土壌動物の多くは落葉分解者として機能していない?~トビムシの餌炭素年齢から従来の常識が覆る~

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2021-11-08 総合地球環境学研究所

ポイント
  • 土壌動物の落葉分解機能を検証するため、代表的な土壌動物であるトビムシの餌炭素年齢を表す放射性炭素同位体(14C)濃度を世界で初めて測定しました
  • 土壌食物網の起点付近に位置するトビムシの多くの種が、枯死有機物より新しい炭素、つまり光合成されてから間もない有機物を主に食べていることが明らかになりました
  • トビムシの捕食者を含む様々な土壌動物が必ずしも森林の落葉分解者として機能しているわけではないことを示しました
概要

国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所、総合地球環境学研究所、大阪府立環境農林水産総合研究所の研究グループは、森林などの陸域生態系で優占するトビムシ*1をはじめとする土壌動物の多くの分類群が、落葉など枯死有機物の分解者として機能しているわけではないことを明らかにしました。

植物が光合成によって作り出した葉などの組織は、枯死して地面に落下した後、土壌微生物や土壌動物の摂食活動により分解されると考えられています。しかし、実のところ、土壌に住む微小な生物の餌源を特定することが困難なため、土壌動物が分解者として本当に機能しているかどうかは検証が不十分でした。そこで本研究では、放射性炭素同位体(14C)分析*2により微小な土壌動物の餌炭素年齢を世界で初めて測定しました。その結果、土壌食物網の下位栄養段階*3、つまり食物網の起点付近に位置するトビムシが、枯死有機物より新しい光合成されて間もない炭素を食べていることを明らかしました。そして炭素・窒素安定同位体比(δ13C・δ15N)*4の分析結果もあわせると、多くのトビムシが菌根菌*5の摂食によって新しい炭素を得ていることが推察されました。さらに、クモなど捕食者の体も、枯死有機物よりも新しい炭素からできていることがわかり、トビムシの食性が土壌食物網全体に強く影響していることがわかりました。以上の成果は、枯れ葉などの枯死有機物が土壌食物網を通って分解されていくという従来の定説を覆す発見といえます。

本研究成果は、2021年9月22日にBiology Letters誌でオンライン公開されました。

背景

陸域生態系の炭素循環や養分循環は有機物の分解によって駆動されています。枯れて地面に落下した落ち葉などの枯死有機物は循環の出発点となり、土壌生物の食べる・食べられる関係でつながった「土壌食物網」を通って分解されていくと考えられてきました。したがって、土壌生物の機能は、土壌生物が何を食べるかという食性によって評価できるのですが、土壌動物の食物源を把握することは簡単ではありません。とくに、トビムシ*1をはじめとする体長1ミリメートル程度の微小な無脊椎動物については、観察や分析が困難なため不確定要素が多い状況にあります。しかし、これら微小な動物は多くの土壌動物の餌であり、土壌食物網の起点(下位栄養段階)に位置するため、捕食者を含む土壌食物網全体の食物源を決定している可能性があります。近年、トビムシは枯死物由来の食物だけでなく藻類や植物の根など生きた食物源にも依存していることが示唆されてきました。これは、トビムシの枯死物への依存が小さい場合、クモなどトビムシの捕食者を含む様々な土壌動物が、枯死有機物を利用し分解する分解者ではなく、生きた有機物に依存する消費者である可能性を示唆しています。しかし、これまで雑食性であるトビムシがどちらの食物源に大きく依存しているのか、確定的な証拠は得られていませんでした。そこで本研究では、トビムシ各種を中心に、土壌動物の枯死有機物への依存の程度を、餌炭素年齢を世界で初めて測定することで評価しました。

内容

京都大学フィールド科学教育研究センター上賀茂試験地の天然ヒノキ林に生息するトビムシ各種を中心とする様々な土壌動物分類群を対象に放射性炭素同位体(14C)分析*2ならびに従来から土壌動物の食性解析に用いられてきた炭素・窒素安定同位体(13C・15N)分析を行いました。その結果、トビムシのほとんどの種は、炭素・窒素安定同位体比(δ13C・δ15N)*4の値に関わらず、枯死有機物よりも低い14C濃度(Δ14C)を示しました。これは、トビムシが、餌の種類に関わらず枯死有機物よりも新しい炭素(光合成されてから間もない炭素)からできた餌を利用していることを示します(図1)。また、表層(新規落葉からなる層)よりも深い腐植層に住む土壌性種*1(図2)はδ15Nが高くなる*4ほど新しい炭素への依存度が大きい傾向を示しました。これまでδ15Nが高い理由は、微生物による分解が進んだ有機物を食べたか、あるいは菌根菌*5を食べたためのどちらか判別できませんでしたが、14C分析の結果を踏まえると、その理由は後者であると推察されました。これにより、トビムシの枯死有機物への依存が小さいことを示す強固な証拠を得ることができました。また、クモやムカデなどの捕食者は、概してトビムシよりも古い炭素年齢を示しましたが、枯死有機物よりは新しい場合が多く、トビムシの食性が土壌食物網全体に強く影響していることが伺えました。

図1 土壌動物と枯死有機物の、炭素同位体比(δ13C)・窒素同位体比(δ15N)に対する放射性炭素同位体(14C)濃度。各点の色が14C濃度(Δ14C)の値を示しており、土壌表層(新規落葉からなる層)の枯死有機物の値を基準(白)にして、それより高い(古い)値を青、低い(新しい)値を赤で示した。トビムシ目のうち、トゲトビムシ、ヒメトゲトビムシ、アヤトビムシ、ヨツトゲツチトビムシ、イボトビムシは表層性の種であり、その他は土壌性の種である。

図1 土壌動物と枯死有機物の、炭素同位体比(δ13C)・窒素同位体比(δ15N)に対する放射性炭素同位体(14C)濃度。各点の色が14C濃度(Δ14C)の値を示しており、土壌表層(新規落葉からなる層)の枯死有機物の値を基準(白)にして、それより高い(古い)値を青、低い(新しい)値を赤で示した。トビムシ目のうち、トゲトビムシ、ヒメトゲトビムシ、アヤトビムシ、ヨツトゲツチトビムシ、イボトビムシは表層性の種であり、その他は土壌性の種である。

図2 様々なトビムシの光学顕微鏡写真。上段は表層性、下段は土壌性の種。

図2 様々なトビムシの光学顕微鏡写真。上段は表層性、下段は土壌性の種。

今後の展開

本研究は、これまで押しなべて分解者と定義されてきた土壌動物の多くの分類群(トビムシをはじめ、ケダニ、ムカデ、クモなどの捕食者も含まれる)が、むしろ消費者側に位置づけられることを示しました。環境変動による生物の消失を前に、生物多様性とその機能の保全の必要性が指摘されていますが、本研究の成果は、生態系に対する生物の機能を十分な根拠なく判断することの危険性も提示しています。本研究では、トビムシ以外の土壌動物は様々な種を一括して扱ったので、土壌の生物多様性と機能を正確に評価していくためには、これら他の分類群に関しても精密に分析する必要があります。

論文

タイトル:Radiocarbon signature reveals that most springtails depend on carbon from living plants

著  者:Saori Fujii, Takashi F. Haraguchi, Ichiro Tayasu

掲 載 誌:Biology Letters、17巻9号(2021年9月)

研 究 費:文部科学省科学研究費補助金「18H06078, 19K21201, 21H04784」など

共同研究機関

総合地球環境学研究所、大阪府立環境農林水産総合研究所

用語解説

*1 トビムシ(図2)
トビムシとは、様々な種を含む目レベルの総称である。世界中の陸域生態系の土壌で優占し、森林土壌においては平方メートルあたり数万個体が生息することが多い。多様な種を含み、土壌有機物層の中で種ごとに住み場所が分かれている。表層性の種が、様々な体色をもち、移動能力が高いのに対し、表層よりも下の腐植層に住む土壌性の種は、色が白く、眼や跳躍器が退化してなくなっていることが多い。

*2 放射性炭素同位体(14C)分析
餌炭素年齢特定に用いた放射性炭素同位体分析は、1950年代から1963年にかけて米ソ冷戦時代の大気核実験によって大気中二酸化炭素の放射性炭素同位体(14C)濃度がそれまでの2倍に増加したことを利用している。1963年の部分的核実験禁止条約の締結後、大気核実験は行われなくなったため、この核実験に由来する14Cの濃度(Δ14C)は年々希釈され、低下している。この14C濃度がその年の光合成産物に反映されることを利用して、動物の14C濃度からその動物が何年前の光合成産物を餌資源として利用しているか特定することができる。つまり、14C濃度が低いほど、土壌動物が新しい炭素に依存していることを示す。

*3 栄養段階
様々な生物の食べる・食べられるという関係性を表した食物網におけるレベルのこと。栄養段階が高いほど食物連鎖の上位に位置する上位捕食者である。

*4 炭素・窒素安定同位体比
炭素安定同位体(12C、13C)の存在比である炭素安定同位体比(δ13C)と、窒素安定同位体(14N、15N)の存在比である窒素安定同位体比(δ15N)は、動物の食物源や食物網の中での栄養段階を推定するために広く使われてきた。土壌食物網では、腐生菌による分解が進んだ有機物ほどδ13C・δ15Nが高い値を示すこと・菌根菌が高いδ15Nを示すこと・栄養段階が高いほどδ15Nが高くなることなどが知られている。

*5 菌根菌
植物と共生して菌根を形成する菌類の総称。植物が光合成によって生産した炭水化物が菌根菌に供給される一方で、菌根菌は土壌から植物根よりも効率よく養分を吸収して植物に供給する。マツタケやトリュフなどは外生菌根菌の子実体である。菌根菌は植物が光合成したばかりの炭素を、根を介して獲得しているので、14C濃度が低くなる。

お問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
森林総合研究所 森林昆虫研究領域昆虫生態研究室
主任研究員 藤井佐織

【報道に関する問い合わせ】
森林総合研究所 企画部広報普及科広報係

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