2023-07-06 東京大学,順天堂大学
発表のポイント
◆PKD1L1 と呼ばれるポリシスチンたんぱく質の載った細胞外の糸状の構造が撚り合わさり、ノード流によって左に吹き流される機構を、マウス胚の蛍光観察によって発見しました。
◆左右非対称の胚の発生を開始させるメカニズムとして、ポリシスチンが腹側ノード左縁部に集まりノーダルたんぱく質と結合して活性化され、細胞内のカルシウムを左側で上昇させる機構を発見しました。
◆この発見は、なぜ体の左右が分かれるかという根源的な疑問を解くとともに、細胞外構造の新しい移送機構をターゲットとした抗がん剤の開発など、臨床応用にも道を開きます。
左右軸決定のポリシスチン移送モデル
発表概要
順天堂大学健康総合科学先端研究機構の廣川信隆特任教授(東京大学名誉教授)、東京大学大学院医学系研究科の田中庸介講師らの研究チームは、哺乳類の体が左右非対称に発生するために働く新しい機構を発見しました。発表者らは以前、分子モーターKIF3 欠失マウスの研究を通して腹側ノード注 1 と呼ばれる胎児期の体の正中部にある凹みの中で、後方に倒れた一次線毛注2 が高速で時計回りに回転することで左向きの胚体外液注 3 の流れ (ノード流) が生じることを同定しています (Nonaka et al., Cell 1998; Hirokawa et al., Cell 2006,他)。このノード流が線毛の後傾性と一定の回転方向によって左向きの方向性を生み出すことから、人体の左右対称性を初めて破る物理現象として注目されてきました。一方、内臓の非対称性注 4 の起源は、ノード左縁に特異的な細胞内カルシウム注 5 の線維芽細胞成長因子 (FGFs) に依存する上昇によるものと考えられますが (Tanaka et al., Nature 2005、他)、左向きのノード流がいかにしてノード左縁のカルシウム上昇をもたらすかという「読み出し」の機構は依然として不明のままでした。廣川特任教授、田中講師らはこれまで細胞内の微小管というレールの上で様々な蛋白質を輸送するキネシン分子モーター群 KIFs を発見するとともに、それぞれの KIF 遺伝子をマウスで欠失させ、その働きを研究してきました。特に KIF3B マウスの研究からは、初期胚の左右非対称性を決定するノード流を発見するとともに、統合失調症や多指症を防ぐしくみの解明にも至りました。
今回、発表者らがノード流の研究を深めるため、細胞内のカルシウム上昇に関係する PKD1L1ポリシスチンたんぱく質注 6 を蛍光で光るようにしたマウスを作製したところ、腹側ノードの内部からノード左端に向かって、ポリシスチンを含む線維状の構造が撚り合わさった「橋」がかかり、ポリシスチンがノード内部から左向きに移送されていく現象を発見しました。さらにノード左側に集積したポリシスチンが、ノーダルたんぱく質注 7 と結合することによって、細胞内のカルシウム上昇が起こります。こうして、ノード流が腹側ノード左側特異的にカルシウム上昇をもたらす機構の存在が明らかとなりました。
本研究の成果は「いかにして体の左右が異なって発生するのか」という発生生物学の根源的な課題への一つの回答であり、分子発生生物学の発展に大きく寄与します。たんぱく質の細胞外への新しい特殊移送機構の解明は、これをターゲットとした抗がん剤の開発など、種々の臨床応用も期待できます。