステージの遷移における卵母細胞のトランスクリプトーム変化を卵丘細胞と比較しながら解析し、食餌制限の影響を見いだすことを目指しました(図1)。

卵母細胞の老化を1細胞で捉える~ライフステージと食餌制限によるトランスクリプトーム変化~

図1 研究の概要

生殖寿命の初期(2月齢)、中期(9月齢)、後期(14月齢)におけるライフステージの異なるそれぞれのマウスの卵巣から卵母細胞と卵丘細胞を取り出し、RamDA-seqによるトランスクリプトーム解析、および遺伝子発現プロファイリングを行った。


一つ一つの卵母細胞についてトランスクリプトームを解析するためには、高感度かつ高精度のRNAシーケンス技術が求められます。研究グループの二階堂チームリーダーらが最近開発した「RamDA-seq」は、1細胞完全長トータルRNAシーケンスを可能とする技術です注2)。この技術を用いて解析を行ったところ、以下のような新しい知見が見いだされました。

まず、卵母細胞は生殖寿命の後期において大規模なトランスクリプトーム変化を示すことが分かりました(図2左)。対照的に、卵丘細胞は初期から中期にかけて徐々にトランスクリプトーム変化を示しました(図2右)。これらのことから、卵母細胞とそれを取り囲む卵丘細胞の間で、老化に伴う機能低下は同期していないと考えられます。ヒトにおける卵子の染色体数異常の頻度は年齢とともに上昇しますが、特に閉経年齢に近づくとその上昇が加速します。マウス卵母細胞で明らかになった、生殖寿命の後期における大規模なトランスクリプトーム変化は、卵子の染色体数異常の加速と関係する可能性があります。

卵母細胞、卵丘細胞から得た遺伝子発現プロファイルの主成分解析の図

図2 卵母細胞、卵丘細胞から得た遺伝子発現プロファイルの主成分解析

卵母細胞と卵丘細胞の1細胞トランスクリプトーム解析により得た遺伝子発現プロファイルを、統計的手法(主成分解析)により二つの変数(主成分1、主成分2)の2次元グラフで表現したもの。点はそれぞれ、生殖寿命初期(青)、中期(緑)、後期(赤)の細胞を指す。左の卵母細胞では、主成分1がライフステージ遷移に伴うトランスクリプトーム変化に大きく寄与しており、主成分1の変化が後期になってから顕著になることが分かる(下グラフ)。一方、卵丘細胞では、老化とともに変化する主成分2が生殖寿命の中期で既に変化が見られる(左グラフ)。


次に、食事制限が卵母細胞のトランスクリプトームに及ぼす影響を調べるため、摂取カロリーを通常の40%に制限した生殖寿命中期のマウスから卵母細胞を採取し、トランスクリプトーム解析を行いました。その結果、食事制限したマウスの卵母細胞では、通常飼育マウスの卵母細胞と比較して、3,488遺伝子の発現が減少し、3,630遺伝子の発現が上昇するという大規模なトランスクリプトーム変化が生じていることが分かりました。詳細な解析の結果、食餌制限は、老化に伴うトランスクリプトーム変化の傾向を抑える効果を持つことが分かりました。さらに興味深いことに、食餌制限により発現が上昇する遺伝子には細胞分裂時の染色体分配に関与するものが多く含まれていました。そこで、老化とともに卵母細胞の染色体上で減少することが知られているタンパク質複合体であるコヒーシン[6]を調べると、食餌制限によりコヒーシンの老化依存的な減少が部分的に抑えられていることが分かりました(図3)。

これらの結果は、食餌制限が卵母細胞における老化依存的な染色体分配エラーに関与する要因を改善することを示唆するものです。ただし、以前に報告された食餌制限による卵子の染色体数異常の抑制を説明し得るものであるかは、さらなる検証が必要です。

食餌制限による老化依存的なコヒーシンの減少の抑制の図

図3 食餌制限による老化依存的なコヒーシンの減少の抑制

減数第一分裂中期の卵母細胞のコヒーシンの蛍光抗体染色像。上段はコヒーシン(Rec8タンパク質を標識、緑)と染色体(DNAを標識、紫)の二重染色像。コヒーシンは相同染色体間の結合を維持する機能を持つ。中段はコヒーシンのみの蛍光シグナルを示し、下段はコヒーシンのみの蛍光シグナル強度を疑似カラーで比較したもの。食事制限をしない個体由来の卵母細胞では、生殖寿命の初期から中期にかけてコヒーシンの減少が見られるが、食事制限によりコヒーシンの減少が抑制されたことが分かる。スケールバーは10マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。

注2)2018年2月14日プレスリリース「1細胞から多種多様なRNAのふるまいを計測

今後の期待

今回の研究から、マウス卵母細胞の老化および食餌制限の効果について、これまでにない感度と精度を持つトランスクリプトームのデータセットを提供することができました。このデータセットは、卵母細胞の老化に伴う染色体分配エラーの原因を追求する研究を更に進めるための基盤的なリソースとなるものです。

また、今回の研究から、老化により著しく機能低下した卵母細胞を予測するためには、その周囲の卵丘細胞をプロファイリングするなどの間接的な手法よりも、卵母細胞を生きたまま直接的に調べる手法の開発が有効であると考えられます。

補足説明

1.生殖寿命
生殖可能な期間を指し、雌マウスでは約4~7週齢から1年程度。本研究ではマウスの生殖寿命を、初期(2月齢)、中期(9月齢)、後期(14月齢)とした。

2.卵母細胞、卵子、卵丘細胞
卵原細胞が増加した後、分化してできた雌性生殖細胞を「卵母細胞」と呼ぶ。卵母細胞は大きく成長した後、減数分裂を経て受精可能な「卵子」となる。「卵丘細胞」は、卵子の周りを取り囲むように存在する母体側の体細胞。

3.トランスクリプトーム
生体分子や細胞の挙動などの生体活動に関わる網羅的な情報をオミックスと呼ぶ。トランスクリプトームは、一つのゲノム、または特定の細胞・組織・器官で発現する全ての遺伝子の転写産物(RNA)を指す。

4.染色体数異常
細胞が持つ染色体数が本来より多い、あるいは少ない異常のこと。染色体数異常の卵子が受精すると、染色体数が1本多いトリソミーや1本しかないモノソミーの受精卵が生じる原因となる。

5.1細胞完全長トータルRNAシーケンス法「RamDA-seq」
多様なRNAの発現量と全長を1細胞で計測する方法。rRNA(リボソームRNA)を除いたRNAを用いることで、rRNA以外の非ポリA型及びポリA型の全てのRNAとその全長を検出できるRNAシーケンス法。ヒストンmRNA、長鎖ノンコーディングRNA、新生RNA、環状RNA、エンハンサーRNAなどを検出できる。大量のRNAを用いたトータルRNAシーケンスでは、最初にrRNAを除去するステップがあり、その際、RNAのロスが生じる。また操作が煩雑となるため、1細胞に適応することは難しい。RamDA-seq(ラムダセック)は、Random Displacement Amplification sequencingの略。

6.コヒーシン
四つのタンパク質で構成されるリング状のタンパク質複合体。染色体接着を維持する機能を担う。

研究グループ

理化学研究所 生命機能科学研究センター
染色体分配研究チーム
チームリーダー 北島 智也(きたじま ともや)
基礎科学特別研究員 三品 達平(みしな たっぺい)
ジュニアリサーチアソシエイト(研究当時) 田畑 菜峰(たばた なみね)
(京都大学大学院 生命科学研究科 大学院生)
研究員 森 雅志(もり まさし)
個体パターニング研究チーム
チームリーダー 濱田 博司(はまだ まさし)
テクニカルスタッフⅠ 井川 弥生(いかわ やよい)
バイオインフォマティクス研究開発チーム
チームリーダー 二階堂 愛(にかいどう いとし)
技師 林 哲太郎(はやし てつたろう)
専門技術員 芳村 美佳(よしむら みか)
テクニカルスタッフⅠ 梅田 茉奈(うめだ まな)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究、および分野横断連携研究「ライフサイエンスの横断的取組による超高齢社会課題解決への貢献」)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「哺乳類卵母細胞における紡錘体二極化の機構の解明(研究代表者:北島智也)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「配偶子インテグリティ(領域代表者:林克彦)」などによる支援を受けて行われました。

原論文情報

Tappei Mishina, Namine Tabata, Tetsutaro Hayashi, Mika Yoshimura, Mana Umeda, Masashi Mori, Yayoi Ikawa, Hiroshi Hamada, Itoshi Nikaido, and Tomoya S. Kitajima, “Single-oocyte transcriptome analysis reveals aging-associated effects influenced by life stage and calorie restriction”, Aging Cell, 10.1111/acel.13428

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 染色体分配研究チーム
チームリーダー 北島 智也(きたじま ともや)
基礎科学特別研究員 三品 達平(みしな たっぺい)
ジュニアリサーチアソシエイト(研究当時) 田畑 菜峰(たばた なみね)
個体パターニング研究チーム
チームリーダー 濱田 博司(はまだ ひろし)
バイオインフォマティクス研究開発チーム
チームリーダー 二階堂 愛(にかいどう いとし)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

細胞遺伝子工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました