霊長類におけるグルタミン酸の旨味の起源~体の大きな霊長類は旨味感覚で葉の苦さを克服~

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2021-08-27 東京大学
発表のポイント
  • 霊長類の祖先はネズミくらいの小ささでした。そのころの霊長類は、主食とする昆虫に含まれるヌクレオチドに強い旨味(うまみ)を感じていたことが示されました。
  • 一方、ヒトのように体が大型化した霊長類は、葉に含まれるグルタミン酸に強い旨味を感じるよう進化したことが示されました。
  • グルタミン酸に旨味という好ましい味を感じるようになったことで、タンパク質源でありながら苦みを持つ葉をおいしく食べられるようになったと考えられます。
発表概要

味覚は、何を食べるかを決定する上で重要な役割を果たします。そのひとつである『旨味(うまみ)』は、舌の上などに存在する味覚センサー分子(旨味受容体T1R1/T1R3)を介して認識され、栄養となるアミノ酸(タンパク質)が食物中にあることを知る手がかりとなります。私たちヒトの旨味受容体は、アミノ酸の一種であるグルタミン酸に強く応答することを特徴とします。ヒトは霊長類(サル類)の仲間ですが、すべての霊長類がグルタミン酸の味を好ましく感じるわけではないようです。旨味受容体が霊長類の進化の過程でいつ、どのような理由でグルタミン酸に強く応答するようになったのかは不明でした。
今回、明治大学、北海道大学、京都大学、東京大学、日本モンキーセンター等からなる共同研究グループは、アミノ酸センサーだと考えられていた旨味受容体が、霊長類の祖先ではイノシン酸やアデニル酸などのヌクレオチドを感度良く検出するセンサーとして機能していたことを見出しました。ネズミくらいの小ささで昆虫を主食としていた霊長類の祖先が、ヌクレオチドを豊富に含む昆虫をおいしく食べるのに役立っていたと考えられます。
現在地球上には約500種類の霊長類がいます。そのうち、ワオキツネザル、ジェフロイクモザル、ブタオザル、チンパンジーなど、体が大きくなった一部の霊長類の旨味受容体は、葉に豊富に含まれるグルタミン酸に強く応答するよう進化したことが分かりました。これらの体が大きくなった霊長類は、昆虫では補え切れないタンパク質の量を確保するために、葉をたくさん食べるようになったと考えられています。本来、葉は苦くておいしくないはずですが、私たちの祖先が旨味受容体をヌクレオチドセンサーからグルタミン酸センサーへと変化させたことで、新たなタンパク質供給源として、葉をおいしく利用できるようになったと考えられます(図1)。

発表内容

霊長類におけるグルタミン酸の旨味の起源~体の大きな霊長類は旨味感覚で葉の苦さを克服~

図1 葉または昆虫を食べる霊長類の様子
体の大きな霊長類は葉を重要なタンパク質供給源として利用する(①チンパンジー、②ニホンザル、③マントホエザル、④ワオキツネザル)。一方、小型の霊長類は昆虫を主なタンパク質供給源として利用する(⑤バッタを食べるコモンマーモセット、⑥セミを食べるコモンリスザル)。

図2 ヒト旨味受容体タンパク質の立体構造(T1R1の細胞外領域のホモロジーモデル)
2箇所(170番、302番)に生じたアミノ酸変異が、霊長類種間でのグルタミン酸に対する感度を大きく変化させた。

【研究の背景】
味を感じるシステムは環境に対して高い適応力があります。生存に必須で無くなった味覚が退化することもあれば、逆に環境に適応するために新しい味覚を進化させることもあります。脊椎動物では、甘味と旨味の感覚はGタンパク質共役型受容体(注1)であるT1Rという受容体で受け取られます。T1RにはT1R1、T1R2、T1R3の3種類の受容体が存在し、T1R1とT1R3の組み合わせ(T1R1/T1R3)で旨味を、T1R2とT1R3の組み合わせ(T1R2/T1R3)で甘味を受容します。ヒトの旨味受容体T1R1/T1R3は昆布の旨味成分であるグルタミン酸に強く応答します。また、鰹だしの旨味成分であるイノシン酸や干しシイタケの旨味成分であるグアニル酸、エビやカニの旨味成分であるアデニル酸といったヌクレオチドによって、グルタミン酸の旨味応答が強められることも知られていました。しかし、魚類やマウス、一部のサル類の旨味受容体はグルタミン酸では活性化されないため、グルタミン酸を検出する能力がいつ、どのような理由で獲得されたのかは不明でした。
【研究内容】
今回、明治大学農学部農芸化学科の戸田安香特任講師および北海道大学大学院地球環境科学研究院の早川卓志助教は、東京大学大学院新領域創成科学研究科の河村正二教授、京都大学霊長類研究所の今井啓雄教授、東京大学大学院農学生命科学研究科の三坂巧准教授らと共同で、ヒトを含む17種の霊長類の旨味受容体の遺伝子配列と機能を解析しました。その結果、旨味受容体がグルタミン酸で強く活性化される霊長類は、葉を主要なタンパク質供給源として利用していることが分かりました。一方、旨味受容体がグルタミン酸で強く活性化されない霊長類は、体が小さく、昆虫にタンパク質供給を頼っていることが分かりました。さらに、これまで単独では旨味受容体を活性化することができないと考えられていたヌクレオチドが、様々な霊長類の旨味受容体を単独で強く活性化することが明らかになり、霊長類の共通祖先の旨味受容体はグルタミン酸ではなくヌクレオチドセンサーとして機能していたことが示されました。また、グルタミン酸やヌクレオチドに対する感度が変化する原因となった、アミノ酸変異(注2)も同定しました(図2)。
なぜ旨味受容体の機能がヌクレオチドセンサーからグルタミン酸センサーへと変化したのかを明らかにするために、霊長類の食物の化学成分を分析しました。その結果、昆虫にはアデニル酸をはじめとするヌクレオチドとグルタミン酸の両方が豊富に含まれていたのに対し、葉にはグルタミン酸は含まれているもののヌクレオチドがほとんど含まれていないことが分かりました。つまり、体の小さな昆虫食者だった霊長類の祖先は、昆虫に豊富に含まれるヌクレオチドを検出するのに最適な旨味受容体を持っていたと考えられます。一方、私たちヒトを含む一部の大型化した霊長類は、昆虫だけではタンパク質の量を補い切れないため、葉をタンパク質供給源として利用する必要がありました。葉は二次代謝物質と呼ばれる苦味成分が多く含まれており、野生動物にとって必ずしも好ましい味がするとは限りません。旨味受容体をヌクレオチドセンサーからグルタミン酸センサーへと変化させたことで、ヌクレオチドを含まない葉をおいしく味わえるようになったと考えられます。
私たちヒトは、苦い葉野菜やゴーヤ、緑茶やコーヒー、ビールなど、苦味が強くても、同時においしい味や香りがする食品を好んで食べたり飲んだりします。これまで当研究グループは緑茶のおいしさに、アミノ酸による旨味受容体の活性化が貢献していることも報告しています。ヒトが緑茶を好むように、森の中の霊長類たちも、葉を苦くてもおいしいと感じ、味わっているのではないでしょうか。
本研究は、科学研究費補助金(課題番号 18K14427, 20H02941, 12J04270, 16K18630, 19K16241, 25257409, 18J22288, 15H02421, 18H04005, 16H04918, 19H02907)、ロッテ財団「ロッテ重光学術賞」等の助成により実施されました。また、一部の研究は日本モンキーセンターの連携研究として実施されました。

発表雑誌
雑誌名
Current Biology
論文タイトル
Evolution of the primate glutamate taste sensor from a nucleotide sensor
著者
Yasuka Toda#, Takashi Hayakawa#, Akihiro Itoigawa, Yosuke Kurihara, Tomoya Nakagita, Masahiro Hayashi, Ryuichi Ashino, Amanda D. Melin, Yoshiro Ishimaru, Shoji Kawamura*, Hiroo Imai*, and Takumi Misaka*
#同等貢献, *責任著者
DOI番号
10.1016/j.cub.2021.08.002
論文URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982221010745(オープンアクセス)
発表者
戸田  安香(明治大学 農学部農芸化学科 特任講師)
早川  卓志(北海道大学 大学院地球環境科学研究院 環境生物科学部門 助教/
公益財団法人日本モンキーセンター アドバイザー)
糸井川 壮大(京都大学 霊長類研究所 ゲノム細胞研究部門 ゲノム進化分野 研究員)
栗原  洋介(静岡大学 農学部フィールドセンター森林生態系部門 特任助教)
中北  智哉(明治大学 農学部農芸化学科 助教)
林   真広(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 修士課程 (当時))
蘆野  龍一(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 学術支援職員(当時))
Amanda D. Melin(Department of Anthropology and Archaeology, University of Calgary, Associate Professor)
石丸  喜朗(明治大学 農学部農芸化学科 准教授)
河村  正二(東京大学 大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 教授)
今井  啓雄(京都大学 霊長類研究所 ゲノム細胞研究部門 ゲノム進化分野 教授)
三坂   巧(東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物機能開発化学研究室
准教授 三坂 巧(みさか たくみ)

用語解説

注1 Gタンパク質共役型受容体
味物質、香気成分、光などの外来刺激や神経伝達物質、ホルモンなどを感知する膜タンパク質。細胞膜を7回貫通する特徴的な構造を有する。Gタンパク質とよばれるタンパク質を介して細胞内にシグナルを伝達する。

注2 アミノ酸変異
遺伝子に生じた変異により、タンパク質を構成するアミノ酸が変化すること。

生物化学工学
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