2021-02-26 東京大学
山口 悠(生物科学専攻 修士課程2年生)
広瀬 雅人(北里大学海洋生命科学部 講師)
中村 真悠子(生物科学専攻 博士課程1年生)
宇田川 澄生(生物科学専攻 博士課程2年生)
小口 晃平(産業技術総合研究所 特別研究員)
進士 淳平(大学院教育学研究科附属海洋教育センター 特任研究員)
幸塚 久典(臨海実験所 技術専門職員)
三浦 徹(臨海実験所 教授)
発表のポイント
- 群体動物(注1) であるナギサコケムシにおいて、防衛を担う「鳥頭体(注2)」という個虫(注3)の発生過程の全貌を初めて明らかにした。
- 鳥頭体の発生過程を経時的に観察した結果、鳥頭体が常個虫(注4) から派生したものであることが示唆された。
- 群体動物における分業システムの成立機構の解明により、動物の社会性や個体性の進化への理解が深まることが期待される。
発表概要
同種の個体から成る動物集団において、形態や行動の異なる個体間での分業は、社会性昆虫におけるカースト分化などがよく知られる。海洋環境でよく見られる群体動物では、同一群体内で分業が生じていることが知られるが、形態の異なる個虫(異形個虫(注5) )がどのような発生過程を経て生じているのかについては未知であった。特に、代表的な海産群体動物として知られるコケムシでは、様々な異形個虫が見られるため非常に興味深い。
東京大学大学院理学系研究科附属臨海実験所の三浦徹教授と山口悠大学院生を中心とした研究グループは、採集および観察が容易な種であるナギサコケムシを用いて、防衛個虫として知られる「鳥頭体」の発生過程を、走査型電子顕微鏡や組織切片を用いて経時的に観察を行い、3つの大きな出芽により鳥頭体が形成されることを明らかにした。まず常個虫の先端部から鳥頭体の基部peduncle cushion(注6) となる細胞塊が出芽し、その基部から頭部(鳥頭体本体)を形成する原基が出芽する。さらに、頭部の内部では虫体(注7) となる組織が出芽する。
本研究により、コケムシ動物の異形個虫分化の発生機構を解明する基盤が構築されたため、将来的には群体動物における分業システムの進化過程の理解に繋がることが期待される。
発表内容
群体動物はクローン繁殖によって生み出した個体(個虫)同士が、組織間の連結を保ったまま「群体」を形成し生活する。群体動物の代表であるコケムシ動物(外肛動物)では、全く同じゲノムを共有する同一群体内で、形態が大きく異なる個虫(異形個虫)が生じ、さまざまな機能を分業することが知られる(図1)。
図1:コケムシ動物の異形個虫のさまざまな形態。コケムシ動物では一つの群体内に複数種類の異形個虫を出芽させ分業することがよく見られる。
コケムシ動物の中でも異形個虫を出芽させ分業を行っているグループは現生で最も繁栄しており、群体内での分業は多様な環境への適応を可能とするのに重要であったと考えられている。多様な異形個虫の中でも防衛個虫として知られる「鳥頭体」は最も多くの種で見られる重要な個虫と考えられる。しかし、鳥頭体がどのように生じるのか、その発生過程についてはほとんど未知であった。
そこで東京大学の三浦徹教授と山口悠大学院生を中心とした研究グループは、採集及び観察が容易な種であるナギサコケムシ Bugulina californica(図2)を用いた経時的な観察から、鳥頭体の発生過程を明らかにした。
図2:ナギサコケムシ(Bugulina californica)の実体顕微鏡画像。(A)群体の全体像。常個虫が列をなして枝を形成し、枝分かれしながら房状の群体を形作っている。(B)1つの枝の拡大像。触手冠を広げているのが常個虫で、各常個虫から鳥頭体が出芽している。(C)鳥頭体の拡大像。鳥のくちばしのような形状をしており、異物の接触を感知すると顎が瞬時に閉じて攻撃を行う。
経時的な観察を可能にするために、野外から採集してきた群体を実験室内水槽で維持する飼育系を立ち上げ、鳥頭体の発生過程を8時間ごとに観察し、発生ステージを7段階に定義した(図3)。
図3:鳥頭体の7つの発生ステージと、発生時に起こる大きな3つの出芽の模式図。
各発生ステージで走査型電子顕微鏡と組織切片による詳細な観察を行い、鳥頭体の発生過程には3つの大きな出芽が起こることを明らかにした。
(1)常個虫の先端部から、鳥頭体の基部であるpeduncle cushionとなる細胞塊が出芽する。
(2)そのpeduncle cushionから頭部(鳥頭体本体)を形成する原基が出芽する。
(3)さらに、頭部の内部では虫体となる組織が出芽する。
虫体となる組織の出芽形態は、常個虫における虫体の出芽と酷似していることから、常個虫の発生過程が改変されることで、鳥頭体が形成されていることが示唆された。
本研究により、コケムシ動物の異形個虫分化の発生機構を解明する基盤が構築された。今後は、どのような遺伝子が鳥頭体の形成に関与しているのかなど、より詳しい発生機構の解明に取り組む予定である。これにより、群体性や社会性などの分業システムの進化過程の理解につながることが期待される。
発表雑誌
- 雑誌名
Zoological Science論文タイトル
Developmental process of a heterozooids: avicularium formation in a bryozoan, Bugulina californica著者
Haruka Yamaguchi, Masato Hirose, Mayuko Nakamura, Sumio Udagawa, Kohei Oguchi, Hisanori Kohtsuka, Toru Miura*DOI番号
Developmental Process of a Heterozooid: Avicularium Formation in a Bryozoan, Bugulina californicaIn bryozoans (phylum Bryozoa), representative colonial animals mostly found in marine environments, some species possess...
用語解説
注1 群体動物
分裂や出芽などの無性生殖によって数を増やす動物において、出芽・分裂後にも個体同士が連結をして集団(群体)で生活を行う動物を指す。代表的なものに、コケムシやヒドロ虫(刺胞動物)、ホヤの仲間などが知られる。
注2 鳥頭体
鳥のクチバシに似た形態を持ち、異物(小型節足動物などの天敵となる動物)の接触を感知すると顎が瞬時に閉じて攻撃を行う。捕食者からの防衛に特化したコケムシの異形個虫の1つのタイプであり、その形態が鳥の頭部に似ていることからこのように呼ばれる。
注3 個虫
群体動物において、群体を形成する最小単位を個虫と呼ぶ。個虫は他個虫との組織的繋がりを有することで単体動物の「個体」には無い種々の特徴が生じることから、群体動物では「個体」という用語を使わず「個虫」と呼称する。
注4 常個虫
群体を構成する主要な個虫であり、触手冠で摂食を行い、生殖能力を持つ。
注5 異形個虫
常個虫とは形態が異なり、摂食・生殖能力を欠き、栄養は組織で繋がっている常個虫から供給されている。異形個虫として知られる個虫は本文中に出てくる鳥頭体の他に、群体を支持する「空個虫」、受精卵を幼生まで抱卵する「卵室」、群体上から異物を排除する「振鞭体」などが知られる。
注6 peduncle cushion
ナギサコケムシの属するBugulina属や近縁のBugula属の鳥頭体の基部にある構造で、内部は筋組織で満たされている。
注7 虫体
コケムシ動物の個虫は、最も外側にキチン質や石灰質などのクチクラ層(虫室)が形成され、その中に触手冠や消化管、筋肉が収まっている。それらの生きた細胞から構成される部分を虫体と呼ぶ。