ゲノム倍数化が進化の可能性を高める~複雑なゲノムを持つ主要作物の分子育種へ向けた新規技術~

ad

2018-09-25 横浜市立大学 ,産業技術総合研究所,筑波大学,金沢大学,チューリッヒ大学

横浜市立大学 木原生物学研究所の清水健太郎客員教授のグループは、産業技術総合研究所、筑波大学、金沢大学、チューリッヒ大学などとの共同研究で、複数の異なる染色体セット(ゲノム)を持つ異質倍数体種*1のゲノム変異を同定する新規解析技術の開発に成功しました。この技術を利用した解析により、ゲノム倍数化が進化の可能性を広げるという、故 大野乾博士らによる50年来の理論的な予測を支持する結果を得ました。

研究成果のポイント

  • ゲノムが倍加して遺伝子数が増加することで、進化の可能性が高まる
  • 倍数体の有用植物から育種の材料となる有利な変異をゲノムワイドに発見する技術を開発

セイヨウアブラナやコムギなどの主要な作物は、似て非なる複数の種由来のゲノムが組み合わさって、遺伝子数が二倍以上に増えた倍数体種ですが、増加した遺伝子同士の配列が非常に類似しているため、それらを区別して個体間の変異を解析することが困難でした。

今回の技術開発では、モデル倍数体植物である四倍体のミヤマハタザオ(学名:Arabidopsis kamchatica)を用い、どちらの親由来の配列であるのかを特定し、個体間のゲノム変異を検出できるプログラムの開発に成功しました。

この技術を用いてミヤマハタザオの25集団のゲノムを解析し、生育に有利になるアミノ酸置換進化の割合を推定したところ、これまで報告されているほとんどの二倍体植物種を凌ぐことが分かりました。この技術を作物に応用することで、育種のターゲットとなる有利な変異をゲノム情報から発見することが可能となり、より迅速で効率的な分子育種につながると期待されます。

本研究成果は、国際学術雑誌『Nature Communications』(日本時間 平成30年9月25日18:00付)にオンライン掲載されます。

研究の背景

ヒトや多くの生物種は通常の細胞中に2セットの染色体を持ちますが、セット数が増えた個体が現れ、新種として確立することがあります。これをゲノム重複と呼び、動物、菌類、植物など多くの系統で普遍的に起きる現象です。

特にコムギやセイヨウアブラナなど有用植物には、植物の進化の歴史の中でも比較的最近ゲノム重複を経た倍数体種が多いことが知られています。このことから、ゲノム重複には生存・繁殖にとって何らかの進化上の利点があると長く考えられてきました。アメリカで活躍した故大野乾(すすむ) 博士は、50年も前から、ゲノム重複が生物の新規性をもたらしたという仮説を提唱してきました。遺伝子コピーが重複すると冗長性が生じて進化の制約が緩み、タンパク質を変える遺伝子変異などが蓄積し、新しい機能が進化しやすくなるという説です。

しかし逆に、ゲノム倍数化による種分化が起こる際には、個体数が減少してゲノム変異が減少するという説もありました。横浜市立大学木原生物学研究所では、コムギの倍数化起源を解明した故木原均教授以来の倍数体生物研究の伝統を生かし、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)などの支援を受けて倍数体穀物の研究に取り組んできました。

近年の有用植物やヒトのゲノム解析では、1個体だけでなく多数個体のゲノム変異の解析が主流となっています。複数の個体を比較することで、ゲノム配列の個体差(または個人差)を網羅的に発見し、その中から病原抵抗性など重要な形質に関わる遺伝子変異の単離につながるためです。特に、変異の頻度と種間差の情報からは、進化の過程で有利なために広まったアミノ酸変異や、逆に不利なために負の自然選択を受けたアミノ酸変異の割合を推定することができます。しかし倍数体種では互いに類似した複数のゲノムセットを区別して解析する困難さのため、多数個体のゲノムを比較・解析する技術は整っておらず、その確立が課題となっていました。代表的な倍数体の有用植物であるコムギはゲノムサイズが17 Gb(170億塩基対)と巨大なため解読に時間がかかり、迅速な技術開発には不向きだったのも一因です。

そこで本研究では、ゲノムサイズがコムギの35分の1以下の約450Mb(4億5千万塩基対)と小さいミヤマハタザオに着目し、モデル倍数体として開発に利用しました。この植物は、世界中で植物学者による研究が進んでいるモデル生物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)に近縁であるため、これまでに整備されてきたシロイヌナズナの遺伝子情報や解析技術を応用できるという利点もあります。また環太平洋北部に広がる分布域のうちでも日本で最も遺伝的多様性が高く、標高0 mから3,000 mまでと非常に多様な気候に適応した生態学的にも重要な種です。日本発のモデル倍数体種として本グループで研究を進めています。

ゲノム倍数化が進化の可能性を高める~複雑なゲノムを持つ主要作物の分子育種へ向けた新規技術~

【図1】日本発の倍数体モデル植物ミヤマハタザオ。鳥取県大山の個体(左)と、低地型の亜種タチスズシロソウ(右、滋賀県琵琶湖岸)

図2

【図2】モデル倍数体種ミヤマハタザオは、ハクサンハタザオのゲノムDNA(青色)とセイヨウミヤマハタザオのゲノムDNA(赤色)を併せ持つ四倍体の種である。本研究では、このように複雑な構成を持つ倍数体のゲノムの解析技術を開発した。

研究の内容と成果

今回の研究では、モデル倍数体植物である四倍体のミヤマハタザオ(A. kamchatica)を用い、倍数体が持つゲノムの複雑性を克服するための技術開発を試みました。

まず、ミヤマハタザオの親種にあたる二倍体のハクサンハタザオ(A. halleri)とセイヨウミヤマハタザオ(A. lyrata)のゲノム配列を再構築しました。その上で、この両親のゲノム配列を参照することで、四倍体のミヤマハタザオが持つ2セットのゲノム配列について、どちらの親由来の配列であるのかを特定し、個体間のゲノム変異を検出できるプログラムの開発に成功しました。

この技術を用い、日本を中心とした環太平洋北部の分布域全体から選抜した25集団のミヤマハタザオ(図3)のゲノムを解読することで、ミヤマハタザオ種内の変異の頻度と、シロイヌナズナなど近縁他種との種間差を定量的に解析することが可能となりました。

また、ミヤマハタザオのゲノム全域にわたって、タンパク質のアミノ酸を変化させる変異(非同義置換*2)の量を、変化させない変異(同義置換)の量と比較した結果、ミヤマハタザオでは生育に有利な可能性が高い非同義置換が、これまで報告されているほとんどの二倍体植物種よりも高頻度で検出されました。

さらに、ミヤマハタザオとその親の二倍体ハクサンハタザオの共通した特徴であるカドミウムや亜鉛など重金属の蓄積と耐性にかかわるHMA4遺伝子座の解析では、倍数化によるゲノム重複によって2つに増えたHMA4遺伝子のそれぞれが大きく異なった自然選択の歴史をたどったことがわかりました。それぞれの親から受け継いだ2つの遺伝子(ホメオログ*3)が別々の自然選択を受けるということは、進化・育種の素材となる遺伝子数が倍数化によって増加するということを意味します。これらの結果は、倍数化が進化の可能性を広げるという、故大野乾博士らの理論的予測を支持するものとなりました。

図3

【図3】日本を中心とした環太平洋北部にわたるミヤマハタザオの分布域全体から収集した25個体のゲノム解析を行った(Paape et al. の図より)。

今後の展開

今回の技術開発は2つの親から生まれた四倍体のミヤマハタザオを利用して行いました。現在、3つの親を持つ六倍体であるコムギに応用できるよう、コムギゲノム情報の整備を進めています。進化上有利な変異を解析することは、育種のターゲットとして有望な遺伝子を特定することにもつながります。この技術はあらゆる倍数体に応用可能なため、コムギに限らずさまざまな倍数体作物での迅速な育種を可能にすることが期待されます。

※本研究は、科学技術振興機構(JST)CREST「環境変動に対する植物の頑健性の解明と応用に向けた基盤技術の創出」、文部科学省科研費 新学術領域研究「植物新種誕生の原理」などの支援を受けて遂行しました 。

※論文著者およびタイトル
Patterns of polymorphism and selection in the subgenomes of the allopolyploid Arabidopsis kamchatica
Timothy Paape, Roman V. Briskine, Gwyneth Halstead-Nussloch, Heidi E. L. Lischer, Rie Shimizu-Inatsugi, Masaomi Hatakeyama, Kenta Tanaka, Tomoaki Nishiyama, Renat Sabirov, Jun Sese, Kentaro K. Shimizu.
Nature Communications. DOI: 10.1038/s41467-018-06108-1

用語解説

*1 倍数体
ゲノム重複によって二組以上の染色体を持つ個体。ミヤマハタザオはハクサンハタザオとセイヨウミヤマハタザオという2種の二倍体両親から生まれた異質四倍体である。コムギは、3種の二倍体が融合した六倍体種である。
*2 非同義置換
DNA配列の塩基が置き換わる変異のうち、その遺伝子がコードするアミノ酸配列が変化し、タンパク質の機能変換を引き起こす可能性のある変異をいう。同義置換は、アミノ酸配列が変化せずタンパク質の機能も変わらない変異をいう。一般的に非同義置換の方が強く自然選択の影響を受けやすい。
*3 ホメオログ
異質倍数体が持つ異なる親種に由来する重複した遺伝子。
細胞遺伝子工学生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました