細胞のばらつきはノイズではなく情報である

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2020-09-02 東京大学

和田 卓巳(生物科学専攻 特任研究員)
廣中 謙一(生物科学専攻 特任助教)
黒田 真也(生物科学専攻 教授)

発表のポイント

  • 1細胞ごとに刺激に対する応答を情報理論解析することにより、細胞ごとの応答のばらつきが存在することによって、細胞の集まりである組織の応答をより正確に制御することが可能となるということを明らかになりました。
  • 従来、細胞ごとに応答がばらつくことは正確な情報伝達を阻害するノイズであると考えられてきましたが、本研究により、細胞ごとに応答特性が異なることが組織として刺激を区別できる範囲を拡げることに繋がり、正確な応答制御を可能にすることが明らかになりました。
  • 細胞のばらつきを利用して情報を正確に伝達する設計思想は、デバイスのばらつきを避けて情報を正確に伝達する人工システムの設計思想と根本的に異なります。生物に学ぶばらつきを利用した情報伝達システムを実現すれば、デバイスのばらつきを避けるコストを考慮せずとも正確な情報通信が可能となることが期待できます。

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の和田卓巳特任研究員と廣中謙一特任助教、黒田真也教授らは、広島大学の藤井雅史助教、九州大学の宇田新介准教授、久保田浩行教授、電気通信大学の星野太佑准教授、東京大学医学部附属病院脳神経外科の齊藤延人教授、中冨浩文准教授、滝澤嗣人助教、東京大学医学部附属病院リハビリテーション科の唐沢康暉助教、東京都立大学の藤井宣晴教授、眞鍋康子准教授、古市泰郎助教らとの共同研究により、細胞ごとの応答のばらつきが存在することによって、組織の応答をより正確制御することが可能となっているということを明らかにしました。

細胞は外部環境の刺激に応じて応答を制御して環境に適応していますが、応答にはノイズが加わるために応答を正確に制御できない可能性があります。ノイズが加わる中でどれだけ正確に応答が可能であるかを評価するためには応答のばらつきを求めて情報理論解析(注1)を行い、相互情報量(注2) という値を求める必要があります。しかし、従来の研究では異なる細胞の応答が混在する中でばらつきを求めていたために、細胞ごとの応答のばらつき、細胞間変動(注3)と同じ細胞の中での応答のばらつき、細胞内変動(注4)を分離して解析することができませんでした。その結果、細胞内変動のみならず細胞間変動もノイズとして扱われてきました。

今回、研究チームはマウス骨格筋系培養細胞C2C12や単離筋線維に対して反復して刺激を加えることにより細胞内変動と細胞間変動を分けて計測することに成功しました。そして、多細胞の応答を足し合わせて組織としての応答を考えた場合に、細胞間変動によって刺激強度の違いを細かく区別できるようになるためにかえって正確な応答制御が可能になっていることが明らかになりました。さらに、ヒト生体内において、顔面神経への電気刺激による表情筋の筋電図計測により、生体内の筋肉は各細胞よりも正確に応答していることも示しました。細胞ごとの応答のばらつきによる正確な応答制御機構が明らかになったことで、臓器レベルの応答制御がより明らかになっていくものと考えられ、疾病などによる臓器の応答制御異常のメカニズム解明にも役立っていくものと考えています。

発表内容

①研究の背景・先行研究における問題点
細胞は外部環境の刺激に応じて応答を制御して環境に適応していますが、応答にはノイズが加わるために応答を正確に制御できない可能性があります。ノイズが加わる中でどれだけ正確に応答が可能であるかを評価するためには応答のばらつきを求めて情報理論解析をする必要があります。しかし、従来の研究では異なる細胞の応答が混在する中でばらつきを求めていたために、細胞ごとの応答のばらつき、細胞間変動と同じ細胞の中での応答のばらつき、細胞内変動を分離して解析することができませんでした。その結果、細胞内変動のみならず細胞間変動もノイズとして扱われてきました。研究チームは同じ細胞の中での応答のばらつき、細胞内変動と細胞間変動を分けたうえで情報理論解析を行い、細胞間変動が情報伝達に与える影響について解析を行いました。

②研究の内容
反復刺激によって示された、大きな細胞間変動と小さな細胞内変動
細胞内変動と細胞間変動を分けて解析を行ううえで、応答のばらつきを同じ細胞への反復刺激によって計測する必要があります。しかし、多くの実験系では反復刺激を行うと細胞の状態を変えてしまうために反復刺激を行うことが困難であり細胞内変動と細胞間変動を区別することができませんでした。そこで、研究チームはマウス骨格筋系培養細胞C2C12や単離筋線維に対する電気刺激によるカルシウム応答や筋収縮応答に着目しました。これらの系では生理的にも反復して刺激が行われますし、実際に反復刺激に対しても応答が安定していることが明らかになりました。この実験系を用いて、細胞内変動と細胞間変動を分けて計測し、情報理論解析を行いました。その結果、細胞間変動が細胞内変動に比べて大きく、細胞ごとに応答性は大きく異なっているものの、各細胞では正確に応答できることが示されました(図1)。

図1細胞ごとのカルシウム応答 各細胞の応答のばらつきは小さいが、細胞ごとに応答は大きく異なっている。

細胞間変動は組織の正確な応答制御を可能にしている
細胞内変動が小さく各細胞の応答が正確であることは示されましたが、細胞間変動が大きいことの意義について明らかになっていません。そこで、多細胞の応答の足し合わせとしての組織としての応答に着目しました。細胞間変動がありさまざまな細胞がいる中での合計応答と、細胞間変動がなく同じ細胞ばかりがいる中での合計応答を考えて情報理論解析を行ったところ、細胞間変動が存在しているほうが相互情報量は大きいことがわかりました。つまり、細胞間変動はノイズとして作用するどころか応答を正確に制御することに寄与していることが明らかになりました。さらに、合計応答の変化を詳細に解析することによって、細胞間変動が存在する場合に限り、組織は刺激強度の違いを細かく区別して応答することができるようになっており、そのことによってより正確な応答制御が可能になっていることが明らかになりました(図2)。さらに、ヒト生体内において、顔面神経への電気刺激による表情筋の筋電図計測により、生体内の筋肉は各細胞よりも正確に応答していることも示しました。

図2細胞間変動によって組織の応答は正確になる仕組み 細胞のばらつきが存在すると、細胞ごとに区別できる刺激強度が異なることによって組織は細かく刺激強度の違いを区別できるようになる。

③社会的意義・今後の予定 など
組織レベルの応答制御への細胞間変動の寄与が明らかに
この研究では骨格筋の実験系を用いて細胞間変動の影響を明らかにしましたが、得られた知見は組織としての応答が各細胞の応答の合計であると考えられる系であれば当てはまると考えられ、例えばホルモン分泌制御などにも適用可能であると考えられます。細胞ごとの応答のばらつきによる正確な応答制御機構が明らかになったことで、臓器レベルの応答制御がより明らかになっていくものと考えられ、疾病などによる臓器の応答制御異常のメカニズム解明にも役立っていくものと考えています。

人工システムと異なる生物システムの設計思想
細胞のばらつきを利用して情報を正確に伝達する設計思想は、デバイスのばらつきを避けて情報を正確に伝達する人工システムの設計思想と根本的に異なります。生物に学ぶばらつきを利用した情報伝達システムを実現すれば、デバイスのばらつきを避けるコストを考慮せずとも正確な情報通信が可能となることが期待できます。

細胞間変動の寄与の定量的理解へ
この研究では細胞間変動が存在することによって組織としての応答が正確になっていることとそのメカニズムを明らかしましたが、その定量的な寄与の大きさについては実験上の制約により明らかにできていません。今後は数理モデルなども駆使して定量的理解を進めていければと考えています。

発表雑誌

雑誌名
Cell Reports論文タイトル
Single-Cell Information Analysis Reveals that Skeletal Muscles Incorporate Cell-to-cell variability as Information Not Noise

著者
Takumi Wada, Ken-ichi Hironaka, Mitsutaka Wataya, Masashi Fujii, Miki Eto, Shinsuke Uda, Daisuke Hoshino, Katsuyuki Kunida, Haruki Inoue, Hiroyuki Kubota, Tsuguto Takizawa, Yasuaki Karasawa, Hirofumi Nakatomi, Nobuhito Saito, Hiroki Hamaguchi, Yasuro Furuichi, Yasuko Manabe, Nobuharu L. Fujii, Shinya Kuroda*

DOI番号
10.1016/j.celrep.2020.108051

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